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174話:世代の違うオッサンの言う事は分からん

「半月前、ふと気付くと私は地球(ここ)にいた」


 父上──先々代魔王アルドロイオンが、語りだした。


「己がとっくに死んでいる事、そして『何かの力』で一時的に生き返っている事。この二点を、何故だかすぐに理解出来た」

「インポニティ・ストーンの影響だな。世界の細々した所を改変する能力を持った石だ」


 父上の復活時期と同じ半月前、宇宙中のヒーローどもが集まる格闘大会『異世界超つよバトルトーナメント』の賞品としてインポニティ・ストーンが世に公開され、なんやかんやあって世界が改変された。

 世界改変の影響で我の目元が丸くなり、女マートの股間に男性器が生え、ネア姉上の身長が数センチ縮み、妹のラスが巨乳になり、弟のノーザが扁桃腺炎になり、祖母殿の三時のオヤツが四時になった。


 ──といった一連の流れを、我は父上に説明した。


「そう言えば私が幼き頃に、父……つまりお前の祖父から、そのような石の話を聞いたことがあったな。名前までは教えられていなかったが……そうか、インポニティ・ストーンというのか」

「うむ。そうだ。しかしあの石の名前に『下ネタ?』とかツッコミを入れないのは父上が初めてだぞ」

「そうか。気の利かぬ父ですまない」


 おそらく祖父殿が幼き頃の父上にインポニティ・ストーンの名前を教えなかったのも、下ネタだからだろう。

 って、それはどうでも良い。


「半月も前に生き返っていたのなら、どうして魔界に来なかったのだ」


 我は至極当然の疑問を投げかける。

 すると父上は難しそうな顔で目を閉じ、「すまない」と呟いた。


「何百年も前に死んだ元王が今更のこのこ現れても、国政に無用な混乱を与えるだろう。それにこの蘇生も一時的なものだと、すぐに理解出来た。また子供達と母上と(ミルミ)を悲しませるだけ……今更悲しんでくれるどうかも分からぬがな。そもそも私だけ戻ったら、ライディの家族に悪いだろう」


 父上は淡々と述べた。

 ライディとは父上の弟。つまり我の叔父であり、サディートの父親。

 ライディ叔父上も、父上と同時に母ピュグラ=ルヴェの手によって殺されている。


「父上は元魔王のワリに気遣いが過ぎるな。ではどうして今、我に会っているのだ? 我がこのマンションへ向かって来ている事には気付いていたはずだ。逃げることも出来ただろう」

「確かに逃げることも考えた。しかし、それでも、だ……何の因果かお前が私を……『父を見つけた』と知って、逃げる気が失せた。どうしてだろうな……言葉では説明できぬが……結局私も弱い父親であったという事だ」



 弱い父親……?



 我の記憶の中の父は強大な力を持ち、いつも堂々としており、純然で誇り高い魔王であり……とにかく大きな悪魔であった。

 しかし今になって父上と対面すると、そう強大な力の持ち主には見えぬ。

 父上が持つ魔力の量、質、共に昔のままではある……はずだ。しかしどうしても『強靭な魔王』だとは思えない。背も我の方が高くなっているしな。


 単純に我が成長しただけなのだろうが……何なのだこの感覚は。妙な気分になっている。わからん。どういうことだ。


 その気持ちを誤魔化すように、我は再び父上へ問う。ただし話題は差し替えておく。


「父上はこの半月、地球で何をやっていた? どうして地球人に力を貸与したのだ? それが条約違反であるとは知って……」


 知って……



 知らないかもしれない。



 よくよく考えれば、『悪魔も神も怪物も、地球の一般人に存在を知られてはならない』というルールはここ数百年、我が魔王在任中に作られたルールだ。

 父上が魔王だった頃、地球は中立地域でこそあったが、悪魔も神も怪物もわりと普通に闊歩していたという。


「なんと、条約違反だったのか。なるほど私以外の悪魔や怪物が極端に少ないし、その数少ない悪魔も皆地球人の変装をしていて変だなとは思っていたが、そういう流行なのかと。すまない条約のことは知らなかった」

「……だろうな。まあその事はもう良い。聞きたいのはこの半月間のことだ。どうして地球人に力を与えていた?」

「ふむ。それはただの気まぐれというか、恩返しというか……」

「恩返し?」


 父上は視線を我の顔から少しずらし、部屋入り口で気絶している教団教祖を見た。


「この地球という星には、ピュグラ……お前の母との想い出があるのだ。つまり私とピュグラが初めて二人きりで行動を共にした。デェトという奴だな」

「ほう……」


 デートって。両親のそういう話は聞きたくないのだが。

 しかし今更「あ、やっぱ止めて」とも言えず、とりあえず黙って話を聞くことにした。


「当時の地球は今と違い緑豊かで、あと虫だらけだったな。そしてそのデェト中、そこで寝ている宗教家の先祖が私たちを案内してくれたのだ。言うなれば観光ガイド、もしくは荷物持ちだな。まあピュグラの催眠術で半ば無理矢理案内させた訳だが」


