131話:働く理由って普通は金のためじゃないの?
「最近、ルキフェ様の魔術実験を遠くから見学させて頂いてましたの。どの実験も、とても素晴らしかったですわ」
母──ピュグラはそう言って微笑んだ。
我の知っている母とは違い、まだ幼い。あどけない笑顔。
それにいわゆる『お嬢様言葉』も使っている。大人になってからとは、微妙に言葉遣いが異なるな。
「そりゃどうも~。ぜひお父様のドグマ殿にも良い感じに伝えといてね~。でも見学してたんだ? お嬢ちゃんくらい光ってる美少女なら、オレ様が見逃すはず無いんだけど」
光っている、とは比喩表現では無い。
ピュグラは神力が非常に高い神であったため、本当に後光が輝いていた。
「ふふ。だから『遠くから』見学していたのです。千里眼ですわ」
「へ~。って、お嬢ちゃんその歳で千里眼使えんの? まだ七十歳だよね?」
長命である神や悪魔にとって七十歳はまだまだ子供。
地球人の年齢に換算すると、だいたい五歳くらいの成長時期であろうか。
なぜ急に地球で例えたのかと言うと、地球の人間は、様々な異界人の平均寿命ド真ん中くらいだと言われているからだ。
「千里眼なんて普通千歳か二千歳くらいでようやく取得出来る能力なのに、お嬢ちゃん凄いねえ。いやオレ様も百歳くらいで使えたけど」
「私、器用なんですの。ふふふ」
ちなみに我は生まれつき使えたぞ!
我は凄いのだ。
ただ弟(妹)のマートも同じく生まれつき使えたらしいので、凄さが薄れているのだが。
「ところで今日は、ルキフェ様にお願いがあって参りましたの」
「んー、なになにー? オレ様すげえ優しいし、何でも聞いてあげるよ~。それにお嬢ちゃんはパトロンの娘さんだし無視は出来ないよね、現実的な経済問題として」
「感謝いたしますわ」
ピュグラは貴族らしく優雅にお辞儀をした。
ただし基本的に頭を下げることを忌み嫌う神の一族であるため、かなり浅いお辞儀である。
「では単刀直入にお伝えしますわね。私にルキフェ様の子供を産ませてくださいまし」
……おい。何を言っているんだ。
あまりの言葉に、一瞬我の思考が止まってしまった。
この二人、当時はまだ無関係の他人だったが、将来的には義理の父娘となる──というか、我の祖父と母だ。
何だこの会話は。こういうのやめて欲しい。聞きたくなかった。凄く変な感じの気分になる。
悪魔である我が倫理をどうこう言うのは、おかしいかもしれない。
でも率直に言って何かヤだ。
良し、聞かなかったことにしよう。
忘れる。忘れるからな。
「……ん~。ごめんねえ。気持ちは嬉しいけど、そういうのはちょっと。オレ様、これでも先約いるから……」
「別にお付き合いや結婚を申し込んでいるのではありませんわ。ただ優秀な子種が欲しいんですの。一回私を孕ませてくれれば、それで良いのですわ」
「いやそれこそダメでしょ~。子供に手を出すのはちょっと無理っていうか……」
いつもヘラヘラ笑っているルキフェだったが、流石に少し狼狽えている。
「あら。でもルキフェ様は、あのプロティンス様と婚約なさったと聞いていましたが……てっきり子供が趣味なのかと」
「プリンちゃ……プロティンスは、あれでもオレ様より年上だからね!」
「まあ、そうでしたのね。ふふ」
ピュグラは細い腕で口を押さえ、楽しそうに笑った。
どうやら先ほどの話は冗談だったらしい。いや冗談であってくれ、と我は願う。切に。
「それでは将来、ルキフェ様とプロティンス様のお子様が──もし男の子がお生まれになった時、その子と私の婚約を許してくださいますか?」
「はははー、可愛いこと言うねえお嬢ちゃん。良いよ良いよ、大歓迎。まあ息子の気持ち次第だけど~」
ルキフェは大笑いしてピュグラの頭を撫でた。
子供の言う事だと軽く考えているようだ。
しかしルキフェの息子とこの少女は、この後、本当に結婚することになる。
「感謝いたしますわ」
ピュグラは目を細め、微笑んだ。
◇
さて。もう忘れた。
何か見聞きしたくない出来事があった気がするが、忘れた。本当に忘れたぞ。
我が記憶を忘却した後。
気付くとルキフェは、天界のお偉いさんが集まる会議の場に出ていた。
「ってことで。天才のオレ様が、ついに超お手軽版の召喚魔法を開発したよ~。召喚術師と召喚獣の永続契約は無し。術師の魔力と生命力のレベルに合わせて、召喚報酬を調整する機能付き」
つまりは現在のレンタル召喚魔法と、ほぼ同等のものになっている。
「この魔法を利用すれば神獣を召喚するだけでなく、逆にオレ様たち神が『召喚獣』として別世界へ行くことも可能っつーわけで~。今はミディスちゃんが管理してる世界を借りて、色々テストとかやってま~す」
「ほほほう!」
ルキフェの言葉に、神のお偉いさんが驚きの声を上げた。
「つまり、つまりですね! 十大神長が一席、かつ大貴族プリンセスゴッド家の当主でもあり、スーパーかわいい人ゴッドスーパーかわいい人かわいいの極意でもある、このあたくし、ブループリンセスゴッド様も召喚獣になれるという事ですかね!?」
「まーそういう事」
「それは凄いいいいい! あたくしは召喚獣にはなる気は無いけど、でもこれは物凄い商売の予感がします! お手柄ですねえドグマ=ルヴェ様!」
