帰宅
「じゃあ、準備はいい?」
「うん、大丈夫」
『吾輩もいつでもかまわぬぞ』
移動中の馬車の中、今ならアスラルに会いに行ってもばれないだろうと、ディアナに転移してもらうことになった。
太郎も転移はできるらしいけど、アスラルの結界の中に入るにはディアナにつれていってもらわないとダメなんだって。
太郎の偉そうな態度は伝わったみたいだけど、ディアナは怒ったりはせずに頷いた。
それから転移。
相変わらずエレベーターの急上昇な感覚に耐える。
昨日はあれから騎士さんたちまでもが女神様の化身だって言い出して大変だったんだよね。
時間的に遅いからって、修復できた村長さんのお家に泊まらせてもらうことになったんだけど、みんなの態度が仰々しくてつらかった。
その中で変わらないでいてくれるディアナの存在はすごくありがたい。
騎士さんたちは私の顔も見てるからか、その場にひれ伏しそうで怖かった。
と、気を紛らわせているうちにアスラルたちの家に到着。
「たった四日なのに懐かしいわ」
『ふむ。なかなか悪くないな』
「アスラルは畑かな?」
ディアナの言う通り、たったの四日なのに懐かしくて寂しい気分。
何だか胸がもやもやしてる。
そのとき、足音がしてアスラルが家に入ってきた。
「アスラル!」
「お兄ちゃん!」
「よお、ルナ。ディアナももう帰ってきたのか? 早すぎないか?」
「お兄ちゃんが寂しがってると思って、ちょっとだけ帰ってきてあげたんだよ」
「逆だろ?」
ディアナの言葉に笑いながら答えて抱きしめるアスラルは優しいお兄ちゃんだ。
それからアスラルは私のほうに向いて笑ってくれたんだけど、私は顔が熱くなって何も言えなかった。
何これ?
「それで、その使い魔を紹介してくれるために帰ってきたのか?」
「使い魔ってわかるの?」
「そりゃ、それだけの魔力を持っていればな。俺たちよりもすごいだろ?」
『うむ。若造なのになかなか見込みがあるな』
アスラルの問いかけに答えることができなくて、ディアナが答えてくれて、太郎はまた偉そうに胸を張っているのに、私はただ立っているだけ。
だって今気付いた事実が衝撃的すぎて。
私、たぶん、きっと、アスラルが好きなんだ。
って、ちょっと待って。
どこに好きになる要素があった?
いや、何を失礼なことを考えてるんだって思うけど。
顔は好みじゃない。性格は厳しいけど優しい。他には……シチュエーションか。
そうか。見知らぬ土地で助けてくれた人だから惹かれてしまってた?
うん。その可能性が大きい。
「ルナ、大丈夫か?」
「はい?」
「やっぱり疲れているんじゃないか? おかしいぞ?」
「そそ、そんなことないよ! 元気だよ!」
「そうか?」
確かに今までの私と様子が違ったからおかしいと思うのは当たり前だよね。
別にアスラルが特別に私を気にかけてくれてるわけじゃない。
いや、アスラルは優しいからそれもあるかも。
落ち着け、私。
『ルナ様、本当に大丈夫なのですか? かなり心の臓が早く打っておりますが?』
「え? わかるの!?」
『音が聞こえますゆえ』
「なるほど……。って、大丈夫だよ! ほんとに」
太郎にまで心配をかけてしまって、このままじゃダメだ。
何でもないってことを伝えて、またみんなでテーブルを囲む。
今日は急いでいるからディアナが魔法でお茶を淹れてくれて、これまでのこと――太郎や昨日の修復魔法のことを話した。
「やっぱりルナはすごいな」
「でもまだコントロールが全然できなくて……」
「そう焦るな。きっとできるようになるさ」
「うん、ありがとう」
時間がなくて簡単な説明だったけど、アスラルは笑って聞いてくれた。
よかった。アスラルは変わらない。
太郎は退屈したのか、足元でいびきをかいてて、この時間がすごく心地よい。
きっとディアナもアスラルも私を特別扱いしないからだ。
顔を隠す必要もなくて、ほっと息が吐ける。
だけど楽しい時間はあっという間で、そろそろ旅の休憩に入るだろうから戻らないとダメだ。
また望めばすぐに会いにこれるんだろうけど、やっぱり寂しい。
早くコントロールできるようになって、自分で転移できるようになろう!
「ルナ、たぶんこれからもっと大変だと思う。噂が広がるのは早いからな。だが、困ったらディアナを頼れ。それにその使い魔もしっかり使ってやれ。使い魔にとっては主人に頼られることが喜びなんだ。そしてその使い魔なら大抵のことはできる」
「うん……」
「それに、俺のことも呼べ」
「え? でも――」
「お前が強く呼べば俺には聞こえるよ。遠慮するな。最初の頃のずうずうしさを思い出せ」
「ず、ずうずうしくはなかったもん!」
「いや、十分ずうずうしかったぞ。なあ、ディアナ?」
「でもルナが来てくれて楽しい毎日になったもの」
「否定しないの!?」
本当にすぐに会えるのに、アスラルは湿っぽくなっていた私を励まして、また笑わせてくれた。
ディアナも一緒になって笑わせてくれる。
本当にこの兄妹は優しい。
太郎はまだかまだかと待っていて、今度は自分の力で馬車に戻るからとうずうずしてる。
「じゃあ、遠慮なく呼ぶよ。そしてこき使う」
「お前なあ……」
「怒ったふりしてもダメだよ、お兄ちゃん。嬉しいくせに」
「ああ? ディアナ、お前――」
アスラルの声は、ディアナが逃げるように転移したから最後まで聞こえなかった。
うん。こういう別れのほうがいいね。
それにアスラルを好きって気持ちは、郷愁みたいなものかもしれない。
王子様に会ったら、途端にそっちにくらくらしたりして。
いや、それじゃああまりに軽薄すぎる。
とにかく、この気持ちはしばらく様子を見よう。
と、考えているうちに馬車に戻った。
今回はそこまで気分悪くはならなかったな。
「よかった。抜けたことは気付かれなかったみたいね」
「ほんとだ」
『馬たちは気付いておりますぞ。軽くなったので喜んでおったのに、今はまた重くなって落ち込んでおります』
「ええ? そんなに重い?」
太郎の言葉にちょっとショックを受けつつ、ふと気付いた。
何ていうか、空気が違う? ちょっと重苦しい?
『ふむ。先ほどの若人の張った結界内は心地よかったが、今は違いますのお』
「え? 結界って張った人によって違うの?」
「ああ、それはあるみたいね。波長が合う合わないもあるし、強大な魔物が張った結界内では息ができなくなったりするそうよ」
「そんなことがあるんだ……」
比べてみてわかるこの事実。
そうか。アスラルの結界内はとっても心地よかったんだ。
ということは、王子様の結界は私とは波長が合わないってことなのかな?
どんなに強い魔力の持ち主でも、そういうことってあるのかもしれない。
だとしたら、やっぱり早く用事をすませて帰りたいな。




