50話:花粉絶滅しろ
「兄上を殺す、って意味だよ♡」
そんなマートの説明に対しノーザは、
「…………」
両手をクロスさせバツ印を作り、首を何度も横に振っている。
拒否しているようだ。
「そのバツは『自分の能力では兄上を殺せない』という意味? それとも『兄弟で殺し合いは出来ない』って意味かな?」
「…………」
「まあどっちでも良いんだけど。ノーザくんは小さい頃から兄上に懐いていたからね。殺すのは抵抗あるかな?」
「…………」
「ふふっ。そう狼狽えないでよ」
マートは前髪を手で整えながら微笑んだ。
そしてノーザはオロオロし、我とマートの顔を交互に見比べている。
流石にこのままでは弟が可哀想だ。我は、
「からかって遊ぶのもいい加減にしろ」
と苦言を呈した。
マートは「あはは。ごめんね」と言って足を組み変える。
「勿論ノーザくんが兄上を殺せるとは思っていないよ。せっかく兄上と組んずほぐれつトレーニングするのなら、殺す気で──本気の実力でやらないと勿体ないよ。ってことさ♡」
「…………ぅ」
ノーザはマートの真意を測れず疑心暗鬼気味だが、一応渋々と首を縦に振った。
「そうだな。確かにマートの言う通りだ」
我もそう言って頷く。
が……とは言え、我とてマートの本意は分からぬ。
本当に我を殺さないと、ノーザの願いである『地球侵略中止』を受け入れないかもしれない。
「まあどちらにせよ、我と訓練したいのであれば殺す気で掛かって来いノーザ。どうせ我は死なない」
「…………」
ノーザは息を吸い込み、右掌を前へ突き出し構えを取り──
「……っ」
我との距離を瞬時に詰めた。
「素早い動きだ。さすがは侵略戦争の前線で鍛え上げただけはある」
「…………」
我に褒められ嬉しくなったのか、ノーザの頬がほんのりと赤く染まった。
が、それはそれとして攻撃も放ってくる。
突き出したままの右手で牽制のジャブ。それを我が避けるやいなや、次は左手刀を首へ打ち込む。
我は右前腕でガードした。のだが、
「……折れた。痛い」
我の右腕が、あらぬ方向へ曲がってしまった
油断していた訳では無い。
ノーザは我の弟。王族。悪魔の中でもトップクラスの実力者。
当然我も右腕に魔力を込め、防御しきったはずであった。
が、それでも折れたのだ。
「あーあ♡ 兄上は肉体攻撃に対して、避けずに防御しちゃうクセがあるよね。ビームとかはすぐ避けるのに」
マートが楽しそうに呟いた。
確かにそんな癖もあるかもしれない。
ふうむ……言われてみれば、やはり油断していたと言えるかもしれないな。避けるべきであった。
一応しっかり防御したつもりだが……しかし大した準備動作もない『ただのチョップ』が、これほどに高威力だとは思っていなかったのだ。その考えこそが油断やもしれぬ。
最近我が受けた高威力の攻撃と言えば……フォルの楽器攻撃や、宇宙最強マンの毒とビームの合わせ技であろうか。
ノーザの『ただのチョップ』は、あれらと同等以上の威力だ。ただのチョップなのに。
「…………」
ノーザは我の折れた腕を掴み、引き寄せた。
折れた骨を引っ張られ、非常に痛い。
そのせいで我はまた隙が出来てしまったようだ。
「…………っ!」
気付くと目の前に、ノーザの両靴の裏。
顔を目掛けた打点の高いドロップキック。
背中に収めていたノーザの長い赤髪が、再び外に飛び出している。その髪を風に靡かせながら、床と水平方向に飛んでキック。
悪魔同士の戦いにおいて、ここまで筋肉依存の技は中々無い。そのため我の反応が遅れた。
「むっ」
顎にみしりと攻撃が入る。このままでは吹き飛ばされる。
我は両足で床を踏みしめ、首と腰を大きく回し、キックの力を逸らすように動いた。
どうにかクリティカルヒットは回避。
ノーザはそのまま三十メートルほど飛び、床に着地した。
我は手に続き首の骨まで痛めてしまった。
すごく痛い。ヒビが入っているようだ。
しかしヒビはヒビ。一応すぐに完治した。痛みは残っているが。
「凄い凄い。魔力をほぼ使わず、パンチやキックで兄上にダメージを負わせるなんて。さすが異界侵略の将。すごく強くなったねノーザくん♡」
マートが椅子に座ったまま拍手する。
我も同感だ。弟はいつの間にかこうまで強くなっていたのか。