ブループリンセスゴッド様なる神が、ドグマに向かって叫ぶように言った。
ドグマは若干煩そうに「そうだろう」と答える。
ルキフェの研究成果は、上司であるドグマの手柄となるのである。
「これでガッポガッポ儲けますね!」
「そうそれ、そこなんすよ~。金ガッポガッポ。ウッハウッハ。あははは~」
うむ。なるほど。
レンタル召喚の成り立ちが分かって来た。
我は以前、「祖父はどのような真意でレンタル召喚事業を考案したのか?」という些細な疑問を抱いたことがある。
その疑問への答えが出たぞ。
金のため。シンプルで潔し。
「ご苦労様です、ルキフェさん!」
女神ミディス=アン・キ・リルが、朗らかな表情で発言した。
ミディスは他の神よりも特別立派な椅子に座っている。権力の大きさが、そのまま椅子の大きさになっているようだ。
ちなみに二番目に大きな椅子に座っているのは、ドグマである。
「ルキフェさんには以前も、召喚魔法を改良した『天使招来』魔法を考案して頂き、今や多くの神々が愛用しています。他にも七色に光る、神らしいカラフルなデモンストレーション魔法『殲魔・七宝』など──」
「その技、オレ様としてはもうちょっとクールな名前が良かったんだけど……いつの間にかそんな名前で呼ばれてるね。誰~勝手に名前付けたの~」
ルキフェがそう文句を言った時、ドグマの眉が小さくピクリと動いたのを我は見逃さなかった。
どうやら名付け親はドグマらしい。が、黙っているようだ。
「とにかく、私も親友として鼻が高いです!」
ミディスは満面の笑みを浮かべ、ルキフェに近づき両手で握手した。
ルキフェも「いや~。美人に喜んで貰えて嬉しいよ」と応える。
そしてミディスは握手をしたまま笑顔を崩さず、話を続けた。
「ところで私から、ルキフェさんにお願いがあります。召喚魔法──改良版ではなく、オリジナル版の古代召喚魔法の方なのですが。それを使って、やって貰いたいことがあるんです」
「え~なになに~?」
「それはですね……」
ミディスはすぐには答えず、まずこの場に集まっている全神々の顔をぐるりと見回した。
まるで「異存は無いですね?」と確認をしているような動き。その場にいる全員が緊張した面持ちになった。
そしてミディスは一呼吸置き、口を開いた。
「最近また異界との戦争が起きそうなんです。その敵国は、数年前に堕天した元神々が作った、いわゆる『魔界』です」
「…………」
ルキフェの軟派な表情が、一瞬固まった。
「彼らは天界から亡命した後、何と、かの有名な武力の神獣・轟理羅號離羅豪裏羅の巣がある世界へ移り住み、国を建てました。神獣を信仰対象として崇め奉っているのです」
「へ~。自分たち自身も元神様なのに、神獣を信仰してんだねえ」
「ええ、真っ当な神である私たちには理解が難しいお話です。でも問題は、そのせいで私たちが手を出し辛くなってる事です。下手に神獣を刺激して怒らせてしまっては大変ですから……でも私、真面目に考えて突破口を見出したんですよ!」
ミディスは、ルキフェと握手したままの両手にグッと力を入れた。
「ルキフェさんの古代召喚魔法で別の神獣を呼び出して、魔界の中で轟理羅號離羅豪裏羅と戦わせましょう。それで轟理羅號離羅豪裏羅を倒せるかどうかはともかく、二匹の神獣を争わせれば、少なくとも敵国へ甚大な被害を与えることが出来ます!」
そしてミディスはニコリと微笑んだ。
一方のルキフェは、目を大きく見開き驚いている。
「ちょ、ちょっと待ってよミディスちゃん。それは……」
「それは、なんです?」
「モラルに反すると言うか……だって神獣が二匹も暴れたら、簡単に星ごと木っ端みじんになっちゃうよ?」
「そうなると良いですよね。それが一番上手くいったパターンです!」
「いやでも……敵国の兵士だけならともかく、子供や爺さん婆さんまで巻き込んじゃうよ?」
「子供や老人でも、悪魔ですよ?」
「悪魔になったとは言え元同族だしさ…………それに、その星の先住民とか動物たちとか、無関係な命まで巻き込んじゃうし」
「仕方ないですよ」
ミディスは笑顔のまま、淡々と言った。
この場に集まっている神々は、皆気まずそうな表情になっている。
おそらく他の神々も最初は、今のルキフェと同じように反対意見を述べたのだろう。
しかしそれでも、ミディスは考えを曲げなかった。
「あ、もしかして成功するかどうか迷っているんですね? でも大丈夫です。前例もあるんですよ。あの時は召喚魔法なんて便利な物は無かったので、私が色々と苦労しちゃいましたけど……」
「…………」
ルキフェは眉をひそめた。
そう言えばルキフェの親や親戚は、戦場に現れた二体の神獣に殺されたと聞いていたが……
「…………とにかく、それは不味いってミディスちゃ──」
「ルキフェさんは、親友の私を裏切るのですか?」
その瞬間、凍えるような冷たい空気が場を支配した。
裏切る。
ルキフェはただ提案に意見しているだけなのだが、それがミディスの中では『裏切り行為』にまで発展しかけている。
普段はニコニコと慎ましく笑っている女神なのだが、この天然の高慢さが実に神らしいな。
ここに集まっているのは『十大神長』なる、古代の天界を治めていた最上級神の面々である。
そんな神々が皆一様に表情を強張らせ、固唾を飲んでいた。




