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122話:食欲>性欲

 バッジ販売競争に負けた我は、姉上にやりたい放題された。


「なんでもしてやる!」


 との口約通り、好き勝手にやられてしまう。

 手始めに姉上は我の服を脱がし、抱きついて来た。

 姉上は小柄な体躯だが、見た目に反して魔界でも屈指の力を持つ。我の背骨がミシミシと悲鳴を上げた。


「好き。好き。好き~。ねえメッシュくんもお姉ちゃんのこと好き~? 好きだって言え~!」

「すきだ」

「棒読みヤダ~!」


 などと文句を言いながら姉上も服を脱ぎ、その低身長に似付かわしくない巨大な胸を我へ押し付けながら、全身の隅々にまで口付けをしてきた。

 姉弟としての倫理に反するが、悪魔なので特に問題は無い。


 ただし姉上との行為(・・)には、倫理よりも深刻な別の問題がある。

 それは姉上の趣向に関連する事。

 姉上はいつも弟への性的な悪戯を楽しんでいる、まさに悪魔の優等生と称せられる淫乱ぶりなのであるが……しかし、姉上の悪魔としての本質は淫乱(そこ)では無いのだ。


 姉上の性欲は強い。

 しかしそれよりも食欲の方が勝っているというか。つまり、


「もうお姉ちゃん我慢できないよ~! ごめんねメッシュくん!」


 と言って姉上は我の首に噛み付き、肉と動脈を喰い千切り、血を(すす)った。


「痛いぞ姉上」

「ごめんね。ごめんね。でも愛の痛みだよ!」


 我の心配が的中してしまった。

 姉上は結局性欲よりも食欲を優先し、我の血肉を求めだしたのだ。

 我が下宿している部屋の壁に、真っ赤な鮮血の花が描かれる。


「美味しいよ。弟のお肉美味しいよ~! あん、ごめんねメッシュくん~! 心臓食べていい?」

「痛いから嫌だ」


 如何に我の肉体が不死身に近いと言えど、同等の力を持つ姉上に心臓を喰われると物凄く痛い。

 何を隠そう、我は痛いのが苦手なのだ。いや得意な者もそういないだろうが。

 死を恐れぬレベルにまで極み切ったマゾヒストでも無い限り、臓器が砕かれ潰れる痛みには耐えられないだろう。


 ……などと血に染まる結果になってしまったが。何はともあれ負けた分の支払いは済んだ。


 これに懲りてもう金輪際、悪魔との賭け事はしないと決めた。

 それに姉上はイカサマを使っていたからな。

 悪魔的思考に照らし合わせると、イカサマを見抜けなかった我に非があるのだが……しかしそれはそれ、これはこれとして、納得は難しい。少しだけ怒っているぞ。


 とも思っていたが、翌日になって姉上が、


「昨日は食べちゃってごめんね~メッシュくん。お姉ちゃんを怒らないで嫌わないで好きになって結婚して子供産ませて。お姉ちゃん、メッシュくんに嫌われたら死んじゃうもん。はい、これプレゼントだよ!」


 と言ってオヤツの詰め合わせをくれたので、許した。

 うまい棒やベビースターラーメンやキャベツ太郎やBIGカツやフエラムネやパチパチパニック!やプロ野球チップスや一つだけ酸っぱい奴が混ざってるガムやら、とにかくたくさん詰め合わせてあった。

