178話:この場合の真っ白な世界ってのは精神世界的なアレじゃなくて物理的に眩し過ぎる光で真っ白になってるだけなんです
「ぐおすびぃ……」
悪魔、神、勇者、総勢数万人で宙に吊り支えている冥獣が、ゆりかごとでも間違えているのか、ウトウトした目で寝息を立てた。
しかしそう可愛い寝息では無い。その空気振動だけで地球が震え、大地が割れ、山々やビルが倒壊。地上から悲鳴が聞こえる。
宇宙戦争でもしているのか、と言いたくなるような威力。
この場に集う歴戦の強者たちも鳥肌を立てた。ロボット勇者に鳥肌は無いが。
まだ復活したばかりで半分寝ているような状態だが、これがもし完全に覚醒したら……恐ろしい。数億年の冬眠で空かせた腹を満たすため、生物や植物の命を惑星ごと飲み込み続け、全宇宙を荒し回るだろう。当然、我の故郷も。
今は皆で宙に支えているから良いが、もし地上に落ちたらその衝撃で覚醒する可能性が高い。まずはこのまま、ゆりかご状態で寝かし続けるのが無難であろう。
「だが、寝ている今こそ好機だな。カズシゲくんの仕込みには時間が掛かる……」
「カズシゲじゃありませんのー! もおおおお!」
フォルが我へと近づき、足をゲシゲシ蹴ってきた。
しかし気にしないことにする。どうせフォルの母親が「フォルちゃんー? 大人の邪魔しちゃダメよー?」などと言ってフォルの耳を引っ張り制止してくれるだろうしな。
「邪魔しちゃダメよー?」
「いたたたた痛い痛いですのー! おやめくださいましお母様! わあああん! ごべーん!」
制止した。隣で父親のサディートがオロオロしているのも毎度の事だ。
『とにかく好機。全魔界の悪魔たちよ我に力を寄越せ。それに神と勇者、貴様らの協力も受け入れてやる。さあカズシゲくんの準備を始めるぞ』
我はテレパシーを使い、集まっている全ての者へ協力を仰いだ。
女神レイスが「偉そうでムカつく」とわざと聞こえる声量で呟いたが、これも無視する。
さっそく悪魔たちの魔力が我の体に集まり、
「良いでしょう良いでしょう! あたくしの可愛い神様パワーを筆頭に、天界の総力をあなたへ可愛く注いであげますとも! とおりゃー!」
「勇者ノパワーヲ、授ケマショウ。勇者ァァァァサンシャインッッ!」
神や天使、それに勇者たちの力も集まる。
神の『神力』は悪魔の『魔力』と相性が悪いのだが、ロボット勇者シリーズは神力を魔力に変換するという便利なシステムを持っているらしく、それを利用させて貰った。
ロボット勇者が元は悪魔や神と同種だった……という与太話も、信憑性が増してしまったな。
「あ~ん。お姉ちゃんの愛がメッシュくんに注ぎ込まれて行くよ~!」
姉上が変な声を出し、レイスが何故か我を睨みつける。
「僕の力が兄上の中に入るのは二度目だね。兄上の魔力の門がガバガバになっちゃうかもね。ふふっ」
「げ、下品な物言いはやめろマート! バカヤロぶっ殺すぞコラ!」
「ひ、ひひひひ……ラスちゃんの魔力……しょっぼいクソ貧乳のラスちゃんのしょうもない魔力なんて……逆に技が弱体化しちゃいそうだけどぉ……」
「………………め……」
「のうのう孫よ! 妾の魔力は良く馴染む事じゃろう! だって孫じゃからのう! お前の親父は妾の股から出てきたって関係じゃからのう!」
「お、お袋も下品なコト言うのはやめろー!」
弟二人、妹、叔母上、祖母殿の魔力も集まる。特にマートの魔力は心強い。
そうして数分も経たぬ内にカズシゲくんの準備は整った……のだが、
「…………これで足りると思うか?」
我は逆側の足にいるマートと、すぐ近くにいるサディートに対して呟いた。
二人は数秒沈黙し考え込み、
「微妙な所だね。ふふっ」
「っていうか足りないでしょうね。弱りました。私たちも、持てる全ての力をメッシュへ預ける訳にもいきませんし」
と答えた。
そう、足りない。今我の手に収集された魔力、神力、勇者力だけでは、冥獣を葬るには足りないのだ。
この場にいる者達は、うたた寝している冥獣が地上に落ちないよう支えるだけの力を残しつつ、余力をカズシゲっている。
今集まった分だけでも、これはこれで恒星を破壊できるくらいの莫大な『力』なのだが、しかしそれでも足りぬのだ。
『もう少しギリギリ、皆今後の一生を犠牲にするくらいの覚悟で力を貰えないだろうか?』
我はテレパシーで皆に伝えた。しかし、
