愛犬
「あれは初めて見るタイプの魔物だわ」
「そうなの?」
「ええ。この辺りの主なのかもしれないわね。ここはお兄ちゃんの結界から離れているうえに、殿下の結界が少し弱い場所だから。それで大型種が棲み処にしたのかもしれないわ」
「そうなんだ……」
のんびりとしたディアナの話を聞いていると、私も少し落ち着いてきた。
それと同時に、アスラルの力に余裕があるのなら、もうちょっとだけ結界を広げればいいんじゃないかなと思ったのは内緒。
自分は何もしないでおいて、人にあれこれと――働けと思う資格はないから。
「ちょっと外に出て見ましょうか」
「ええ!? 大丈夫なの?」
「大丈夫よ。もし騎士たちで対処できないようなら、手助けするから。そのためにも外に出ていたほうがいいのよ」
ディアナはすごく自信満々で大丈夫だと思えてくる。
それにディアナを信じるって決めているしね。
フードを深く被り直して馬車のドアの内鍵を開けて外に出ようとしたら、外鍵がかかっていたみたいでドアが開かない。
これは安全のためだよね?
走行中、窓から顔を出したり、外に出ようとしないでください。的な?
なんて考えていたら、ディアナがあっさり魔法で開けてしまった。
「さあ、行きましょう」
「――うん」
ディアナは特に何も思わなかったみたいだから、やっぱり安全のためみたい。
ちょっと考えすぎちゃったかな。
「ディアナ様! 危険ですから、お出にならないでください!」
「あら、大丈夫よ。それにもしよければお手伝いするわ」
「まさか! ディアナ様のお手を煩わせるようなことはいたしません!」
「そう?」
はい。ここまで私は完全無視。
いや、故意的じゃないだろうし、ここで注目されても困るからいいんだけど。
そう思ったのに、一人やたらと私に話しかけてくる人がいる。
その声がするほうに振り向いたら魔物と目が合ってしまった。
ヤバい、これ。獣って目が合ったらだめなんじゃなかったっけ?
目を逸らしたら負けなんだっけ?
『ルナ様! やっと見つけた!』
「……ん?」
ルナ…様?
誰が私を呼んだの? っていうか、なぜに〝様〟付け?
頭の中がハテナマークでいっぱいになっていると、魔物と睨み合う形になっていた四人の騎士さんたちが攻撃をしかけた。――らしい。
それは剣や手から光や炎が出たことでわかったんだけど、魔物の手前でその攻撃は消えてしまった。
「何てことだ……」
「あら、なかなか手強いわね」
私たちを守る役目らしい騎士さんとディアナの呟きが聞こえる。
だけど私は魔物から目を逸らすことができなくて身動きがとれない。
いや、これどうしたらいい?
気付いて、騎士さん!
魔物は私をじっと睨んだまま、グルルと喉を鳴らして歯をむき出した。
『ルナ様、こやつらがルナ様を連れ去ったのですね? ご安心ください。吾輩が成敗してみせます!』
「え? ちょちょ、ちょっと待って!」
まさかのまさか?
さっきから聞こえるこの声が魔物のものだと気付いた私は、場の空気には合わない声を上げた。
それは攻撃をしかけようとしている騎士さんたちになのか、魔物になのかは自分でもわからないけど、とにかく待って!
だけど私の言葉を聞き入れてくれたのは魔物だけで、騎士さんたちはまた魔物に向けて攻撃をしかけた。――やっぱり当たらなかったけど。
『ルナ様、なぜ止めるのです? こやつらは悪しき人間ですぞ?』
「違います。悪い人たちじゃありません。……たぶん」
「ルナ、誰と話しているの?」
私が魔物と話してたら、ディアナが不思議そうに訊いてきた。
どうやら魔物の声は私にしか聞こえないらしい。
確かに頭の中に直接聞こえる感じだ。
これがテレパシー!?
って、そういう場合じゃなくて。
「騎士の皆さん、その魔物に攻撃するのは待ってください! どうも私の知り合いみたいなんです!」
「ルナと知り合い?」
「魔物と知り合いだと……?」
あ、言い方がまずかった。
ディアナは眉をひそめ、傍にいた騎士さんはすごく嫌そうに私を見る。
当たり前だよね。
隊長さんは魔物に剣を向けたまま、横目で私をちらりと見た。
「この魔物は我々に襲いかかろうとしております」
「あ、いえ、それは誤解で……だって、えっと、おすわり!」
『承知!』
えええええ? 本当におすわりしてくれた!
おすわりって万国共通? 異世界共通?
みんなすごく驚いているけど、私も驚いたよ。
「ルナ、記憶を取り戻したの?」
「ち、違うの。ただ、あの魔物が話しかけてきたの。頭の中に」
「頭の中? そんなことがあるのかしら?」
「え? ないの?」
魔法でテレパシーってあるのだと思ってたけど、ないの?
だとしたら、あの魔物はいったい何?
『ルナ様、吾輩は魔物などという下等生物ではありませんぞ』
「じゃあ、何なんですか?」
『なんと! ルナ様は吾輩を忘れてしまわれたのですか!?』
「あ、うん。ごめんなさい」
『そんな~!』
魔物の声はみんなに聞こえないみたいで、私の独り言のような会話は恥ずかしすぎる。
だけど魔物が突然泣き伏したことでみんなぎょっとして魔物を見た。
魔物は本当に伏せってオイオイ泣いている。
『酷い、酷いですぞ! 一匹化け狼の吾輩に名前をつけてくださり、神の眷属としてお傍に置いてくださった、このタロベロスをお忘れか! 以前、飼っていた〝はすきいけん〟に似ていると、タローと呼んで可愛がってくださったのに~!』
「え? タロー?」
『思い出されましたか!?』
「あ、えっと……」
思い出せない。こんなに大きな化け狼とやらは思い出せないけど、ハスキー犬の太郎ならしっかり覚えてるよ。
正確には雑種だったんだけど、お兄ちゃんが友達からもらってきて飼っていたんだよ。
メスだったんだけど。
「太郎はそんなに大きくなかったかな?」
『おお! 思い出されたようですな! 以前もルナ様はそのようにおっしゃられ、吾輩はお望み通りの姿になったのです。しかしながら今はこやつらを排除せねばなりませぬ!』
「排除しなくていいの! この人たちとは一緒に旅をしているの! だから大丈夫!」
何だかよくわからないけど、とりあえず言葉の通じる太郎みたいな感じ?
そういえば太郎も普段はおとなしいのに、私や家族のみんなが他の犬に吠えられたときなんかはすごい勢いで怒ってた。
そんな太郎を思い出しつつ、一匹化け狼さんには騎士さんたちに攻撃しないようにお願いする。
「ルナ、本当にこの魔物と会話しているの?」
「そうなの。ちゃんと話が通じるいい子なんだよ。ほら、えっと…伏せ!」
『承知!』
わー、伏せまでできるんだ。えらいねぇ。
で、ここからどうすればいいの?




