突然の編入生
朝のHRの時間、クラスが少し浮ついた雰囲気になっていた。
なんでも、中途半端なタイミングだが編入生が来るらしい。編集でSSSクラスに入るとは、相当強いのだろう。というか俺はある程度予想している。
「わかっているようだから先に済ませるぞ。今日はこのクラスに編入生が来る」
そんな浮ついた雰囲気をアリエス教師も当然の如く察していた。呆れたように嘆息しつつ告げると一層クラスの雰囲気が賑わった気がする。
「入ってこい」
彼女に呼ばれて教室の扉を開き入ってきたのは、煌びやかな金髪を靡かせた、獣の耳と尻尾を生やした少女だった。
抜群のプロポーションを制服に押し込めている。どこか神々しささえ携えた彼女を、俺達は知っていた。
「もう知ってるかもしれないけど、カエデって言うの。九尾の狐の突然変異、クズハの娘です。よろしくね」
人並外れた美貌を笑顔に変えて名乗る。……なぜかクラスメイト達の視線が俺へ向いた。まぁエキシビジョンマッチの時、俺と知り合いだってことは皆わかっただろうしな。
「言葉にする必要はなさそうだが、一応実力について説明しておく。本人も言っている通り、カエデはあのクズハの子供だ。ハーフではあるがその強さは人の枠組みに収まっていない。……現段階でこいつに勝てる者がこのクラスに何人いるか、と言われれば悩ましいところだ。どうしてもボコボコにされたいヤツがいたら、実技の授業中に申し出ろ」
複数本ある尻尾を見て疑うヤツはいないだろうが、アリエス教師はそう言った。だが何人かはカエデに挑むだろう。彼女の実力は、正直俺が黒気と内功を併用したところで確実に勝てる、とは言い切れないほどだ。元々の地力が高すぎるのと、既に内功を使えること。加えて魔物なので魔力も保有している。カエデとは全力で戦ったこともあるが、ギリギリ負けなかったというだけだった。
「カエデ。空いている席、ルクスがいる机の、こちらから見た一つ左側の机に座れ」
「わかりました」
アリエス教師に言われて、カエデは俺とフィナが座っている机の右隣の机に座る。こちらに来たところで茶目っ気たっぷりにウインクされたからか、フィナが若干むすっとしながら抱っこを要求してきた。カエデは苦笑しきりだったが。
その後、実技の授業でやはりと言うかカエデに挑んだ者がいた。
「おっしゃ! やるぜ!」
初っ端は強者と見たら戦いを挑むオリガである。
「ふぅん? あなたがオーガの突然変異でしょ? 突然変異が二人もいるって聞いてたから楽しみだったの」
「そうか。じゃあ、さっさと戦おうぜ」
「いいよ」
やる気満々のオリガにカエデも応える。
「いくぜぇ、おらっ!」
対峙した二人の勝負は、オリガが突っ込んだことで開始される。他の者は各々練習していてもいいのだが、やはり編入生の実力が気になるのかほぼ全員が二人の戦いに注目していた。アリエス教師も注意することはない。
オリガ渾身の拳は、カエデの五本ある尻尾の内一つに受け止められてしまう。防いだというより、衝撃を吸収した形だ。カエデは一切余波を受けていない。
オリガは難なく受け止められたことを驚きつつも笑みを深めていた。
「はっ。これくらいならわけねぇか」
「当然でしょ? 様子見はもういい?」
「ああ。こっからは本気でいくぜ!!」
オリガは拳を引っ込めると黒鬼を発動する。カエデもぴくりと耳を反応させて笑った。
「へぇ……いいじゃない。ちょっとだけ強化した方が良さそうかも」
「まだ余裕じゃねぇかよ!」
並みの実力では粉々に砕けてしまうのではないかというほどの膂力で、オリガが飛び出した。しかしカエデは内功を使用し相手の拳を尻尾で打ち払う。完全にいなすとまではいかなかったが、本人は少ししか下がっていない。
「は、ははっ! いいじゃねぇか、強ぇな!」
