176話:なんかいっぱい来た
冥獣。
言わば堕天した神獣。
魔界や天界のみならず多くの異界に、神話や童話として伝わっている怪物。今いるこの地球にも、冥獣をモチーフにしたと思われる伝説があると聞いている。
正確な発音は不明だが、ディンゴニフィだかギンゴニティという名称。
源流を司りし魔神獣、などという中二病的な異名もある。
「そんな架空の生き物……だと思っていた化け物が、今、我らの目の前に出現した」
「ってコトだね、兄上」
パッと見は二角獣に似ている。
流線形のしなやかな体。全身を覆う漆黒の毛。首回りを覆う金の鬣。天を穿つ長い二本ヅノ。
ただし馬に近しいバイコーンとは違い、冥獣の四本脚は獅子のように太く逞しく、先端には蹄でなく鋭い爪が光っている。大きく開いた口の中には白く長い牙が生えており、更に奥には太い臼歯が規則的に並んでいるのも見える。
肉食、いや雑食性か。
人だろうが神獣だろうが惑星だろうが、何でもかんでも食べてしまう──と童話にあった。
しかし形態よりも特筆すべきは、その大きさだ。
まさに規格外。爪一つだけで、我の実家である魔王城よりも巨大。
全長何キロメートルだろうか……あまりにも巨大すぎて距離感をイメージするのも困難。
今はまだ四肢を折り畳んだまま宙に浮いているが、もし足を広げ地に降り立てば、その体重だけで町は当然として一国さえをも滅ぼすであろう。
──と考えながら様子を見ていると、冥獣は二本の後ろ足を伸ばし、まさに『降り立つ』動作を始めた。
「おいマート。あのまま冥獣が大地に足を付けたら下が大変な事になる、と我は思うのだが」
「だろうね。一歩踏むだけで国が、暴れでもすれば地球全部が壊れちゃうかも」
「それは困るぞ。地球産のオヤツが食べられなくなる。それに地球には、ビジネスや旅行で魔界の住民も多数来ている。王家としては保護する必要があるだろう」
そう言って、鑑定係の顔を思い起こした。
彼女も下で待っている。
きっと町では今、空を覆わんばかりの巨大な化け物出現に大騒ぎ中だろうな。
「止めるぞ。我は右足。お前は左足をどうにかしろ」
「やれやれ。魔王はつらいよね」
我とマートは一斉に飛び立ち、冥獣の後ろ足へと接近した。
冥獣の足は巨大過ぎる故に動作が遅く見えるが、実際は非常に高速で動いている。空気が震え、摩擦で高熱となり、気流の乱れで炎の竜巻が発生する程だ。
しかし幸いなことに、我とマートの方が素早かった。
災害を潜り抜け、冥獣の後ろ足へ到達。
文字通り『山のような』足の裏に両手を添え、力任せに動きを止めようとする。が……
「ぐぬ……これは流石に無理がある……」
我の力でさえ、冥獣の足一本を止めるのも不可能であった。
多少は動きが鈍っているが、じりじりと押し返される。
確認する余裕は無いが、おそらくマートも同様だろう。
このままでは地球が壊れるのも時間の問題だ。
さて、どうする……
「おーっほっほっほっほっほ! わたくし! わたくしですの! 今こそわたくしの力を見せる時ですの! あの『源流を司りし魔神獣』を! 越える! 勇者わたくしのパワーですのー! おーっほっほっほっほ! オッドアイではなくなりましたけど」
突如、高笑いが響いた。
と共に、冥獣の足が止まった。
腕の負担が急速に軽くなり、周囲を確認する余裕が出来る。
いつの間にか、我やマートと共に冥獣の足を食い止めている者達がいたのだ。それも何百、何千人も。
「失礼。マートよりだいぶ出遅れてしまいました……しかしこれが冥獣。実在していたとは、まだ信じられませんよ」
と言って眼鏡を光らせたのは、我のイトコであるサディート。
その隣には娘のフォル、そのまた隣には奥方。更にその周りに魔王城の悪魔兵士たち数百人。
そして、
「メッシュくん大丈夫? 怪我してない? お姉ちゃんが来たからもう安心だよ~。結婚しよ」
ネア姉上が心配そうに我の顔を覗き込んできた。
片手で冥獣の足を抑えつつ、もう片方の手で我の体中をベタベタ触る。
姉上は腕力だけならば我を越えている。こういう時は心強い。
それだけではない。マートの近く、冥獣の左足側には、
「妾が股から必死にヒリ出した息子の魂を利用した挙句、可愛い孫どもをイジメるとは。よくもやってくれたのう。淫獣インポテンツとやらよ!」
「お、おいオフクロ! 冥獣だメイジュウ! い、いん……その……とにかく違うー!」
「どうでもいいよぉ……ひ、ひひひひ……無理矢理連れてこられたけどぉ、もう帰りてぇぇ……冥獣とかどうでも良いしぃ……むしろみんな滅べよぉ……ラスちゃんもせっかく巨乳になったのが、また萎んじゃったしぃぃいぃ……死ねぇ……」
「………………め……!」
祖母殿、ミルミ叔母上、妹のラス、弟のノーザがいた。
