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第八章 王子と執事と罠 その二



 グリム伯爵がハーシェリク達の為に用意したという『細やかな宴』は、招待された者にとっては『とても豪勢な宴』だった。

 目の前に並べられた食事は最上級の食材が調理され量も多く、ハーシェリクにはとても食べきれない量である。


 グリムと長いテーブルに対面するように座ったハーシェリクは、その距離があることにとても感謝した。

 彼が出された料理を勢いよく胃袋に納めていく様子を見ているだけでおなか一杯になったし、口を開けて食べているので側にいたら確実に食欲減退していただろう。


 またその事がなくとも脂っこい料理は、旅で疲れていたハーシェリクの胃には美味しさよりもダメージのほうが大きい。現にクロが毒見した料理に口を付けたが予想通り受け付けず、早々に食べることをあきらめたのだった。


 食事を終えたハーシェリク達は、挨拶もそこそこ宿泊用に用意された別邸へ向かう。

 別邸で用意された部屋は、三階の一番豪奢な部屋だった。二階以下は近衛騎士達が使い、三階にいるのは彼と執事だけ。夜間は近衛騎士が順番で警護をすることになっている。


 まだ秋半ばだというのに肌寒く、暖炉にはすでに火が用意され室内を暖めていた。

 ハーシェリクが懐中時計を見ると時刻は十一時を回り、窓からは領主の館がよくみえた。その領主の館のほとんど明かりが消えている。


 それを確認しハーシェリクは暖炉の前から勢いよく立ち上がった。


「じゃあ行ってくる。」

「いや待て、どこ行くんだお前は。」


 さも当然のようにコートを着だしたハーシェリクに、間を置かずクロがツッコミを入れる。


「え、証拠集め的な?」


 可愛らしく首を傾げる彼に、クロは天を仰ぐ。

 自分がいるにも関わらずなぜそこで自分で行くという発想がでてくるのか、こんこんと問い詰めたくなったのは言うまでもない。


「なんの為に俺がいる。大人しくここで待っていろ。」

「……えぇぇ。」


 なぜ不満そうな顔になる、とさらに思ったがクロは何も言わずハーシェの頭に手を置いた。


「絶対、この部屋から、出るな。つか寝てろ。」

「いだ、いだだだだだっ。」


 片手での握力によるグリグリはかなり痛く、ハーシェリクはクロから解放されると頭を押さえて蹲る。


「私、一応君の上司だよね?」


 呟く彼にクロはにこりと厭味ったらしく笑い、完璧なる一礼をすると部屋を出ていった。もちろん足音も扉を閉める音もさせずに。


(クロなら大丈夫だと思うけど……)


 凄腕の元密偵なのだ。大丈夫だろうが思う。だが心配なのだ。

 寝ていろと言われたが彼が帰ってくるまでは待っていようと、ハーシェリクは毛布をベッドから持ってくる。部屋は暖かくしてあるといってもやはり肌寒い。


(風邪ひいたらいやだしね。)


 ソファの上で毛布にくるまり暖炉の揺れる炎を見つめる。だがそれがいけなかった。

 ハーシェリクは旅の疲れもあり、数分後にはうつらうつらと船をこぎ出したのだった。







「涼子、あんた炬燵で寝たら風邪ひくよ!」


 頭を叩かれ……ではない。蹴られて涼子は目を覚ました。

 どうやら実家に帰ってきて、炬燵に入って携帯ゲームをしていたら寝てしまったようだ。母は長女の頭を軽く蹴った後、文句を言いつつキッチンへと向かう。


 今日は涼子の誕生日だから手伝えとは言われないのが幸いだ。だから昼過ぎから実家に帰ってぐーたらしている涼子も問題があるが、指摘をする者はいない。


 ゲームの画面はスリープモードになっていて、起動すると今回の攻略対象のイケメンがいた。


「むふふ。」


 涼子の口から誰かが聞いたならドン引きするであろうくぐもった笑い声が漏れる。


(今回のオトメゲームは買って正解だった!)


