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第四章 文字と魔法と侵入者 その一




(マジですか……)


 ハーシェリクは、思わぬ事態に途方にくれていた。


 ルゼリア伯爵がこの世を去った翌日、なにをするにも知識は必要だと思ったハーシェリクは、父に勉強がしたいと申し出た。息子の申し出を父は深くは聞かず、二つ返事でその次の日には教師を手配してくれた。


 まずは語学。

 日本でいうところの、英語のようなこの世界の文字は慣れればなんとかなった。正直前世で英語は苦手分野だったが、習うより慣れである。語学担当の教師には、小さいのに覚えが早いと褒められた。



(すみません、中身は三歳児じゃなくてその十倍なんです。)


 ハーシェリクはよくわからない後ろめたさに見舞われ、心の中で謝罪する。


 次は算数。

 こちらも数字が多少ちがうだけで、十進法だった為難なく覚えることができた。むしろ生前の仕事は事務員だった為、簡単な暗算は余裕である。

 語学と同じように褒められたので、ハーシェリクは心の中で再度謝っといた。なぜか居たたまれないのである。


 ふとここで疑問に思ったのがなぜ文字は違うのに、言葉は日本語のように聞こえるかだ。


 不思議だと思ったが、自分の自我が約一歳からだというのを思い出す。予想だが一歳までは、意識せずに周りの話を聞いていた。


(私が日本語だと思っているだけで、本当はこの世界の言葉なんだろうな。)


 日本ではいつの間にか日本語が話せるようになるのと同じように、英語圏なら英語が、フランス語圏ならフランス語が話すことができる。つまり、この世界で生まれてからずっと聞いてきた言語が、自分に言葉だと染みついたと考えられる。


 まあ前世の自分が、いつからしゃべるようになったかは覚えてないので、勝手にそうだろうと納得することにした。


(学生の時の英語授業、なんで自分はアメリカ人じゃないんだって思っていたっけな。)


 さて、ここまでハーシェリクは、順調すぎるほど順調だった。

 外見は三歳児でも、中身はアラフォー寸前の三十四歳社会人。就職も社会も経験し、一時期資格取得にも嵌っていた為、勉強の仕方のノウハウもある。それに今の勉学は、日本でいうところの小学校一年程度の内容だったというのもある。


 しかし、ここから暗雲が立ち込めた。


「残念なことですが……」


 その教師は、申し訳なさそうに言った。決して彼が悪いわけではない。むしろ原因は自分自身にあった。


「殿下には、魔法に必要な基礎。魔力が一切ないみたいなのです。」


(……まさかの魔力なしだったとはあああああッ)


 その言葉にハーシェリクは一瞬呆けた後、心の中で絶叫をする。もちろん顔には出さないが内心の動揺は激しかった。


 漫画やゲームの王道、魔法。

 前世にはなかった、ファンタジー要素の魔法なるものを年甲斐もなく……外見は三歳児だが少し、正直に言うならとても楽しみしていたハーシェリク。


 だがしかし、現実は残酷だった。

 簡単な明かりを灯す魔法を試したが、なにも変化は起こらない。


「本当に珍しいことなのですが……」


 魔法の教師が曰く、人間は魔力を大なり小なり体に有しているそうだ。

 光を灯す魔法は、魔力さえあれば誰でも使うことができる魔法であり、教師本人も魔力なしの人間を見たのは初めてだそう。


「陛下はもともと学者志望でしたが、魔法も長けておりましたので……」


 陛下のお子なら魔法を使えないはずがない、と暗に言われた。

 聞くと他の王子や王女も魔法に長けており、その腕前は漏れず一流。


 ハーシェリクは自分が父の子じゃない!? と疑惑が浮かびあがり、その夜忙しい父の私室に落ち込みぎみで訪ねたのだ。


「ああ、お母さんも珍しい魔力なしだったよ。私とハーシェはこんなに似ているんだから、親子に決まっている。」


 そう父にあっけらかんと言われ、ついでによしよしとなでられた。


(母様ごめんなさい、浮気を疑って。)


 会ったことはない母に、心の中でスライディング土下座謝罪する。


(しかし、転生モノの漫画とか小説とかだと、転生者には絶大な魔力があったりするものなんだけどなぁ。)


 前世で読んでいた小説や漫画の主人公は、普通の人の何倍もの魔力を有していて悪いやつらを炎とかでぶっとばすがセオリーだ。


(いや、やれたとしてもやらないけど。)


