18話:男でもない。女でもない。となると……そうだね。超無敵ロボだね
「♪ブイ!ブイ!ブイ! 許せぬ悪は潰す 鋼の腕で殴り潰す 大きな心と体で潰す 無敵だ無敵! 超・無敵ロボ!ダイオード!(ヴィクトリー!) (コーラス:ダダダラ~ラ~ラ~ラ~) 」
「なんだ、この妙にコブシが効いている歌は?」
「超無敵ロボ・ダイオードVのテーマソング。毎日夕方近くになると、ダイオードVの胸についているヴィクトリー・スピーカーから流れるのでございます」
召喚術師の爺さんが説明したが、我にはよく分からぬ。テーマソングとは何なのであろうか。
まあよい。
ロボは数キロメートル以上先の空を飛んでいるのだが、畑ばかりの平地であるこの村には音を遮断する物が無く、鮮明にテーマソングとやらが聴こえてくる。
一分半くらい流れていただろうか。
ようやく歌が終わると、爺さんは話を再開した。
「彼女は三年前のある日、夜が明けると突然ダイオードVになっていたのですが……」
たった一日で巨大ロボになれるものなのか。
「その変貌の、前夜のことでございました。彼女は村人たちの集会で……ついに『実は女である』ことを打ち明けたのです」
「何故だ。皆には秘密であったのだろう」
「暴露しても良い理由でも出来たのかな? 例えば女神様からの新たな啓示……だとか」
マートの言葉に、爺さんは「さすが天使様。左様でございます」と頷いた。
「彼女は男として生きてきた理由や悩みと共に、もう一つの事を打ち明けました。実は彼女は毎晩のように、女神マジメガミデス様へ『男でもない女でもない辛い生活に耐えられない。慈悲をください』と祈っていたらしいのですが……」
神への祈りか。
悪魔である我らには理解できぬ行動だな。
「彼女の祈りが聞き届けられたのか……なんと夢に女神様が現れ、おっしゃったらしいのです」
「敬虔なる信者よ、願いを叶えてやろう。おまえを数日後、男でも女でもない高位なる存在へと変貌させる。おまえの悩みは一切消えるであろう(笑)」
「(笑)ってなんだ」
「神様のお考えは、わし達のような愚民には分かりませぬ。しかし現に、彼女が我らへ秘密を打ち明けた翌日……超無敵ロボ・ダイオードVへと姿を変える奇跡が起きたのです」
『ヴィクトリィィィィイイイッッ!』
ちょうど良いタイミングで、数キロ先の空を飛んでいるロボが叫んだ。うるさい。
しかし村人たちもロボも、完全に神の遊び道具にされているな。
気の毒な人間たちだ。
マートは隣で小さく笑っている。
「それが三年前の話です。我々の悩み事とは、ここからが本番でございます」
「そういえば忘れていたが、本題は貴様らの困り事と願いについてだったな」
「はい……超無敵ロボ・ダイオードVはその強大な力と、女神様に作られたという出自、そして性別の悩みが無くなった解放感からでしょうか……どんどん驕り高ぶるようになり、ついに村民を力でねじ伏せ管理するようになりました。毎日のように高級オイルを納めろと強要し、村の経済はズタボロなのでございます」
爺さんがそう言うと、村人たちが「ううう」と声を上げ本格的に泣き始めた。
やはり人生とは、貧窮こそが何よりも辛いのであろう。
「彼女が人間だった頃……あの人気者だった頃の性格からは考えられない。今の超無敵ロボはもはや、神様気取りの横暴な支配者なのです」
「つまり僕たちへの願いってのは、あのロボを壊せってことかな?」
マートが率直に聞くと、村人達は気まずそうに目を逸らした。
それはそうだ。要するにあのロボは、こやつらが信奉する女神とやらの作品。それも材料は村の仲間であった者。
はっきり「壊してくれ」とは言いづらいだろう。
しかしマートが確認した願いを誰も否定しない。正解だということか。