 涼子はそう思いつつゲーム画面で主人公の能力値を参照する。そこにはプレイヤーの分身である主人公の基本ステータスや攻略対象の現在の攻略状況が表示されている。

 昨今のオトメゲームはシナリオの選択式なものが多く、ゲーマーである涼子には少し不満があった。


(まあ萌えを補充したいだけの人達には丁度いいかもだけど。)


 それでは物足りない涼子にとって、このゲームはやりごたえのあるオトメゲーだった。


 三人のヒロインの中から主人公を選んで育成しつつ、お目当ての攻略対象と親密になっていく。能力値が足りないとイベントが発生しないし、選択肢を間違えても然り。

 攻略対象は十二人。声優はオトメゲー業界の大物から新鋭の新人で、しかもエンディングが攻略対象ごとに三パターンもあるという、オトメゲー制作会社の本気を垣間見た。

 さらには全員攻略後の隠し攻略候補もいるらしく、涼子は暇さえあればゲームをしている。


「……おねえちゃん、気持ち悪い。」

「あ、おかえりー。」


 炬燵でにまにましている涼子に、真ん中の妹がうんざりした表情で見下ろしてくる。


「おばちゃーん!」

「お、いらっしゃーい。」


 小学生の姪が母親の後ろから顔をだし手を振った。

 さらに後ろには妹の旦那がいてぺこりとお辞儀をした為、涼子は慌てて居住まいを正しお辞儀を返した。


「せっかくお祝いにきたのに、なにトドになってるのよ…」

「あれ、もうそんな時間?」


 壁時計をみると、三時半をすぎていた。早めの夕飯にしようと四時には宴会がはじまる予定だ。


 その時玄関があく音が響き、「ただいまー」と声が響く。

 母の「あんたたち、ただいまじゃなくてこんにちはでしょ! 嫁に行ったんだから!」という声が聞こえた。どうやら末っ子も帰ってきたらしい。


「ただいま、ねーちゃんー、アラフォーのお祝いにきたよー。」

「うるへー。」


 涼子がそう怒ると末っ子は笑った。その後ろで彼女の旦那さんが慌てているようだった。

 年の離れた末っ子は一昨年結婚したのだ。旦那の年齢は涼子の一つ下。この年の差カップルは、なかなか結婚に踏み込めずやきもきしたものだ。


「あんたたち手伝いなさいよー。旦那さん達はゆっくりしてってね。」


 母の呼び声にみなが一斉に移動を始める。

 姪っ子だけは手招きしてこたつへと呼び込んだ。姪っ子は涼子の言われるがまま、炬燵には入った。


「……で、最近はお父さんとお母さんとうまくいってる?」


 その問いに姪っ子は沈黙で答える。

 姪の態度に涼子は苦笑する。最近の反抗期は低年齢化しているようだ。自分がこのくらいの時は、お母さんっ子で母の後を犬のように引っ付いて回っていた。


 その時は真ん中の妹がいたが、母の「お姉ちゃんは妹を守るのよ。」の言いつけどおり、むしろお姉ちゃん! いい響き! と張り切っていた覚えがある。


「……お母さんはすぐに怒る。お父さんもウザイ。」

「おやおや。」


 涼子は肩をすくめた。まさに今時な子の発言だ。


「あのね、お母さんが怒るのはあなたが大好きだから。嫌いだったら相手にもしないよ。私よりも出来がいいんだからわかるでしょ? お父さんをウザイなんていっちゃだめ。お父さんががんばって働いてくれるから、ごはんが食べられて綺麗な服が着れて学校も行けるんだから。」