インポニティ・ストーンの世界改変が元に戻ったため、ラスのバストサイズおよびノーザの扁桃腺炎も元通りになっている。
そしてやはり祖母殿たちの周辺にも、大勢の悪魔兵士がお供していた。
更に更に、
「”新・三十大神長”が一席、あたくしピンクプリンセスゴッド様も可愛く参上ですよおお!」
神の一団までいる。
ピンク神を筆頭に、神や天使が数百。
冥獣の後足だけでなく前足や胴体にも軍勢を広げ、地上へ降り立つのを阻止している。
ピンク神自身は冥獣のヘソ位置に着き、神や天使に指示を下していた。
更に更に更に、地平の彼方から大量の虫天使や鳥天使や哺乳類天使の増援が続々と来ており、空を白く染めている。総勢で万単位はいるだろう。
状況を纏めると、つまり、魔界と天界の総戦力が助っ人に来たのだ。
ありがたい事だが、しかし何故こんな短時間で、こうも手際よく集まっているのか。
「どういう事だサディート」
「メッシュ、あなたが保護したサキュバス少女の予知のおかげですよ」
我の問いに対しサディートが眼鏡を光らせながら答え、その横でフォルが「アルノちゃん様ですの!」と言って胸を張った。
「なるほど。アルノが冥獣出現を言い当てたという訳か」
「ええ。と言っても、つい十分ほど前に解読したばかりの予知ですが……しかし十分もあれば、魔王組合所属の別魔界や天界へ予知内容を伝え、各異界の最高戦力をこの地球へ集結させる事も可能でした」
「各異界? ということは……」
「もぉちろん、ワタシもいるわよぉん!」
と大声で叫んだのは、別魔界のプリティー魔王破壊神ライライちゃんこと、我のもう一人のイトコであるライブロイオン。
太く固く逞しい鋼の筋肉の上に、ひらひらレースが沢山付いているピンク色のドレスをパッツパツに着こなしている。
ライライちゃんは部下の悪魔たちを引き連れ、「終わったらみんなにご褒美あげるわよぉ~ん!」と激を入れつつ、冥獣の股間に張り付いていた。
「僕もいるっスよ!」
「お前はヨッピーではないか」
冥獣の首部分にいるのは、別魔界の新人魔王ヨッピー。相変わらずのヒップホップファッションだ。
四天王や四天王予備軍らしき部下を引き連れている。
「ちょっと。”アタシ”もいるんだけど?」
「お前は……なんだいたのか」
女神レイスが、我のすぐ背後にいた。
皆と共に冥獣の足を抑え込んでいるが……まあ、こいつはどうでもいい。
「は? 何その”言い草”。もっと”感謝”しなさいよ。”死ね”」
「貴様が死ね」
「は? あんたが”死ね”。この”戦い”で死んだら”英霊”として”アイスの棒”とかで”お墓”立ててあげるから安心して”死”になさい」
「アイスは好きだから結構なことだ。だが貴様の墓にはアイスの棒も勿体ないな」
「は? は?」
と、ついまた言い争いになってしまったが、今はそんな時では無い。
もう無視しておこう。姉上も「ま! 何その女の子~!」と頬を膨らませているし。
とにかく今は、悪魔と神と異界人の連合軍で冥獣を──
「冥獣、タオス。ウィーンガシャンウィーン。チェェェェェエエエンンジッッッ!」
唐突な機械音と共に、大気圏からロボットがウィンウィン言いながら現れた。
あのロボットは……
「あああああ! あなたはロボット勇者シリーズの最新作にして最高傑作と名高い、真ロボット勇者さんではないですかあああ!」
と、ピンクプリンセスゴッドが冥獣のヘソの下で叫んだ。
このロボットとは我も以前、異世界超つよバトルトーナメントで出会った。
我に匹敵する力を持つ、数少ない戦士。全宇宙の勇者どもの中で今おそらく最も強い男(もしかしたら女)。真ロボット勇者である。
どうやら冥獣出現の話は、たった十分で勇者界隈にも伝わったらしい。
真ロボット勇者は語る。
「冥獣ハ、私タチロボット勇者シリーズトモ、深イ因縁ガアルノデス。神ト悪魔ヨ。今日ダケハチカラヲ合ワセ、冥獣ヲ倒シマショウ。ウィンウィン」
なんと、勇者まで味方になってくれるらしい。
しかしロボット勇者シリーズと冥獣の因縁とは、一体……
「ほほう! その”因縁”とは……そうですかなるほどお! それはアレのコトでしょうか!」
ピンクプリンセスゴッドが、合点のいったような表情で叫んだ。
どうやら思い当たる事があるらしい。
「古の昔──あたくし達のご先祖様が冥獣の肉を食べて、神と悪魔へ枝分かれする事を迫られた時……第三の道として、ロボットになる事を選択した者達! それがロボット勇者シリーズであると! あの噂は本当だったんですね!」
「いやロボットになるのはおかしいだろ」
と我はついツッコミを入れてしまったが、しかし真ロボット勇者は、
「ソノ通リデス。私ト、アナタ達ハ、同ジ先祖ヲ持ツ者同士」
などと言って大真面目に頷くのであった。嘘だろ。