 凄い。許す。




 ◇




 以上、なんだかんだで姉弟の絆を深める結果となった罰ゲーム。


 それから十日ほど後の朝。

 現魔王かつ弟かつ妹であるマートに呼び出され、我は城の魔王謁見の間に出向いた。


「やあ兄上♡ この前は売春婦……おっと失礼、ネア姉上とお楽しみだったみたいだね」


 いきなりそう言って、我の頬をぺたぺたと触ってきた。

 今のマートは女の姿。妖艶な表情で、鼻先が触れる程に我へ近づき囁く。


「僕の兄上なのに。ああ、嫉妬で殺したくなっちゃうよ」

「易々とは殺されんぞ」

「分かってる。冗談さ♡」


 マートは指先で我の唇をなぞり、微笑んだ。


「それよりも早く呼び出した要件を言え。この後、我も仕事が待っているのだ」

「せっかちだね。もっとゆとりを持って働きなよ兄上♡ ああそうだ。休暇を取って、僕と二人で旅行にでも行こうか?」


 そう言って、我の耳に息を吹きかける。と同時にマートの長い金髪が揺れ、我の顔をくすぐった。

 花のような香りが鼻腔を刺激する。が、この匂いは猛毒だ。長く嗅ぐと死ぬ。

 まあ我は死なぬが、それでも体調は多少悪くなる。


 我はマートから離れ、「早く要件を言え」と二度目の催促をした。


「ふふっ、わかったよ。要件ってのは兄上の表彰についてだよ」

「表彰?」

「そう表彰さ。実績や功績を公に褒め称えるコト♡」


 言葉の説明をされずとも分かっている。


「しかし初耳だな。我を表彰してくれるのか?」

「うん♡」

「理由は?」

「レンタル召喚事業の発展に大きく貢献したからさ。偉い偉い♡ 凄いすご~い♡」


 マートは我の頭を撫でた。

 若干馬鹿にされているような気もするが、気のせいだろうと思うことにする。


「レンタル召喚が魔界で七番目に儲けを出している事業だってコトは、兄上も把握しているよね?」

「うむ。当然知っている」

「それがね。つい一昨日、六番目に順位が上がったのさ。それと言うのも、兄上が超絶特(SSS)級の案件を安定して片付けていること、及び、兄上の働きによってトモモモン事業部も新たに加わったこと。この二つのおかげだね♡」


 ほう、六番目になったとは初耳だな。

 所長や鑑定係は特に何も言っていなかったが、しかし別に順位が業務に影響を及ぼす訳でもないため、言う必要が無かっただけか。


「まああくまでも『このままの調子でいけば年間累計で六位になる』って概算だけどね♡」

「そうか。我のおかげで六位に。流石は我だな」

「うん。流石だね兄上♡」


 自画自賛する我の頭を、マートは再び撫でた。

 なるほど。だから優秀なビジネスマンである我を表彰しようという訳か。合点がいった。


「どうする兄上? 表彰を受け入れる? それとも辞退する?」

「喜んで表彰されてやろうではないか。賞品も出るのか?」

「うん♡ 兄上なら快諾してくれると思ってた♡ 賞品として地球産のオヤツを五年分あげるよ♡」

「五年分!」


 なんと贅沢な。

 消費期限に怯えながらオヤツを食いまくる、苦しくも楽しい日々が始まってしまうではないか!


「で、オヤツを貰う……いや、表彰式はいつだ?」

「まあまあ慌てないでよ兄上♡ まず、レンタル召喚事業が六位に上がったのが一昨日の話♡」

「うむ」

「そしてまた七位に転落したのが昨日の話♡ はい残念♡ 兄上の表彰は無しになりました♡ 今日はこのことを伝えようと思って呼び出したのさ」

「うむ……うむ? う……うむ?」


 話が急転したため、しばらく意味が分からなかった。


「……つまり、何だ? ええと、我のオヤツ五年分は」

「当然無くなったよ♡」

「……そうか」

「ああ♡ そんな悲しそうな顔をしないで、可哀想な兄上♡」


 マートは顔を高揚させ、我の頭を三度(みたび)撫でた。


 しかしなんだ。一日だけ六位になり、またすぐに七位に戻ったのか。

 そりゃあ所長も何も言わないはずだ。


「しかしだ。ならば、どうしてわざわざ我を呼び出してそれを伝えたのだ? そもそも表彰があるという話も初耳だったのだ。それが無くなったとしても、対面で連絡する必要は無いだろう。ぬか喜びしてしまっただけではないか」

「それはね。ぬか喜びした兄上の顔を見たかったのさ♡」

「そうか……」


 淫靡に笑う妹を見て、我は小さく溜息をついた。


「ふむ……まあ良い。オヤツ五年分は残念だし、レンタル召喚事業に従事する者として六位繰り上げが幻になってしまったのも残念だが……しかし魔界の王族として、産業が切磋琢磨しているのは喜ばしいことだ。第六位産業は、魔界観光事業であったな。レンタル召喚事業に抜かれたことを焦り、たった一日で必死に業績を改善させたのであろう?」


 観光業が一日で業績改善というのも、何か無理があるような気はするが……だがここは魔界。非合法(イリーガル)な手段だろうと儲けを出してしまえば良い。

 などと考えた上での我の発言だったのだが、しかしマートは、


「観光業は第八位に転落したままだよ。別の新規事業が上位に食い込んで来たのさ。しかも第六位にじゃあ無い。その新規事業は今日になって更に順位を上げ、今となっては魔界名物ヘルみかんの栽培事業さえも抑えて、なんと第四位にまで急成長しているよ」


 と、予想外の答えを述べた。


「ヘルみかん以上の成績だと……どのような新規事業なのだ?」

「うん。主に異界をターゲットにした国際事業だよ。事業内容はいわゆる『悪魔の契約』と『マルチまがい商法』を組み合わせたもの。会社の名前は『魔界特別経済協会』」

「…………魔界特別経済協会」


 つい最近聞いた名だ。

 

「設立者は魔界王族の一人。だから一応、王立企業ってことになるのかな?」

「ふぅむ……」


 我は唸った。

 その魔界特別経済協会について、我は設立の経緯まで知っているのだ。


「ふふっ。おや、兄上も存じているようだね? そう。兄上のオヤツ五年分を奪い取っていった『魔界特別経済協会』とは、サディートの娘──僕らの従姪(じゅうてつ)フォルが立ち上げた企業だよ♡」


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