 そう諭すと、姪っ子は眉を潜める。わかっていていてもそう思ってしまうのが反抗期だ。

 涼子はちょいちょいと手招きして、姪をそばに寄せると両手で姪の顔を挟む。そして真正面から姪をみて、視線を外させないようにした。


「お母さんもお父さんも人間だから、嫌なことだってある。あなたにきつく当たってしまうこともある。だから君がちょっと大人になって二人を助けてあげよう? ね、おばさんと約束。もうお父さんとお母さんのことをウザイって言っちゃだめ。」


 顔を背けようにも手で挟んでいる為、逃げられなかった。だから姪っ子は観念し少し考えて頷いた。


「うん、えらい。さすがは私の自慢の姪っ子だ。」


 そう言って涼子は姪っ子を解放をする。


「……おばさんがお母さんだったらいいのに。」

「あらあら、おばさんだからそう言えるのよ。おばさんは姪っ子を可愛がってもいいっていう特権があるんだから。でも親はちがうの。親は子供を育て義務がある。自分の子だったら心配で毎日怒っちゃうし口煩いよ。」


 自分には責任がない。

 この姪が将来どうなるかは全て親の責任であり、だから自分は可愛がることしかしなくていいのだ。むしろそれ以外は余計なお世話なのかもしれない。先ほどの説教染みた言葉も余計なお節介かもしれない。


「お母さんに聞いてごらん。おばちゃんは小さい頃どうだったかって。きっと口煩かった言うに決まっている。」


 なにかある事に妹達に説教をするのは涼子の役目だった。

 両親も叱るが何時間もコンコンと説教をする姉の存在に、妹達はさぞ煩わしかっただろう。

 それも自分の経験談を交え、話は何度もリピートし、いつの間にか説教のポイントがずれて行き、最終的には泣きだす姉。


 今思うととてもうざい。というか封印したい黒い歴史だと涼子は心の中で頭を抱える。


「じゃ、ちょっとトイレ行ってくるから。」


 姪を炬燵に残し涼子が立ち上がり廊下に出ると、妹達の旦那が隠れるようにいた。目があった二人に苦笑を漏らす。


「……うちの子がすみません。」

「子育ては大変ね。なんかあったら言ってね。かわいい姪っ子だし、二人とも私の弟で家族なんだから頼ってくれていいからね。」


 申し訳なさそうにいう真ん中の妹の旦那の肩を叩く。その隣の末っ子の旦那が口を開いた。


「うちも子供ができたんです。まだ性別はわかりませんが……その、よろしくお願いします。」

「おお、おめでとう! もう私のアラフォーの誕生日会なんてしている場合じゃないじゃない!」


 そう話している内にリビングに呼ばれる。どうやら準備ができたらしい。姪っ子が炬燵の電源を切って廊下にでてくると、父親と鉢合わせして気まずい表情をしたが、私が姪っ子の頭を撫でて先へと急かした。旦那たちも続き、私が最後に部屋に入ろうとすると、父親がワインを片手に待ち構えていた。


「ああ、幸せだなぁ。」


 涼子は感じたことをそのまま呟く。

 自分には縁はなかったけど、家族が増え恵まれて、毎日が穏やかに過ぎていく。きっとこれからもこの穏やかな時間が続くのだろうと思った。


 ふと庭を見ると愛犬クロが尻尾を振っていた。後で散歩に連れていかねばならない。


「……クロ?」


 だがそのクロは一瞬にして、長身の青年に変わった。暗い紅玉のような瞳を持った青年だ。


 だから涼子はこれが夢だと理解した。


 これは私が望んだ、転生前の死ななかった未来の世界だ。


「わかっているよ、クロ。」


 そう自分を見る。

 もうその体は早川涼子でなく、グレイシス王国第七王子ハーシェリク・グレイシスだった。


 ハーシェリクはリビングには入らず、玄関へと向かう。


 彼が待っているからだ。


 玄関を開けると彼が微笑みながら待っていた。そして優雅に一礼をする。


「いってきます。」


 玄関から出る直前、そういって振り返ると家族たちが全員笑顔で見送っていた。





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