19話:今日はどんな嫌がらせをしようかな!
マートは我の頬に付いていた豚の血を指で拭い、舐めた。
「旨いか?」
「生臭くて僕の口には合わないね」
だろうな。腹を壊すぞ。
悪食のネア姉上ならともかく。
「でも特別な魔力の残骸を感じ取れたよ。やっぱり古き神が関わっているみたいだね」
「わざわざ仮定の確証を得るために舐めたのか。律儀な奴だな」
我には無理だな。豚の血が甘ければ話は別だが。
マートは「ハッキリさせたい性分なのさ」と言ってまた指を舐めた。なぜ二度も舐める。
「さて……兄上も察しているだろうけど、僕が今考えている事をちょっとだけ話しておこうかな」
「貴様が内心を吐露するのか。珍しいな」
「そうかなあ? 僕はいつも素直だけど」
言いながら、マートは頭上の魔力傘を消した。
いつの間にか豚の血の雨は止んでいる。
「僕がわざわざ『神のいる世界』を選んで来たのは、職場監査のついでに適当な神を殺すためさ。レイスってお嬢さんが魔界の召喚獣を何人も殺していた、その報復のため。やられっぱなしでは外交上不利になっちゃうからね。魔界の庶民数十人の命と、一世界を管理する神一人の命。天界は『バランスが取れていない。こちらの損害の方が遥かに大きい』なーんて思っちゃうかもしれないけど」
バランスか。
しかし魔界からすれば逆に、悪魔の命の方が神の命よりも重い。
要は双方が納得できるかどうか、であろうな。
「でも天界は『すべての命は平等だ』なんて、心にもない理想を掲げているからね。今回の件はあちらから仕掛けてきた事なので、神一人の命で済むなら外面だけでも納得したことにせざる得ない。つまり今なら大した抵抗や反撃も無しに、合法的に一人だけ『神を殺せる』のさ。兄上もそこまでは考えていただろう?」
「うむ。考えていた」
正直に言うと、まったく考えてなどいなかった。
でも考えていたフリをしておこう。
マートが我の表情を見て小さく笑った。フリがバレたか?
ただ何も言ってこないので、おそらくはセーフ。
「でも殺すのが『古代の神』となれば話は変わってくる。ただの神とは格が違う。今回の報復対象としては釣り合わないし、そもそもすんなり殺されてくれそうにもない」
「我ならすんなり殺せる」
「ふふっ、そうだね。でも殺せたとしても最悪の場合、天界と魔界と同盟世界を巻き込んだ最終戦争に繋がりかねないのさ。僕もまだ戦争は避けたい。だから今回は、神殺しは諦めることにするよ」
我も戦争は困る。
何故ならば、
「菓子輸入ラインの一部がストップしてしまうからな」
「兄上らしい理由だね」
マートは可笑しそうに笑った。
別に我は冗談で言ったつもりはないのに。
「それよりこれから会いに行く超無敵ロボくん……いやロボちゃんかな? とにかく神のオモチャについてなんだけどさ。作って三年も経ってるらしいから、女神ももう飽きちゃってるかなと思ってたら……」
そこまで言ってマートは、濡れている我の髪と服を眺めた。
「近づこうとする僕たちに豚の血を浴びせる程度には、愛着が残っているらしいね」
「らしいな」
そのせいで、我の服は異臭を放っている。
乾いてきたら益々悪臭が強くなった。これはもうクリーニングしても無駄だろう。捨てるしかないな。
「召喚術師たちは『ロボを壊しても女神は怒らないだろう』と楽観視、というか自身を誤魔化すように言っていたけど。実際、オモチャを壊されちゃった神はどうすると思う?」
「怒り狂うであろう。古き神はたいてい癇癪持ちだ」
おそらくは神の機嫌が直るまで、あの召喚術師の村および周辺の無関係な町村には、八つ当たりで天変地異が襲い掛かり続けるだろう。
滅びるまではいかぬギリギリのラインで弄ばれる。いや、神のきまぐれによっては滅びてしまうかもしれないな。
「そうだね、村の人たちがどうなろうと知らないけど。じゃあさ兄上もうひとつ質問。太古の神は『同僚の神を一人殺された』場合と、『三年前に作った飽きかけのオモチャを壊された』場合。どっちの方が怒るかな?」
「それは当然──」
神とは往々にして、自分自身こそを一番大切にしているものである。
よって、より己に近い存在を壊された場合の方が、怒りの度合いは大きいはず。
「玩具だな」
「うん。僕もそう思う」
マートは唇の端を上げ、楽しそうに道の先を見つめた。
目的地である野原が見える。そこには超無敵ロボが仁王立ちし、我らを待ち構えている。
「オモチャを壊されると、仲間を殺されるよりも苛立つ。だけど所詮はオモチャだから、戦争覚悟で僕と兄上に復讐する訳にもいかない。溜まるフラストレーション。ふふっ、嫌がらせの第一波としては上出来じゃないか」
第一波。
こやつ、嫌がらせを定期的に続けるつもりだな。
◇
「女神マジメガミデス様ノお告げヲ聞きまシタ。悪魔二匹を追い払えト」
我とマートが野原に到着すると、待ちかねていたように超無敵ロボ・ダイオードVが話しかけてきた。
というか普通に喋るんだな、このロボ。
何度か「ヴィクトリィィィイイ!」とうるさく叫んではいたが、決めセリフ的にアレしか喋れないタイプなのかと思っていたぞ。
「ピピピピピピ」
ああ、一応ロボっぽい電子音も出している。
「へえ。『逃げろ』ではなく『追い払え』か。ロボ子ちゃん、残念ながらきみは捨て駒にされちゃったみたいだね。『追い払う』ってのはつまりきみが『壊れろ』って意味だよ。だってそうなれば僕と兄上の用事は済んで、大人しく帰るのだからね」
マートは大袈裟にわざとらしく憐憫の感情を込め、言った。
しかし超無敵ロボは挑発に乗らず、「黙りなサイ。女神様には崇高なお考えガお有りなのでス」と冷静だ。
「異世界ノ悪魔。この超無敵ロボ・ダイオードVが排除しまス。排除。排除。ピピピピピピ。ヴィクトリィィィイイイ!」
ロボは「ガキーン!」という効果音と共に、なにやら格好良いポーズをとった。
むう……本当に格好良い。なんだかずるいぞ。




