16話:似てない兄弟には複雑な事情があったりするから「似てないよねー」とか言わない方が良いよ
「──という経緯で、召喚先で神と戦った」
イーキリの世界から帰還した後、我は魔王城へ赴きマートへ報告した。
新人とは言え一応『神』であるレイスとの交戦。現魔王に黙っている訳にはいくまい。
「そっか。それは災難だったね、ご苦労さま兄上」
マートは驚く素振りも見せず、笑顔を返した。
今日のマートは男。
短い金髪に、異界から来た勇者どもの返り血がこびり付いている。今日も元気に戦ったらしい。
玉座の上で長い足を組み、長い指で髪の血を剥ぎ取りながら、我の話を聞いている。
「さっそく神をコケにするなんて、期待通りの働きをしてくれるね。さすが僕の兄上」
「……期待通りだと?」
その言い方では、我と神の衝突は予定の範疇であったように聞こえる。
「ただ一つだけ文句……って訳じゃないけど、あえて言わせて貰うなら、そのレイスという小娘は殺しておいて欲しかったな? まあどっちでもいいけど。ふふっ」
「マート……貴様もしや、『神々を殺させるため』我をレンタル召喚獣にしたのではあるまいな」
今回の件で、我も改めて認識したことがある。
本来ならば神々が管理する世界へ、魔界の住民が立ち入ることは難しい。
しかし召喚獣ならば簡単に入れる。何故ならば召喚獣とは『その世界の召喚術師が呼び出す』ものであり、侵略の意図は無い。営利目的の商売だから……という建前があるためだ。
というか、その辺は特に取り決めがなくナアナアになっている。と言った方が正しい。
つまり召喚獣になれば、神の寝首をかきやすい。
「ふふっ。さあ、どうだろうね?」
マートは否定も肯定もせず、微笑んでいる。
まあ良い。この件を追及してもさほど意味は無い。
マートのことだ。我と神々との戦いは、また別の目的への布石に過ぎぬやもしれぬ。
一つや二つだけの目論見で終わるはずがない。我が弟ながら、複雑なことを考える奴なのだから。
「でも神が魔界の召喚獣達を殺してた、ってのは結構な問題だね。何が問題かって言うと、兄上が解決するまで誰も気付かず、何の対策も立てていなかったってトコさ。労働環境の監査が必要だよ。うーん、どうしたものかな?」
マートは我を見つめながら、悩むフリをしている。
弟(妹)がこういう態度を取るとき、既に行動指針は定まっているのだ。
ただしその行動指針とは、本当に問題解決のための行動である場合もあれば、ただ単にマートの遊びである場合もある。
「そうだ。こうしよう」
マートは立ち上がり、我の肩を叩いた。
「問題点洗い出しのために、僕も一度だけ召喚獣になって職場体験してみよう。もちろん兄上と一緒にね」
◇
翌日。
「へ、へへっへへへ陛下……マートシュガロイオン魔王陛下! どうして……いえ、如何なる御用で召喚斡旋所へ!?」
我と共に現れたマートを、所長が驚愕しつつ出迎えた。
周りの召喚獣達も驚いている。どうやらマートは何も連絡していなかったらしい。
ちなみに以前も言ったが、マートシュガロイオンとはマートのフルネームだ。長い。
更にちなみに、今日のマートも男である。
「突然ごめんね。でも昨日の『神の件』で、一度召喚事業の監査が必要かと思ってね。抜き打ちで来ちゃったのさ。ね、兄上」
「うむ」
「なるほど……胃痛」
レイスの件では所長も相当ショックを受けていた。
当然だろう。自動落雷システムにより、ただのD級世界で貴重なA級召喚獣さえも殺されていたのだから。
ただし事が神絡みであるため、一役人である所長が責められることは無い。
のだが、この所長は自分を責めてしまうタイプの性格であるからして、胃と髪の毛へのダメージは深刻に違いない。
「それでとりあえず、僕は兄上の──先王陛下の召喚に着いて行きたくてね。でも確か『召喚一回につき召喚獣は一体まで』ってルールがあったかな? ね、兄上」
「うむ」
「いえ、はい、ありますけど大丈夫です! 特別にオッケーと致します!」
ネア姉上の時と同じく、所長は長いものには巻かれよ精神にて特別ルールをでっち上げた。
「ささ、案内いたします。どうぞ両陛下!」
「うん、ありがと。さあ行こう兄上」
「うむ」
所長に先導され、我とマートは召喚部屋へと移動した。
部屋ではいつものように、所長の娘こと鑑定係のゴシック衣装女が働いている。
鑑定係もマートを見て一瞬だけ驚いた素振りを見せたが、すぐに平然な態度へ戻り、
「へー。メシュトロイオン先王陛下と今の魔王様ってー、こうして比べるとあんまり似てませんねー。髪の色が黒と金で違うしー。兄弟なのにー。ああ、でもどっちも背は高いですねー」
と、我とマートを見比べて言った。
「おおおおおおい! 無礼なことを言うなバカ娘!」
所長が慌てているが、我は別に気にしない。
マートも、
「ふふっ。よく言われるよ、お嬢さん」
といつものように笑っている。
「僕たちは母親が違うのさ。ね、兄上」
「うむ」
男のマートで良かった。
もし女のマートであったなら強烈な憎まれ口を叩き、無駄に面倒臭い事態を引き起こしていたに違いない。女のマートは女が嫌いなのである。
「でも魔王様が職場体験なさるならー、ちょうど良かったかもでーす。今日は久しぶりに超(S)級案件のお仕事が発生中なんですよー」
鑑定係は持っている帳簿を開き、「魔方陣展開」と唱えた。
すると目の前の床に、超(S)級案件の魔方陣が現れる。
異界にて召喚術師が描いた魔方陣は、いつもこうやって魔界と繋がるのだ。
しかしマートは「へえ。S級ね……S級」と呟き、何かを考えるように長い指を顎に当て、魔方陣を見つめている。
「ちょっと貸してくれるかな?」
「えっ。あっ、はーい」
マートは鑑定係から帳簿を借り、パラパラと紙をめくった。
帳簿には、今現在異界にて詠唱中の召喚魔方陣がリストアップされている。召喚期限は術師の気の長さに依存するが、だいたい三分から一時間程度である
マートはとあるページで指を止め、「ふふっ」と口端を上げた。
「見つけたよ、監査に相応しい召喚先。展開」
超(S)級魔方陣の隣に、新たな魔方陣が現れた。
鑑定係が不思議そうな顔をする。
「これってー、最下位のF級案件ですよー。良いんですかー?」
「うん。こういう世界こそ都合が良いのさ」
「へー。そーゆーもんですかー」
「ふふっ」
マートは帳簿を鑑定係へ返した後、我の顔を見て目を合わせた。
「だよね。兄上?」
「……うむ」
はたと気付いた。我は今日「うむ」としか口にしていない。
これではまた気難しい奴だと誤解されるではないか。
もっと明るく振る舞うよう努めよう。
そして、もう一つ気付いた。
マートの選んだ召喚先は……
神がいる世界だ。




