138話:メガネは脳に良い
「さて」
と一息つき、サディートは眼鏡をキラリと光らせた。
手を拘束されていなかったら、確実に指で眼鏡を持ち上げてチャキッとしていたに違いない。
「こうして私が、囚われしメッシュを助けに来てあげた訳ですが──」
「いやオメエも捕まってんだろ、囚われしメガネ!」
ミルミ叔母上が容赦なく突っ込んだ。助けに来たのに自分も捕まった、という状況は叔母上も同様なのだが、そこは棚に上げている。
しかしサディートは若干冷ややかな視線を叔母上に向け、
「わざと捕まったんですよ。当然じゃないですか」
と言って再び眼鏡を光らせた。先程よりも強く眩しい光。
それと同時に、容易く手足の紐を引き千切った。
こやつは気合を入れると眼鏡が光るのだ。
そうして手足が自由となったサディートを見て、叔母上が「んげっ」と妙な声を上げる。
「な、なんでオメーは、そう簡単にその紐外せんだよ!?」
「紐に込められている神力の波に対し、きっちり逆の周波数に調整した魔力を当てるだけですよ」
「えっ。なーんだ。そんなことで良かったのか………………って、できねえ~! 紐の神力が邪魔してくるから魔力コントロールが難しいし、そもそも神力の波ってなんだよ分かんねーよふざけんな馬鹿! うあああん!」
魔力の周波数調整。
サディートの娘、フォルが良く使っている。魔力の波と楽器音の波を合わせて攻撃する、魔界ピアノや魔界カスタネットや魔界たてぶえなどに応用する技術だ。
そのフォルの演奏も、元々は父であるサディートが教育したもの。当然、得意分野である。
一方の叔母上は神力の邪魔があってもなくても、元より高度な魔力操作が苦手な悪魔である。
魔力操作だけでなく、料理やらテレビの録画やら生活面でも色々と苦手な事が多く……まあハッキリ言ってしまえば全体的に『不器用』な人だ。
もちろん楽器演奏などとは程遠い生き方をしている。魔力の波を丁寧にコントロールするのは無理であろう。
まあ叔母上は、その不器用さを補って余りあるパワーで今の地位に付いているのだが……
という訳で、叔母上は早々に周波数がどうこうという解決法を諦めた。
床の上でムキになり、力技で紐を引っ張り手足をジタバタさせている。
そんな叔母上を見下ろして、サディートが思う存分眼鏡を指でチャキっとさせた。
「それにしても、どうして叔母上がここにいるのですか? 私とマートが留守の間、戦力が手薄になる魔界の警備を頼んだはずでしたけど?」
「うっそれは……その……メッシュが……だって……」
やはり作戦を全無視して、一人で先走っていたようだ。
叔母上は追及を誤魔化すように手足の紐を引っ張り、
「くそぉ。なんでアタイには切れねーんだよぉ……」
と、悔しそうに呟く
少し可哀想になったので、我はフォローしてやることにした。
「そう気に病むな叔母上。魔界の最上貴族でも、この紐を切れる者はほとんどいないだろう。まあ我は体調が万全なら楽勝だけどな。それにマートやノーザ、あとフォルも簡単に切れるだろうが」
「フォローになってねえよ!」
ふむ。気を遣うというのも、中々に難しいものだな。
「それよりもサディート。先程『わざと捕まった』と言ったな?」
「ええ。今マートが裏で天界の役人へ『工作』していましてね。私が捕まれば、メッシュと同じ檻に入る算段になっていたのです」
「工作だと?」
「具体的な方法は知りませんけど。催眠術か、買収か、脅しか、色仕掛けか……何にせよ、あのマートに任せておけば失敗はありませんから」
なるほどな。
ならば叔母上がこの部屋へ連れてこられたのも、もしかするとマートの工作の影響かもしれないな。
「それよりメッシュ」
サディートはベッドに横たわる我へ近づき、指先で額に触れた。
「…………やはり。鑑定係の報告通りですね。なんでもサイボーグ(!?)との会話中、初代魔王の『忘却術』がどうのこうのと言って、急に倒れたとの事ですが」
鑑定係──我が務めている召喚斡旋所の職員で、いつもゴシックドレスを着ている娘だ。
我が誘拐される直前まで、いつも通り監視していたようだな。
そしてサディートは話を続ける。
「あの術を使ったのですね」
「うむ。使った」
「そのせいでかなり消耗していますね。それも四肢や魔力でなく、脳神経系の消耗です」
「うむ。消耗している」
「治りも異常に遅いでしょう」
「うむ。異常」
するとサディートが、唐突に眼鏡を外した。
「私もその忘却術については知らなかったので、お婆様に詳細を聞きましたよ。その脳神経系の消耗はただの疲れでは無く、厳密には細かな魔術印が何個も刻まれており──端的に言うと、メッシュが自分で自分の脳に傷を付けたという形になっています。だから自然回復には時間が掛かる……とりあえずはこの眼鏡を掛けなさい」
「眼鏡を? どうしてだ」
という我の問いへは返答せず、サディートが我の顔に眼鏡を装着した。
「度がキツいな。視界が歪みまくるぞ」
「我慢しなさい。この眼鏡には、常日頃から私が魔力を蓄積しているのですが──」
そうだったのか。
だからいつもピカピカ光っていたのだな。それは関係ないかもしれないが。
「天界へ来る前に、お婆様の魔力も少々込めて貰いました。忘却術の副作用への対処魔法が入っています。なのですぐに────」
◇
突然だった。
サディートの声、そして床で唸っていた叔母上の声が聞こえなくなった。
耳だけでなく目も見えず……いや違う。耳も目もきちんと機能している。
ただ静かで暗い……そんな場所へ、急に移動してしまったのだ。
移動。それも違うか。
我は『人形』になっている。
数日前、宇宙サイボーグの呪術で体験した『過去の追憶』……あれと同じ現象が、唐突に襲い掛かってきたのだ。
朧月夜の闇。
高い木々に囲まれた森の中であろうか。
少女が声を押し殺すように泣いている。
「どうしようかの。チャラ男……どうしよう…………妾、悪魔になってしもうた……」
なんだこのイメージは。
少女は祖母殿……若き日の、プロティンスだった。
そして、むせび泣くプロティンスの頭を撫でる男──祖父殿、ルキフェロイオン。
「大丈夫だってプリンちゃん。オレ様も堕天して、一緒に悪魔になってやるからさ。ずっと一緒だよ~」
◇
「…………!?」
戻って来た。
目の前にはサディートの顔。
「──なのですぐにでも回復するでしょう。とりあえずこの館からの脱出は、私が肩を貸してあげます。そこから先は頑張って自分の足で走ってください。メッシュならすぐ動けるように……って、もう動いてますね。流石です」
我は急激に回復した体をさっそく動かし、上半身だけ起き上がった。
サディートは先程の話の続きを喋っているし、叔母上は相変わらず床で唸っている。
どうやら今の『過去の追憶』は、刹那の出来事であったらしい。
数日前に見た古代天界の記憶の続き、だろうか?
我の中にほんの少しだけあった呪術の残骸が、祖母殿とサディートの魔力に触れたことで、一瞬だけ再発動した……と言った所か。
しかし今の記憶は……?
「…………何にせよ、今の我には関係無いな。さっさとここを脱出しよう」
そして我は手足の拘束を外し、ついでにミルミ叔母上の手足も自由にしてやった。