「ロボを壊すくらい我には簡単なことだ。しかし良いのか? あれを壊すと、貴様らが女神とやらに逆らうことになるのではないか?」
「それは、それより経済的な問題は如何ともしがたく……その……おそらく……ええと……大丈夫でしょう。だって今ここに天使様が降臨されたということは、やはり超無敵ロボ・ダイオードVは女神様の意図に反して暴走している、ということになる……はずですので……多分」
爺さんは額に大汗を流して言った。
いささか都合良すぎる解釈に思える。そもそも我とマートは天使ではないので、確実に間違えた解釈である。
ただし一応聞きはしたが、正直この村人たちが今後どうなろうとも我には関係ない。
召喚術師の望みは分かった。
ならば我はそれを叶えるまでだ。
◇
まず我とマートは、ロボが現在住処にしている野原へと移動することにした。
「歩いて行くのか?」
「うん。僕は魔王になって、異界へ足を運ぶ機会がめっきり少なくなったからね。せっかくこうやって自然溢れるのどかな世界へ来たんだ。ゆっくり歩いてリフレッシュさせてくれないか、兄上」
「そうか。良いだろう」
マートは「ありがとう兄上」と礼を言い、両腕を上げ背伸びした。
我も今日は特に急いだり腹が減っている訳ではないため、マートの気晴らしに付き合うとしよう。
しばらく歩くと、見送りとして並んでいた村人たちの姿も見えなくなった……と、その時。我の髪に雫が落ち、濡れた。
「雨か。タイミングが悪いな……」
当然ながら一滴だけでは済まない。上空より大量の雨……と思いきや、
「……おいマート。この雨、赤いし臭いぞ」
「うん。豚の血だねこれ」
文字通り、血の雨が降っていたのだ。
マートは抜け目なく頭上に魔法の防御傘を生成しており、まったく濡れていない。要領の良いやつだ。どうせなら我の分も作って欲しかった。
我も真似して傘を生成したが、既に服は濡れた後。
とりかえしのつかぬ異臭が染みついてしまっている。
「豚の血か。これは間違いなく神々が好む手口だ」
我が魔王だった時、まったく同じ嫌がらせを受けた経験がある。
「ふふっ、これは手厚い歓迎だね。この世界の神……マジメガミデスだっけ? 彼女も僕たちに気付いたようだね」
マートは楽しそうに言ったが、我は全然楽しくない。
女神め。クリーニング代を寄越せ。
「でもさすがの神様も僕ら二人相手では、迂闊に直接手を出せないみたいだね。何にもならないのを承知で、豚の血で嫌がらせをするのが精一杯ってトコかな」
まったく陰湿な女神である。神にしておくには勿体ないな。
「ところでマート。貴様は『マジメガミデス』なる名の神を知っているか? 我は知らぬ」
「さあ。僕もマジメガミデスってのは知らないけど……『女神です』、ねえ。ふふっ」
「何だその笑みは? 何か気付いたのか?」
「どうかな? ただ変な名前だから笑っちゃったってのもあるけど」
そう言いながらマートは、長い指で金色の髪をいじっている。
「兄上は召喚術師の話を聞いて、マジメガミデスについてどう思った?」
「そうだな……聞かぬ名ではあるが相当の実力者であろう。改造手術も無しに人間を巨大ロボットに変えてしまう奇跡など、並の神では無理だ。我でも無理だ」
「そうだね、僕にも無理さ。おそらくは最上神クラス……でもだったら僕たちが名前を知らないはずは無い。きっとマジメガミデスってのは正式な真名ではなく、この世界の人間達が口伝する途中で変形しちゃった名前だろうね」
マートは手を伸ばし、我の頬に付着している豚の血を指で拭った。
「F級世界だし期待していなかったんだけど……ふふっ、大当たりだよ。マジメガミデスってのは多分──」
「太古より生きている神々の、いずれかであろうな」
「そう。天界のお偉いさんって事だね。ふふっ」
マートは指を口に入れ、血を舐めとった。