 残念なことに、吹っ飛ばして終わるような相手なら苦労はしない。それに力ずくで解決しても、本当の解決はいえないとハーシェリクは思う。

しかしファンタジー要素である魔法が使えないというのは残念で仕方がなかった。


 魔力なし、という衝撃的な事実の次に待ち受けていたのは、ハーシェリクの……というよりは涼子の多く読み楽しんだ数々の作品のファンタジー設定を、さらにぶち壊すことだった。


「殿下は普通といいますか、なんといいますか……」


 魔法の教師と同じように、申し訳なさそうに言ったのは騎士団の教官だった。

 彼は騎士団を退役した後、教官として騎士団や兵士等軍の訓練の一切を担っていて、多くの人の才能をみる事に長けた人だった。


 教官は言い淀んだ後、覚悟を決めたように真っ直ぐハーシェリクを見て言った。


「殿下、申し訳ありません。正直に言います。剣術や馬術の才能が、殿下に一切ございません。」


 才能を見抜ける人間は、無駄な希望を持たせないようにするのが一番の親切だとわかっていた。

 曰く、努力すれば人並みに剣や馬は扱えるようになるかもだが、それが一流になるかといえば希望なしということだった。


「陛下は魔法もさることながら、剣術も長けておりましので……」


 どこかで似たような台詞だったのは、ハーシェリクの記憶違いではないはず。今回は父の部屋に突撃することはなかったが。


(……というか、あの優しげな父様が、意外とハイスペックだ。)


 思い浮かべるのは、優しげな微笑を浮かべる父。正直魔法をぶっ放したり、剣で戦ったりする父の姿は想像できないハーシェリクである。


 とりあえずは困らない程度に護身の為の剣術と馬術は習うことになったが、その道のりさえ厳しいと念を押された。


(確かに前世は運動音痴だったけどさぁ……)


 自室のソファに座りながら、ハーシェリクは脱力する。

 まさかの主人公フラグ折れっぱなし。前にも思ったが自分は王子達の中で、残念な子の役回りらしい。オトメゲームなら最後にしょうがなく攻略するようなキャラだ。


(だけど、落ち込んでいる暇はない。)


 できないことはしょうがない。なら、今できることをしようとハーシェリクは思う。

 後宮内の王家専用の図書室で借りてきた本を取り出す。本というよりは絵本だった。文字も大きく挿絵が多い。とても理解しやすそうな本である。


(まずは字を読めるようにしないと。)


 英語は苦手だったが、本を読むことは好きだった。海外の小説が和訳されず、気になるのに読めなくて何度悔し涙を飲んだことか。


(前は働いていたから、勉強の時間とれなかったけど、幼児の今なら時間はある。)


 大量な本を読み、字を覚える。数字も然り。何事も実践が一番成長できる、と前世の経験がいっていた。


 その日からハーシェリクは、教師を招いた授業以外の一日の時間の大半を、窓の側のソファで読書して過ごすこととなる。わからないところはすぐに教師やメリアに聞いて、ハーシェリクは語学力をどんどんあげていった。


 そのかいがあってか、半年後には難解な専門書も読むことだけはできるように成長を果たした。






(さあ、夜の突撃レポートの時間がやってまいりました。)

 

 マイクに見立てた懐中時計を握りしめ、ハーシェリクは心の中で、前世テレビでよく見たアナウンサーのように喋る。


 勉強を始めて半年が過ぎた。この世界の文字を理解したハーシェリクは、次なる一手を打つことにした。


(本日、突撃するのは国の要、財務局本部第一室です!)


 心の中でバラエティ番組のようなナレーションをいうのは、決して夜の城が怖いからではない。


 本を読んでこの世界には、普通に悪霊とかいるってわかったからではない……決してない。


(でもやっぱ暗いな……)


 あたりを見回す。

 前、伯爵に会いにいった時は必死で気がつかなかったが、王城の廊下を照らすのは月明かりのみだった。


 前世の世界は電気が主要エネルギーで、夜でも明るかった。

 だがこの世界には電気は存在しない。その代わり浮遊魔力というモノが存在する。


 魔力なしだったハーシェリクは、実技は出来ずとも魔法の基礎知識は勉強をしている。その中で浮遊魔力についての講義も受けていた。


 この世界の魔力は二通りあって、人が持つ魔力と大気を漂う魔力というものが存在する。


 人の魔力はゲームでいうところのマジックポイントで、魔法を使えば消費され休めば回復する。また個々に差が有り、修練によってはその最大値を上げることができるそうだ。


(最初の値が皆無の自分には、無理だけどな……)