『無理です! 偉くて可愛い神様のあたくしが言うんだから、間違いありません!』
と即答される。
ピンクプリンセスゴッドの言葉に嘘はないだろう。出し惜しみする理由もないからな。本当にもう既にギリギリなのだろう。
今後の一生を犠牲に云々というのは、駄目元で言ってみただけだ。
そこまでするまでもなく、これ以上カズシゲってしまうと途端に冥獣が地上に落ちて覚醒し、とりあえず地球は美味しく頂かれ、トントン拍子で全宇宙も滅んでしまうだろう。
我もそんなことは分かっている。しかし他に良い方法が見つからないのだ。
さて。イチかバチか現状のカズシゲくんで勝負してみるしかないのか……と考えていると──
「いいや兄上、もうちょっと待ってよ。そろそろ来るはずだからさ」
とマートが囁き、更に、
『わ、わ、私も! 私の力もあげます!』
新たなテレパシーと共に、カズシゲの力が少しだけ増した。
この声は、地球人の悪魔祓い女。どうやら鑑定係のテレパシーで伝達しているようだ。
悪魔祓い女は、息をぜいぜいと切らしながら言う。
『わ、私だけじゃなくて、私の一族や同業者にも声を掛けましたから! 皆、悪魔や神様ほどじゃないけど強い力を持ってるので、足しになるはずです! わ、私も……私も、自分のすべき事をしますから! 気絶する寸前まで力をあげますぅ!』
そして本当に気絶した。
『ふふー。ってなワケでー、地球人の力も借りれるよーになりましたー』
変わって鑑定係の声。
『それにー。魔界にも連絡してー、召喚獣とかー、庶民の皆の力とかもー、かき集めてまーす』
魔界に連絡……どうしてそんな簡単な事を思いつかなかったのか、自分でも不思議な程の解決法ではないか。
確かにどんどん、同僚たちの魔力も集まってくる。
あっこのエネルギーはロカピュウの姉御だな。
それに我の魔界だけでなく、他魔界や天界、勇者の世界でも同じ情報伝達が行われたらしい。
この場にいる数万人分の力どころではない。何億、何十億人分もの力が、一斉に集まってくる。凄まじい。我で無かったら死んでいるであろうパワー。
『そーゆーわけでー。今回はー、味方がたくさんいるみたいですよー。ふふー。悪魔らしくないけどー』
『気が利くではないか。流石は魔界の鑑定係だな』
『ふふー。もっと褒めてくれてもいいですけどー。でもこれ魔王陛下の命令でーす』
「魔王、そうかマートか。流石は我の弟だな」
そう褒めるとマートは小さく笑い、「それだけじゃないよ兄上」と囁いた。
「召喚事業トモモモン部門責任者、兼魔力研究所所長のザンブグくんに頼んでね。ふふっ。魔界のトレーニングルームに残留しているお爺様たちの魔力を、集めさせているよ」
「む、なるほど。その手もあったな」
トレーニングルームとは、魔界に建てられている貴族用の施設だ。
初代魔王を始めとする古代魔界の始祖たちの、莫大な魔力が込められている頑丈な施設。
その魔力が全てカズシゲくんになる──これは、相当な助っ人となるだろう。
さっそく古き強き魔力が集まって来た。
これだけの力の塊ならば冥獣にも太刀打ち出来る……気がする。何故ならば、
「……キィ」
と、当の冥獣が我の腕に集約された力へ反応し、巨体に似合わぬ甲高い声を上げたからだ。
身の危険を感じている。冥獣にとって無視できぬ力であるという証だ。
冥獣は悪魔、神、勇者の制止を容易く振り切り、ゆっくりと四肢を広げる。
皆は必死に冥獣の体毛へしがみ付く。
その間に我は冥獣の足から離れ、宙を飛び、鼻先へと移動。
冥獣は首を動かし視線で我の姿を追う。その動作だけで地球が震えた。
狙うは脳天。
冥獣の首から上を押さえつけていた悪魔や神は、我の飛翔を確認した後、胴体側へ退避した。
「冥獣よ。思えば貴様も、生命活動の一環で宇宙中を喰らっているだけなのであろうが……しかし我らは共存できぬ。貴様がただ空で手足を動かすだけで、既に数多の地球人が死んでいるからな。これで大人しく死──ねるかどうかは、この力でも怪しいものだが。せめて石に戻ってくれ」
冥獣の両眼が見開かれ、我をしっかと捉える。
眼光。その恐怖だけで数百人の悪魔や神が失神。
強大で強靭な体躯。しかし、だからこそ、的には打って付けだ。
我は腕に溜めこんだエネルギーを一気に放出し、冥獣の額に命中させた。
高精度高濃度のエネルギーが脳へ届く。