「しかし、我もただ攻撃を受けたわけでは無いぞ」
「…………っ」
ノーザの両腕も折れ、だらりとぶら下がっている。
ドロップキックを受け流した際に、軽く反撃しておいたのだ。
肉を切らせて……いや、首の骨にヒビを入れさせて骨を断つ。語呂が悪すぎるがそういう訳だ。
「お前も随分と成長したが、素手の喧嘩ではまだ我に分がありそうだな」
「…………」
そうこうしている内に、我の腕の骨も再生した。
ノーザの両腕はまだ治らない。
おそらく使い物になるには数分のロスがあるだろう。
「…………ぁっ」
ノーザは顔を歪ませながら、折れている右腕を無理矢理に挙げた。
「痛そうだな。無理せず回復まで休んでも良いぞ」
「…………」
我の言葉にノーザは首を横に振った。
あくまでも実践を模擬したいのだろう。
「…………軽く……」
ノーザが三文字以上の言葉を呟き、赤面した。
唐突な言葉だが当然意味はある。
その瞬間。我はふわりと宙に浮いた。
…………
ノーザの魔界での役割は『異界侵略の将』。
要は戦争屋だ。
常日頃から戦いに明け暮れている。それこそ魔王以上に。
侵略対象の異界人たちは、我やマートが持つ魔王の称号よりもノーザの名を恐れている。
何故ならば、『ノーザが前線に立てば侵略が完了する』からである。
数万の兵を一瞬で片付ける。
そんな荒業の使い手なのだ。
我も一度見学したことがある。
その時は敵兵が二十万を越えていた。地平の彼方まで続く兵士の群れ。
それも悪魔の数倍は大きい、巨人の兵士たちだ。
ノーザはまず右手を挙げ、呟いた。
「…………軽く……」
二十万の巨人が全て宙に浮いた。
次にノーザは左手を上げ、呟く。
「…………重く……十万倍」
敵兵は頭から地面へ落ち、ぺちゃんこに潰れて死んだ。
どれくらいぺちゃんこかと言うと、踏んで潰したアルミ缶レベルである。
…………
簡単に言うとノーザは重力を操作出来るのだ。
これは非常に珍しい能力であり、数多いる悪魔の中でもノーザくらいしか取得していない。
初代魔王である祖父殿は一応使えたが、人間を十人浮かすのがやっとだったらしい。
それに対しノーザは二十万人の巨人を浮かし、更に『十万倍』に重くして潰す。
それ程までに使いこなしているのだ。
「なるほど重力操作。味方の時は心強いが、戦う相手としては厄介であるな」
「…………ぅぐ」
ノーザは再度苦痛に顔を歪ませながら、折れている左手も上げた。
さっそく『重くする』気だ。
この重力十万倍の技。
最初から『十万倍』にするだけで充分相手を殺せそうであるが、一旦敵を軽くして浮かせるのには理由があるという。
重くするのは、軽くするよりもコントロールが難しいらしい。
相手の足が地面に接している状態で重くしようとすると、触れている地面──惑星ごと重くなってしまうのだ。
とはいえ星丸ごとの重力を操作するのは流石に難しいため、力はただ発散し消えていくのみ。まさにアースの役割をされてしまうのである。
「つまりそれが弱点」
我はとっさに左手指先から魔力を放出し、ジェット噴射の要領で推進力を得た。
壁まで移動しようという目論見だ。
壁は当然床に接しており、床は当然地面に接している。ただ壁に触れるだけで良いのだ。
我はノーザが右手を挙げた時点で重力操作を予期していた。
が、対処法を知っているからこそ焦らなかったのである。
「…………!」
一方のノーザは我と逆に焦っている。回避を察したのであろう。
しかし焦ったところで意味はない。『重くする』技は根性で素早く発動出来るような、お手軽なものではない。
両腕が折れていることも足を引っ張っているだろう。
さあ。あと数センチで壁に手が届く──
「くしゅん!」
「…………何ぃ!?」
くしゃみ。
そして突風。
我は吹き飛ばされ、壁から離されてしまった。
くしゃみと風の発生源を見ると、マートが口と鼻を両手で押さえ笑っていた。
「ああ花粉症かなあ? ごめんね兄上♡」
魔界に花粉は飛んでいない!
「いかん。急いで近くの壁へ……」
我は再び左手から魔力を放出した。
しかし……
「…………重く……」
遅かった。
ノーザの技が発動してしまう。
しかも、我の予想以上の技。
「…………一億倍」