 零に百をかけても零であるように、元がないハーシェリクは修練しても無意味なのだ。


 そしてもう一つの魔力。大気を漂う魔力は浮遊魔力と呼ばれている。浮遊魔力は大地や海、川や樹木等々が生み出す魔力の総称で、木が光合成をして酸素を生むように、魔力を生み出す。

 浮遊魔力は、街灯や室内を照らす光エネルギーや、お湯を沸かしたりする熱エネルギー、冷蔵庫等を冷やす冷気を帯びたエネルギー、水道を利用する為の動力エネルギーになる。

 いわゆる大気中に漂う電気みたいなもので、利用法が絞られているがこれからの研究が期待されている分野でもある。


(すごくエコなエネルギーってことだよね。自然から作られるから、自然を壊すことも汚すこともないし。)


 前世の世界で叫ばれていた環境破壊がこの世界にはない。破壊するほど技術が進んでいないともいえる。


(さてやっとついた。ここが財務局本部第一室……)


 ハーシェリクは重そうな木の扉を見上げる。そこには『財務局本部第一室』と表札があった。


 よっこらしょ、とハーシェリクは小さい体で扉を押す。この城はほとんどの扉が押し扉なので、幼児の自分でも開けられることができた。鍵は備えつけているが、部署管理者の怠慢か、もしくは夜間の巡回の為かけられていないことが幸いし、ハーシェリクは難なく部屋へ侵入することができた。


「うげ……」


 ハーシェリクは部屋に入った瞬間、思わず眉を顰める。そこはとても雑然とした部屋だった。


 少なくても十人はいるだろう部屋の机の上は、書類は山のように重なり入り乱れている。奥には資料庫とかかれた表札が張られた扉、他別の部屋に続くだろう扉にも局長室や会議室やらいろんな表札がつけられていた。


「これじゃあ仕事にならんでしょうに……」


 事務員の性か、ついハーシェリクは呆れた口調で呟いた。


 前世働いていた時、机はもちろんパソコンのデータからファイルされた資料まで綺麗に整頓をしていた。それが効率のよい仕事に繋がると解っていたからだ。

 だがこの状態では効率のよい仕事どころか、書類紛失してもしたことがわからない。むしろ盗まれてもばれない。一国家の財務局がこんなんでいいのだろうか。


「……でもこの方が好都合かも。」


 これなら少しくらい書類の位置が変わっても、書類が消えてもばれにくい。それは忍び込んだハーシェリクにはありがたいことだった。


「さてさて内部監査が入りますよ。」


 ハーシェリクは、前世を思い出す。

 本社勤務だった前世は、支店の監査みたいなものもしていた。本来なら本社決裁が必要なることを、支店が独断でやっていたりしないか。収支はちゃんと記帳しているか。売上の回収はできているか。支払が滞りなくできているか……等々不審点を嫁の掃除チェックをする姑の如くネチネチ監査するのだ。


 徹底的に調べ上げ支店を恐怖のどん底に突き落とすことから、前世ついたあだ名は『本社の監査姑のお涼』


 結婚どころか彼氏さえもいなかった涼子にとって、姑とはとても不本意なあだ名である。それに問題がなければ、涼子だって重箱の隅をつつくようなことはしないのだ。ただ真面目に監査し助言や補助をしてくれる涼子は、一般事務員にもかかわらず支店員からエリア長や支店長、そして本社内からも厚い信頼を得ていた。本人は全くそれを知らないが。


 ハーシェリクはとりあえず適当な机の書類の山から一枚取り出す。


「む、やっぱり暗いな……」


 字を読もうとしたが、暗くて見づらい。窓に近づき月夜に照らしてなんとか字が読めるようになったくらいだ。


(えーと……品名? これは食べ物の名称かな?) 