そのエネルギーは後頭部へは貫通せず、無駄な力の発散を避け、全ての威力が頭中で爆発。
巨大な獣は甲高い咆哮を上げ、全身を大きく震わせる。その衝撃で再び星は揺れ、陸も海も荒れに荒れた。
冥獣は頭の半分を失い、黄金の血しぶきが雨と成り大地へ降り注いだ──
──の、だが。
「嘘だろう。これでも足りないのか……」
我は愕然と呟いた。
我だけでない。全ての者が同じような言葉を吐く。
効いていない……とまでは言わぬが、冥獣は──生きている。脳の半分を欠いて尚、その生命力は欠いていない。
圧倒的な重圧。
残った右目で我を見据えている。
「メッシュくん逃げて! やだ!」
姉上の声が聞こえた。
冥獣が口を開けている。
巨大な口内。ざらざらしたピンクの肉壁。そして白い牙と臼歯。
そんな景色が見えたかと思うと、次の瞬間、我の視界が銀白の閃光に染まった。
冥獣が撃ち出した気弾。それは簡単に銀河を砕く程の────
◇
全てを虚無へと誘う光の中で、我は確かにその姿を見た。声を聞いた。
「私の出来損ないの技能が、最後に息子を救えて良かった」
「父上……!?」
それは確かに、我の父上。二代目魔王アルドロイオンであった。
「どうして父上が」
我はそう口にしつつも、朧気ながら何となく理由を察する。
冥獣が封印から解き放たれる際、父上の魂を媒体としていた。
つまり……いや、もしかしたらレベルの話だが……冥獣の力には、父上の思念が多少なりとも残っていて──
「こんな台詞、元魔王が言うべきではないのかもしれないが」
父上は淡々と、静かな声で語る。
「愛しているぞメッシュ。ネアも、ノーザも、ラスも……それにマートにも。伝えてくれ。不甲斐ない父だが皆を愛していると。特にマートには……一度も、伝えたことがなかった」
「父上──」
我は手を伸ばし、父の影を追おうとした。
しかし手の先に当たったのは、宇宙を揺るがす程の莫大なエネルギー。
気付くと我は、取得した覚えのない『技』を使っていた。
それは先程……住宅マンションの一室という庶民じみた場所にて、魔王である父上が魔王である我に使用した技。
冥獣の力を反転させ、押し返す。ごく単純なカウンター。
◇
「メッシュくんメッシュくんメッシュくううん! 好き! 好き! 結婚しよ!」
目が覚めると、我は姉上に抱きしめられ頬ずりされていた。
体中がギシギシと痛むのは、姉上の馬鹿力のせいだけではあるまい。
「おーっほっほっほっほ! 見ましたの!? 見ましたの!? 名だたる悪魔、神、勇者を抑え、このわたくしフォルティッシロイオンの考案した技が! わたくしの! 技が! 源流を司りし魔神獣を! 倒しました! 倒しましたのー! わたくし! わたくしが! わたくしが!」
「ふ、ふひひひ……ウゼえええぇぇ……」
「よくやったのう皆の者! 妾の一族が一番活躍しておったのう! のうのう! やっぱり妾の血じゃのう!」
親族たちがはしゃいでいる。
「やりましたねメシュトロイオンさん! お亡くなりかけの冥獣さんが大きなお口を開けて、何か可愛くない光を発した時は、正直もうダメかと思いましたが! でも結局何もなく、あたくしたちの大勝利です! あたくしは、あたくしたち全員を可愛く褒めてあげちゃいます!」
「ウィンウィン。タマニハ共闘モ良イモノダッタナ。ピピピ」
真ロボット勇者の手パーツが、インポニティ・ストーンを掴んでいる。
どうやら最後のカウンターで、冥獣が冬眠し石に戻るだけのダメージに達したようだ。
そして皆の様子から察するに、最後の我のダメ押しカウンター攻撃には誰も気付いていないらしい。
カズシゲくんで事足りたと思っている。
まあ別にそれでよい。皆の力で倒した。
殊更自分の活躍をアピールする程、我は野暮では無いからな。
それよりも……そうだ。最後。あの時、父上に……
我は姉上の頬ずりを引き剥がし、弟の姿を探した。
「マート」
マートは姉上のすぐ後ろにいた。背中越しに我の顔をじっと見ている。
いつも通り、弟ながら見目麗しい涼しい顔。
しかし兄である我には分かる、何か言いたげな表情の機微。
もしやマートだけは、我の最後のカウンター攻撃に気付いていたのかもしれないが……
「マート」
我はもう一度、弟の名を口にした。
「なんだい兄上」
「父上が、お前を愛していると言っていたぞ」
そう伝えると、弟は、
「そっか」
とだけ言い、にこりと笑った。




