162話:巨乳を自慢しがちな血筋
祖母殿の愚痴に付き合った後、魔王城の中庭で弟と妹に会った。
「…………あに。げほごほがほごへ!」
激しい咳をする弟ノーザ。その顔はマスク越しでも分かる程に赤く染まっている。
赤面は扁桃腺炎のせいでもあるが、それよりも「咳声を聞かれて恥ずかしい」というシャイな理由が大きい。
「いつまでも治らないな」
「…………ぅん。ごほがほ!」
「無理に返事しなくて良い」
ノーザはインポニティ・ストーンの世界改変により扁桃腺炎になっている。それももう半月も。
より正確に言うと、『喉の風邪を引きやすい体質に変わってしまった』のであろうとマートが分析していた。
並の悪魔ならともかく、最上級の悪魔である我ら王族は余程の事がない限り風邪など引かぬ。その余程の事が起きているのだ。
世界改変の影響は、背が縮んだり、男性器が生えたり、オヤツ時が一時間ズレたりと……慣れてしまえば生活に差し支え無い程度のものばかり。
が、しかしノーザの扁桃腺炎はかなり辛そうだ。普段は健康な悪魔だからこそ、慣れぬ病気に難儀している。
「がへごほべげ!」
「城内の散歩などせず、大人しく部屋で寝ていれば良いのだ。お目付け役の老将軍から『城の外へは出るな』と言いつけられたと聞いているが、城の中ならセーフと言われた訳でも無かろう?」
「うぁ…………で…………もん…………ぐほげほ!」
「ふひひひへへへ……ノーザ兄は『喉以外は健康だから大丈夫だもん』って言ってるぜぇ……くひひひ。メッシュ兄の前だからって強がってんよぉ。うぜぇぇ……」
ノーザの隣にいる妹ラスが、消え入りそうな小声で言った。
この赤毛の双子は二人でよく城内を散歩している。放っておくといつまでも引きこもっているラスを、ノーザが部屋の外へ連れ出しているのだ。
最近ラスはフォルが立ち上げた聖紋章詐欺会社の副社長に就いたので、引きこもりニートからは卒業した。ただしその業務は完全に在宅勤務とのことで、引きこもりは引きこもりのままだ。
ノーザが扁桃腺炎になり魔王城からの外出を禁止されても、城内散歩の習慣は続けているのだ。
病気時の行動として不適切だろう。しかし本人が言った「喉以外は健康」というのも、どうやら本当らしい。確かにノーザから感じ取れる魔力も生命力も普段通りだ。
扁桃腺が炎症を起こしたら普通は高熱にうなされる所なのだろうが、そこは我の弟なだけはある。
まあ咳が止まらないだけでも、かなりキツそうなのだが。
そもそも世界改変の影響はあと数日で終わるはずなので、そこまでの辛抱である。
「ごっほえほ!」
「薬も効かぬようだな。この魔界で手に入る最高級の薬なのだが……」
お隣のヌルヌル魔界から取り寄せたヌルヌル蜜と、はす向かいのヌチョヌチョ魔界から取り寄せたヌチョヌチョ水を調合した喉薬だ。それだけでは凄まじく不味いので、成分の半分に優しさを混ぜて味を整えている。ここで言う優しさとは異界の勇者たちの血である。
「…………まぅ…………げへごほ!」
「ふひひひっひっひぃぃ……あの薬クッソマズだからもう飲みたくないよヤダぁ~……って言ってるぜぇ。ひひひ」
「なんと。半分の勇者の血のおかげで幾分マシになっているはずだが、そんなに不味いのか」
ちなみに我は実際に喉薬を飲んだことは無い。
「へ、へへへへ……実はさぁ、このスーパー巨乳になったラスちゃんがぁ……」
ラスはそう言って、いつも猫背気味の胸を大きく張った。
自分で巨乳と言うだけあり、そのバストは巨大に膨れ上がっている。ただしこれは残り数日の命である仮そめの巨乳。世界改変の影響で一時的に育っているだけだ。
本当のラスの胸は、背中と変わらぬレベルの真っ平である。
しかし姉上やフォルもそうだったが、うちの一族の女は胸が大きくなると過度に自慢する傾向にあるな。
と、そんな事よりもラスの発言の続きを聞こう。
「ラスちゃんがぁ、ノーザ兄の喉が良くなるかもしれないアイテムの噂を調べてやったんだぞぉ……ふひひひ」
「そうか。気が利くではないかラスよ」
「や、やめろぉぉ褒めるなぁぁ……そうやってラスちゃんを持ち上げて、いい気になった所で『冗談だよバーカブース』って笑いものにする気だなぁ……この天使めぇぇ!」
被害妄想が凄い。いつもの事なので、ここは軽く流しておこう。
ちなみに「天使め」とは悪魔に対する罵倒の慣用句である。
「そ、そのアイテムはぁ……黒くて不味くて変に甘いけど、喉がスッキリする飴……だってさぁぁ」
「飴? のど飴か?」
「…………まず……や…………ごっへごほごは!」
「『不味いのはヤダ~ん』とか可愛い子ぶってる場合じゃないだろぉぉノーザ兄ぃ……ひ、ひひひひ」
ラスは猫背に戻り、ノーザの頬をつねった。
「で、でも、その飴はぁ、メッシュ兄やノーザ兄お気に入りの地球で作られてるらしいんだけどぉぉ……行商人は扱ってないんで、魔界じゃ手に入らないんだよなぁぁ……」
「ほう。それは困ったな」
行商人へ「次に仕入れておいてくれ」と頼むにしても、どうしてもある程度以上の期間が掛かってしまう。
それに今まで取り扱ったことの無い品ならば、確実に手に入るかどうかも分からないだろう。
我は少々ばかり考え込み、そして言った。
「ではその飴を、我が地球で買って来てやろう」
「…………あに! げほげほごぼ!」
我の言葉にノーザは目を丸くし、そして咳込んだ。
ラスは「ふへひひ……あ、やってくれるの?」と笑って目を泳がせている。おそらくは、最初から我をお遣いに行かせる魂胆であったのだろうが……その策に乗ってやるとするか。
「あに…………げふん!」
ノーザが我の服の裾をちょこんと掴み、申し訳なさそうな顔をする。
「気にするな。我は兄だからな」
そう言って、ノーザの頭にポンと手を乗せた。




