49話:悪魔的平和的展開
「さあ。僕が見ていてあげるから、存分に伸び伸びと戦ってね♡」
「…………」
マートに流されトレーニングルームの前まで来てはみたものの、ノーザは気乗りしない顔で我の服を引っ張った。
断ってくれ、という意味であろう。瞳でも訴えている。
「おいマート。まだお前に頼むと決めた訳では」
「まあ良いから良いから♡」
しかしマートは我にも弟にもお構いなしに、トレーニングルームの重い扉を開けた。
中はドーム状の壁に覆われ、広い石畳が広がっている。
禍々しい空気(これは魔界の誉め言葉)が漂う。祖父殿や古代悪魔貴族たちが込めた、邪悪な魔力によるものだ。
マートは長い金髪を揺らしながら、施設内へと入っていく。
「さあどうぞ二人とも」
「……仕方がない。どうせもうマート以外に立会人を頼める者もいないからな。それにもはや隠す意味もないだろう」
「…………ぅ」
我とノーザも渋々入室した。
すると扉が勝手に閉まる。
広い部屋の真ん中に着くと、マートは立ち止まり、我らの方へと振り向いた。
女の時のマートは、我やノーザより一回りも二回りも背が低い。
しかしそれでも、なんとも言えぬ冷たい迫力を醸し出している。
「隠す? 何を隠しているんだい? ふふっ。ところで兄上とノーザくんはどうして戦うんだい? 憎んで殺し合う、って訳ではなさそうだし。ただのトレーニングかな?」
「…………」
ノーザが緊張し汗をかいた。
戦う理由。それはトレーニングで間違いない。
しかしその理由を更に遡ると、目の前のマートを倒すため。
「おや。息が荒いようだけど、風邪かい健介くん?」
と肩を叩かれ、ノーザは青ざめた。
健介とはノーザの地球での偽名である。
どうしてマートがその名を知っている……と考えるまでもない。
やはり、と言うべきか。
全てご存じであったようである。
「おっと違う。健介でなくノーザくんだったね。うっかり無関係な知人の名前と間違えちゃったよ♡」
白々しい。
が、その態度がどんどん弟を追い詰めていく。
ノーザはもう気の毒なほどに顔面蒼白であった。
「ふふっごめんごめん。弟をイジメる気は無かったんだけど」
マートはクスクスと笑い、髪をかき上げた。
花のような香りが漂い、我らの鼻腔をくすぐる。
しかしこの香り、もし魔力の低い者が嗅いだらそれだけで昏倒してしまう。物騒な香水である。
「余計な話はやめようか。僕は無駄話があまり好きではないからね」
「嘘をつけ。いつも無駄話ばかりだろう」
「おや。意地悪なことを言わないでよ兄上」
マートは人差し指で我の唇に触れ、微笑んだ。
そして横目でノーザを見ながら、
「例の手続きを踏みたいんだよね? 地球のお友達を助けるために。だから兄上に稽古をつけて貰おうとしている、ってトコかな?」
──と、真っ向から本音を尋ねてきた。
例の手続き。
それは魔王の指令を断る、ただ一つの方法。
魔王を殺し、命令を撤回させる。
「…………ぅ」
図星を突かれたノーザはオロオロとした顔で口を開くが、言葉が出ていない。
一方のマートは相変わらずニコニコしながら、
「やっても良いよ♡ 強き家臣にはその権利があるからね」
「…………っ!」
あっさりと手続きを認めた。
意外のような、そうでもないような。こやつの考えは兄の我でもよく分からぬ。
「ノーザくんは怖がって緊張しているようだけど、そんな大事に捉える必要はないよ。僕も弟と殺し合いはしたくない。魔王を殺して命令を撤回させる、というルール……その『殺す』って部分はただの比喩なのさ。要は魔王に『こいつの機嫌を損ねるのは得策ではない。命令を取り消そう』と思わせれば良いのだからね。つまり芸でもやって実力を見せてくれれば、それで充分」
「何! そうだったのか」
ノーザではなく我が驚いた。
我が魔王だった頃は、このルールについて文言通り『殺す』という解釈しかしていなかったのだ。
マートが勝手な解釈をしているだけの可能性もあるが……まあどちらにせよ現魔王であるマートの解釈が、最も尊重されて然るべきか。
ともかく。
そういう事ならば、地球侵略回避の可能性も高まる。
ノーザは無口なままだが、表情が明るくなっていた。
「それではさっそく実力を見せてくれノーザくん。そうだね……最初の予定通り、兄上と戦闘トレーニングでもやってみてよ。僕に強さを認めさせる事が出来れば、地球侵略に対するノーザくんの意見を取り入れよう」
「…………ぅ」
ノーザは首を二回縦に振った。
しかし現役魔王であるマートが関わっているにしては、平和的な展開だ。
このまますんなり解決しそうである。
我とノーザは、トレーニングルームの真ん中で少々の距離を置いて向き合った。
「細かい予定は違ってきたが、我とお前が戦うことに変わりはないようだな」
「…………」
ノーザが頷く。
先程までの固い表情とは違い、明るい顔だ。
こやつは極端に無口だが、我と違って別に不愛想という訳では無い。現に地球で友人も作っていたしな。
とつい自分で言ってしまったが、我も別に不愛想ではない。
ともかく今は弟との試合だ。
「我もお前の成長を試すのは楽しみだ。正面からでも騙し討ちでも、何をしても良いのでかかって来い」
「…………」
ノーザは束ねている赤く長い髪を、背中から服の中に入れた。
少々間抜けにも見えるが、動きやすい恰好。
異界侵略戦争では、いつもこのスタイルで戦っているらしい。
「頑張ってね二人とも♡」
マートはいつの間にか用意した椅子の上で煽情的に足を組み、応援している。
金色の髪を手櫛で整えながら、
「あっ、言い忘れてたよ。僕に強さを『認めさせる』ってのは、具体的にはね──」
小声で、楽しそうに呟いた。
「兄上を殺す、って意味だよ♡」
「………………っ!?」
マートの言葉に、ノーザは目を見開いた。