格上だとわかってもオリガが怯むことは一切ない。むしろ全力を思い切りぶつけても壊れないとわかって嬉しそうだ。凄惨な笑みを浮かべながら拳と脚で猛攻を繰り出している。
カエデは自分からは動かずオリガの攻撃を受け続けていたが、徐々に変化が現れていく。
「……?」
防御に徹しているカエデもなにか不思議に思うことがあるようだが、それが具体的になにかはわかっていない様子だ。
オリガは元々、スロースターターだった。そこを突かれて負けることもあった。だからその欠点を改善したようだが、それでも。
「ッ……!」
オリガの拳が、カエデの尻尾を弾き飛ばした。
「ははっ……!」
そこからは、カエデがオリガの攻撃を受けられなくなっていく。受けても吹き飛ばされ、余裕を持って捌いていたという風が防戦一方という言葉に変わっていた。
スロースターターだったことはクラス全員が知っていることではあるが、未だに彼女のその癖は治っていない。
スタート地点が改善されたというだけで、オリガは今も徐々に調子を上げていくのだ。
「……正直嘗めてたわ。だから、もうちょっとだけ本気でやってあげる」
表情は若干余裕がないが、それでも悠長に構えていられるだけの余力がカエデにはあった。バリッと赤い雷に似た現象がカエデの身体から発生する。
オリガの拳を尻尾で完全に弾き飛ばして体勢を崩させた。
「ッ……!?」
「ごめんね、終わらせるから」
驚愕するオリガへと肉薄したかと思うと、足元を尻尾で掬い上げて身体を浮かせる。そのままオリガの腹部に掌底を叩き込んで吹っ飛ばした。勢いよく俺の方に飛んできた彼女の身体は、隣にいたフィナの術式によって阻まれ激突する。……うわ、痛そう。
そんな俺の感想も虚しく、気絶してしまったオリガ。勝負ありだ。
「ふぅ……。オーガって結構下の方の魔物のはずだけど、凄く強いんだ。ルクスの言ってた通り」
汗一つ掻かずに勝っておいてなに言ってんだ、と思いはしたが充分実りがあったらしい。期待を裏切るようなことがなくて良かった。
「じゃあ、次は私の相手をしてもらうかしら」
続けて勝負を挑んだのはレイスだ。彼女の目的はただ一つ、レイヴィスに覆われた豊かな双丘だろう。
「うん、いいよ」
カエデはなんの疑いもなく了承した。レイスの登場に男子共が若干期待したような雰囲気になったのは、レイスの目的が果たされることを願っているからだろう。
レイスは悠々と構えたカエデへと、気の複数使用とおっぱいを求める謎バフによって猛スピードで接近していった。
だが、その途中でカエデの尻尾の一つに掴まれて持ち上げられてしまう。これには観ていた者達も静まり返っている。
「えっと……降参する?」
「しないと言ったらどうするのかしら?」
やった張本人であるカエデも困惑している。だがレイスは一切表情を変えずに尋ね返した。
「ん~……何回か地面に叩きつけてみる、とか?」
「降参するわ」
オリガと渡り合った彼女のパワーを知っているからか、カエデの案を聞いたレイスは呆気なく降参を宣言して下ろしてもらった。……カエデ自身に冗談が通じないというより、正面からじゃ絶対に無理な相手だっただけだよな。
怖いモノ知らずと言うか、なんと言うか。レイスはレイスだった。
「次、誰かいる?」
二人の強者と戦って尚一切疲労した様子がないカエデが声をかけるが、誰も挙手してなかった。もう充分に実力がわかったのと、戦ってもオリガのようにボコボコにされるだけとわかっているからだろうか。
「じゃあ折角だし、ルクス戦わない? あれからまた強くなったみたいだし」
そしたら俺に矛先が向いてしまった。……全力でギリギリだったからなぁ。正直あれを知ってるのと知らないのだと大きな差がある。今やったらキツいんじゃないか?