 迷惑な観光客だったのだな。


「宗教家は観光ガイドの子孫……とは言っても一万年程世代が違うので殆ど他人なのだが、しかし顔が良く似ている。出会ったのは全くの偶然。私が蘇生されたその日に、フラフラと歩いていたら見つけたのだが……ふと、そう言えばあの時の礼をしていなかったことに気付いた。どうせ暇だから、再び私が死ぬまでの間『悪魔の契約』の対価を利子付きできちんと支払っておこうと……そういう理由で、こやつの信者を増やすために悪魔の力を貸してやっていたのだ」


 つまり観光ガイド料を払っていただけだと。

 生真面目な父上らしい理由である。


 しかしながら、ここで母の話が上がるとは思わなかった。

 父上は母に殺された。なのに、こうもあっけらかんと惚気られるものなのか。

 我は少々躊躇ったが……思い切って聞いてみることにした。


「父上は、母……ピュグラ=ルヴェを恨んでいないのか? 殺されたのだぞ。まさか死に際の記憶が無いのか」

「記憶はある。恨んでいないとは言い切れないが……納得はしている」

「納得だと? 殺されておいて何を納得するのだ」


 語気を荒げてしまった。我らしくないと自分でも思うが、しかし言葉が勝手に続いてしまう。


「父上が殺された後、我は、我が……我が、母を殺した。この手で。我が母を殺したのだ」

「……そうか。すまない」


 父上は真摯な表情で謝った。生前からそうだ。父は、とにかく真面目な悪魔であった。

 昔の事を思い出し……それが切っ掛けになったのかは分からぬが、我は少し冷静になる。感情的になってしまった事を反省した。


 そして父は語る。


「一万年前、まさにこの地球の上でピュグラは言った」



 ◇



「愛しているわよアルド。でも私は、私の目的のためにあなたが邪魔になった時、容赦なく殺すわよ。それでも良いのなら結婚しましょう、魔界の王子様。ふふふ」



 ◇



「そしてピュグラはその言葉通り、私を殺した。承知の上だ。仕方ないと思っている」

「……そもそも、どうしてそんな話を聞いて結婚したのだ?」

「愛していたからだ。お前もいつか分かるだろう」

「ふむ」


 いや、分かる日が来るとは思えない。

 少なくとも我は、己を裏切り殺すことを宣言してくるような女を好きにはなれぬ。

 何故ならば我は悪魔。自分のことが一番好きだからだ。自分の害になる者を愛せるはずが無い。


 …………よく考えると弟(妹)のマートも我を騙し裏切り殺そうとした事が何度かあるが……まあ、そこは血の繋がった肉親なので話は別だな。本人的には遊びのつもりだろうし。多分。


「我は全然納得していないが、仕方が無いので納得したことにする。父上が母を恨んでいないというのなら、我もこれ以上蒸し返すのは止めよう」

「そうか」

「そうだ」


 そして妙な沈黙が数十秒続いた。

 久々に会った親子の会話とはこういうものか。

 凄い気を遣う。多分父上も気を遣ってると思う。しばらくの無言の後、ようやく父上が口を開く。


「それよりメッシュ。お前も何か用があってここへ来たのだろう?」

「ふむ。そうだった」


 我はこれまでの経緯を説明した。今は召喚獣の職に就いている事。そして仕事の依頼で『教団の悪魔』を退治しに来たこと。

 父上は「お前が召喚獣。驚いた」と全然驚いていない顔で言った後、


「つまり私を殺しに来たのか」


 と無表情で問うた。

 我は首を縦に振る。


「うむ。だがその依頼はもう良い。達成したも同然だ。インポニティ・ストーンの影響だと言うのならば、我が何もせずとも時間が解決するからな」

「そうだな……」


 父上は顎に手を当て、何かを言おうか言うまいか思案するような素振りを見せる。


「…………その石の力と私の命は繋がっている。なので石の『世界改変』とやらの残り時間も分かる。あと五分程度だ」

「……五分?」

「そうだ。そもそも教祖をこの部屋に呼んだのも、その事を伝えるためだった。本当に最後の最後に、息子(おまえ)に会えたのだ」


 唐突なタイムリミットを提示され、我は困惑する。

 残された時間は少ない、というのは分かっていた。しかしこうも突然「あと五分」とは。


「メシュトロイオン。最後に父への心残りは無いか?」


 父上が尋ねる。

 心残り……あると言えば、ある。


「そうだな。父上が死に、我の心にずっと引っかかっている『モノ』はあった」

「であろうな。私も気がかりだった。願わくば子供五人全員と……しかしそれは元々叶わぬ。お前で良かった」


 父上が頷く。

 どうやら父子で同じことを考えているようだ。

 我は一歩、二歩、三歩下がり、父上との距離を取る。


「魔界も天界も地獄も煉獄も無かった太古の時代より、『魔の王』に伝わりし即位の義。親殺し……とは言え、今は父上や祖父殿の時代とは違う。今更本当に実行している魔界は、もはや存在せぬであろうが……」

「そうなのか? しかし、どうせ私の命は数分足らず。ちょうど良いだろう。どうせ死ぬなら『魔の王』としてのケジメ(・・・)を付けるさ」


 父上は小さく笑った。

 それは子の我も始めて見る──いいや、忘れていただけかもしれない──笑顔。


「父上の命が再び消える、その前に……息子である我の手で刈り取らせて頂くぞ」


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