第116話 一年後
ピピピピピピ、という睡眠を邪魔することに定評のある目覚ましのアラーム音が鳴り響く。もぞもぞと布団の中から這い出して、スマホのアラームを切る。
「ふぁ…………」
睡魔から逃げるように上半身を無理やり起こす。
時間的にはそろそろ起きないとまずい。
今日ばかりは遅刻するわけにはいかないのだ。
何しろ今日は、
「卒業式だもんなぁ……」
黒野海斗、高校三年生。
その肩書も、今日で終わりだ。
☆
「卒業生代表、篠原正人くん」
「はい」
しっかりとした声で返事をして、正人が立ち上がる。
壇上へと向かう姿は凛々しく、頼もしい。
ぼんやりと正人の姿を見ながら、俺はこの一年のことを思い出していた。
一年前。俺は日本文化研究部のみんなと付き合うことになった。
まあ、つまりは彼女が一気に六人も出来てしまったということで。
最初は恥ずかしくもあり、贅沢なことだなぁ、と我ながら他人事のような感覚だった。
大変なのはデートの時とかだ。
みんなと一緒に行ったりする時もあれば、二、三人の子と一緒に行ったり。はたまた一人だけというパターンというのもある。
臨機応変に対応しているつもりなのだけれども……ちょっと、うん。体が一つでは足りないぐらいハードだ。
しかし、日本文化研究部という大切な居場所を守ることができた喜びの方が大きいし、ハードでもやっぱり好きな女の子たちと過ごしている時間はとても楽しい。
学園中の男子たちからは妬みの視線を送られたが、まあそれも当然だ。
こんなにもかわいい女の子たちと一緒になれたのだから。
ちなみに、卒業後の進路のことだが、今日学園を卒業する俺、加奈、南帆、恵、美羽、美紗、メイは同じ大学に合格した。
幸いというかなんというか、全員成績は良かったし、レベルの高い大学に行くことができた。
将来のことを考えると、できるだけ良い大学に進んでおきたいと思った。
みんなを守ることのできるような男になりたいと思ったからだ。
それと、姉ちゃんの通っていた大学というのも選んだポイントである。
加奈たちからは「本当にシスコンですね」と呆れられてしまったが。
姉ちゃんといえば、この一年間……どころか、これまでの人生で一番驚いたことが起きた。
みんなと付き合うことを選んだ日、俺は姉ちゃんにそれを報告したのだが、
「そうなんだ。かいちゃんが選んだ道なら、私は全力で応援するよっ!」
「うん。ありがとう、姉ちゃん。その……六人の女の子と付き合うって、世間的にどう思われるか分からないけど、がんばるよ。俺」
「ふふっ。それならお姉ちゃんさっそくがんばっちゃおうかなー」
「姉ちゃん?」
「じゃあ、ちょっと法律変えてくるね」
「…………は?」
それから一週間。
日本の法律が変わった。
ものすごくざっくりした言い方をすれば、一夫多妻制が認められる世の中にになった。
あまりにも急で、色々なアレを無視した異常で異例のスピードで変えられた法律に世間はたいそう驚いていた。
噂では謎の組織による力が働いたとかなんとかで。
後日、姉ちゃんは、
「いやー、ちょっと手間取っちゃったよー」
と、気軽に笑っていた。
俺は考えるのをやめた。
それと、部活動にも変化が訪れた。
俺たちが三年生になり、小春と南央が二年生になり。
日本文化研究部に、二人の新入部員が入ったのだ。
これがまたやる気に満ち溢れたやつらで、バリバリ創作やってます! という感じで。
片方はイラスト、片方はラノベを書くらしい。
イラストを描く女子生徒は恵に弟子入りをして師匠、師匠と呼んでいる。
ラノベを書く男子生徒はなぜか俺に付きまとっている。
曰く、「先輩は取材対象としてこれ以上ない逸材ですからね!」ということらしい。
どういう意味だ、と思ったけれど、確かにハーレムなんか作っちゃってる男子高校生は取材対象になるのかもしれない。くそう。
これに加えて、華城恋歌先輩も卒業した後だというのにちょくちょく顔を出すようになった(ちなみに先輩の通っている大学は、俺たちと同じだ)。
曰く、「もう私は風紀委員じゃないからね」ということらしい。
新入部員と先輩の加わった部活動はこれまでとは違った楽しさがあって。
必然的に、先輩と過ごす時間も増えた。
その結果、先輩から告白されて、付き合うようになった。
つまりは先輩もハーレム的な奴に加わるようになって。
…………何を言っているのか自分でもわからなくなってきた。
先輩的には「前から君のことは見ていたから」ということらしいが……俺にもよく分からん。
けれど、俺も彼女に惹かれた部分があったのは確かである。
最初は先輩も加わることに加奈たちは呆れていたものの、受け入れてくれた。
曰く、「今更ですし」ということらしい。ごめんなさい。
ああ、それと変化があったのは部活動だけでもない。
正人は生徒会長になった。
最初は柄じゃないと愚痴っていたが、先輩から引き継いだ仕事はしっかりとこなしていた。だからこうして、卒業式でも卒業生代表として壇上に立っている。
葉山は文化祭実行委員の委員長となり、生徒会と連携をとって学園を盛り上げた。
ちなみに二人とも同じ大学だ。
そんなこんなで時は流れ、受験とかで慌ただしくもある日常は、あっという間に過ぎ、こうして卒業式を迎えたというわけだ。
時が経つのは早いというが、まさにその通りだ。
俺はこれまでの思い出を振り返りながら、卒業式を静かに過ごす。
式の方も終わり、卒業証書を手に体育館を出る。
「海斗くん」
胸に花をつけた加奈が駆け寄ってくる。
「みんな部室にいますよ。行きましょう」
「ああ。分かった」
俺は加奈に引っ張られ、思い出の詰まった部室へと向かった。
三年生になってからのこと、というか先輩や新入部員とのあれやこれやについては機会があれば……