「……それなら私がやる」
しかし、俺への挑戦を阻む者がいた。フィナだ。
「いいけど、私見ての通り強いよ?」
「……見たらわかる。でも、私よりは弱い」
首を傾げたカエデに対して、フィナは断言した。……珍しく強気だな。
「……へぇ。あ、そっか。あなたがルクスの言ってたフィナちゃんね?」
「……ん」
カエデにも察しがついたらしい。フィナは頷いてから俺の方を見上げてじっと見つめてきた。どんな風に話したのか気になっているんだろうか。俺はただ、とんでもなく強いというだけしか話してないんだけどな。
「ヒトの種族でも強い魔人だっていう。でもホントに私より強いの?」
「……やればわかる」
「それもそっか。じゃあ、やろう」
「……ん」
カエデは期待してフィナが前に出てくるのを待つ。
「……見てて、ルクス。私の方が強いから」
「ん? ああ」
最後に俺に告げてから、進み出ていった。素直に、俺もフィナの全力については気になっていた。普段からやる気が見えづらいので本気なのかどうか判断つかない部分はあるのだ。それにかなり強くなっているのはわかっていたので、実際に全力を見たかった。
「……こっちからいく」
「どうぞ」
いつもは受け身なフィナから攻撃を始めるようだ。
「――術式展開」
フィナが呟いたのはその一言だけだ。だが、同時に百以上の術式が展開されている。
「ッ!?」
これには流石のカエデも驚愕していた。周囲一面に術式が現れたのだから驚きもするか。
直後それらから炎や氷など様々なモノが様々な形で放たれカエデに襲いかかった。
カエデは瞬時に内功、赤い雷、更には俺との戦いで見せた金色のオーラ発動する。正真正銘の全力だ。
それらの強化をした状態で、身体を回し五本の尻尾で薙ぎ払わんとしたが。
「……空間掌握」
フィナの一言で尻尾に当たりそうだった攻撃のある空間が歪み、軌道がズレる。結果カエデの迎撃は空振りに終わり全てが着弾することになった。……なんだあれ。
「痛ぅ……。優秀な魔人とは聞いたけど、空間掌握の術式まで使えるなんて聞いてないんだけど? その術式が使えるのって、歴代の魔人でも五人しか確認されてないって話じゃなかった?」
傷は負っていたがカエデは意識を保っていた。身体強化で上がった防御がなければあれで勝負が決まっていたかもしれない。
彼女はフィナの使った術式を知っているようだ。だが他の皆は知っている様子がない。アリエス教師も知っているのだろうか、驚いていた。
「……お父さんから教わったから」
「そんな簡単に言われても……でも年代的に私のお母さんと同じくらいって考えると一人候補がいるか」
どうやら有名な魔人がいるらしい。フィナの親父さんとやらを俺は知らないが、相当に強いのだろう。
「……降参する?」
「するわけないでしょ」
フィナの問いに、カエデは笑って答えた。俺の言っていた意味がわかって楽しくなっているのだろう。
「……じゃあ、ボコボコにする」
「やれるものならやってみなさいよ!」
攻めに転じたカエデだが、その行く手を術式が阻む。尻尾を伸ばして地面に着け跳び上がることで実質の二段ジャンプを可能とした。だがジャンプした先の空間が歪んで元の場所に戻されてしまう。
「私から説明しておく。フィナの使っている空間掌握の術式は、カエデの言っていた通りこれまで使えた魔人が五人しか確認されていない、術式の中でも最高位のモノだ。対をなすもう一つの時間超越と合わせて最強の術式と言っても過言ではない。今のフィナには、周囲の空間で起きている事象が全て頭に入ってきているだろうな。流石の私でもその領域の思考がどうなっているかは体感したことがないからわからないが」
アリエス教師にとっても未知の領域にいるらしい。俺もその話を聞いただけで、俺の頭の中とは桁違いの情報量だろう。それで平然としていられるのだからフィナにはそれ用の脳がついているということだろうか。
だがそんな超常を引き起こすフィナ相手に、カエデは傷を負いながらも徐々にフィナへと迫っていた。それは身体の頑丈さを活かした強引さだったり、尻尾で少しでも軌道を逸らす技術だったりするが。
フィナも凄ければ、カエデも凄い。わかっていたことだがどちらも化け物だ。
やがて片手に全ての力を凝縮したモノを携えたカエデがフィナの眼前まで肉薄していた。空間が歪み捻じれる中であそこまで近づけたのはカエデの突出した身体能力あってこそのモノだろう。後は普段戦っていた相手が超常の存在というのもあったか。
だがそれすらも、フィナが上回った。というよりも、あれだけ術式を展開できていて近接が疎かになっているということはないだろう。
カエデの手の前に一つの術式が出現したかと思うと、それにぶつかった途端溜めに溜めていたエネルギーが消滅した。
驚く間もなく、身を翻したフィナの回し蹴りがカエデを捉える。オリガにも勝るパワーで蹴飛ばされ、鋭く何度もバウンドして吹き飛んでいった。最終的には立ったまま踏み留まっていたが、流石に限界だったようだ。
「……次は、勝つから」
「……次も負けない」
リベンジを誓ってすぐ、意識が途切れたのかカエデがばたりと倒れていた。……いや、凄まじいな。特にフィナ。一応俺もフィナならあるいは、と思っていたところはある。だが想像以上だった。
「……ルクス」
当の本人は俺の方に歩み寄ってきて、じっと見上げてきたかと思うと両手を伸ばしてくる。
「……勝ったご褒美。抱っことなでなで」
「はいはい」
おねだりしてくる様は先程まで超常の戦闘を繰り広げていたのと同一人物とは思えない。俺は苦笑してフィナを抱き上げるのだった。