 その書類は、どうやら王城への食材の仕入れ値リストのようだった。食品名の横に産地と収穫時期、金額が羅列されている。


「む、困った。これが適正価格か今の私にはわからない。」


 いくら金額が羅列されていても、それが高いか低いか……それの基礎知識がないのが痛かった。


 もちろん通貨ついては一般教養の授業で勉強済みだ。


 この世界の通貨は銅貨、銀貨、金貨、白銀貨というもので、銅貨百枚で銀貨一枚分の価値があり、銀貨百枚で金貨一枚、金貨百枚で白銀貨一枚と同等。

 金額が大きくなると量も嵩張るので、金額が大きるなる場合は証券という小切手みたいなものを使われるそうだ。ただ証券を使うには、法務局の許可が必要であるが。


 ハーシェリクが頭を悩ませているのは、この世界の通貨がどれくらいの価値でいくらがなにと変えられるか、まったくわからないということだ。


「……とりあえず、手当たり次第調べるか。」


 数字は嘘つかない。嘘をつこうとすれば、どこかに必ずボロがでる。それが巧妙になるかならないかのちがいだけだ。


 ハーシェリクは黙々と書類を山から引っ張っては窓際で読むことを繰り返す。

 時間は進み、ハーシェリクは目をこする。あれから何時間たっただろうか懐中時計を開くとすでに深夜を回っていた。


 前世の体は多少の夜更かしをしても大丈夫だったが、この子供の体では無理なようだ。それに月明かりで読んでいたせいか、目の疲れが異常にたまるのが早い。


「やっぱ明かりはほしいな。」


 次はどこからかランプを失敬しようかと思いつつ、懐中時計を弄ぶ。


「せめてあの明かりの魔法くらい使えたらよかったのに。」


 そうすれば、こんな頼りない月明かりで読むという苦労はしないですんだはず。


 最初の授業を思い出しつつ、呪文を口ずさむ。呪文は、普通の言葉と少しちがっていた。


 日本語が言語としたら、英語みたいなものだ。

 専門用語でいうと魔言で魔法を使う発動するためのスイッチみたいなもので、魔言により魔力を使って魔法を行使する、ということだった。


 上位の魔法士……魔法を扱う者の総称だが、魔法士ともなれば簡単な魔法なら魔言も必要せずに使えるらしい。


 魔言を唱え終えても、あたりには変化はない。魔力なしだから当たり前だ。


「なんてね。」


 少し落胆しつつハーシェリクが部屋に戻ろうと立ち上がった時、体に異変が起こった。

 右手からぞわぞわと寒気にも似た感覚が走ったかと思うと、目の前に突如白い光の玉が現れた。


「ギャッ……!」


 突如現れた光の玉に、悲鳴をあげそうになったハーシェリクは慌てて口を押える。


 現在自分はお忍び行動中なのだ。自分から騒いだら苦労も水の泡である。


 反射的に口を押えたため、懐中時計を落とすことになった。懐中時計が地面に落ちて高い音を鳴らした瞬間、光の玉は消える。


「……あれ?」


 疑問符を浮かべつつハーシェリクは落ちた懐中時計をひろい上げる。

 なんとなくだが白い光の玉が現れている間、この銀古美の懐中時計も仄かに光っていた気がしたのだ。


「ふむ。」


 もう一度、明かりの魔言を唱える。ぞわぞわした感覚の後に光の玉が現れた。

 懐中時計を持ったまま移動するとそれはふよふよと一定距離でついてくる。そして明かりを消すことをイメージすると光の玉は音もなく消えた。


 懐中時計をはなし、もう一度魔言を唱える。しかし今度はあの感覚も光の玉も現れなかった。


 考えられる仮定はただ一つ。

 この懐中時計が浮遊魔力を集め、自分の魔言に反応し、光の魔法を発動させた。


(まさかの便利アイテム!)


 小さい明かりを灯す魔法でも、魔法なのだ。あのぞわぞわした感覚が魔法を使う感覚ということだ。


(しかも浮遊魔力を使っているから、自分は疲れない!)


 まるで新作ゲームを手にした時のような気分だ。これぞファンタジー世界! とハーシェリクは心の中で歓声を上げる。


 ハーシェリクはそのまま部屋に戻り、翌日別の魔法もつかってみようと試した。だが懐中時計はうんともすんとも言わない。否、時計だから喋らないのが当たり前なのだが。


 考察した結果、周囲の微量な浮遊魔力を吸収して使用している為、明かり魔法や蝋燭に火をつけたりする、その程度のちょっとした魔法しか使えないと結論付けた。


(予約して待ちに待った新作ゲームが、大外れした時の絶望感と似ている……)


 項垂れるハーシェリク。だがとりあえずは夜薄暗い中で書類を読んで、視力を悪化させるという事態は回避できたのだった。




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