二十二、好色とはいかに。
私が聞くと、その男の人は永井修治と名乗った。
立ち話もなんですし、と、沖田さんは流れるように彼を屯所へ誘導する。
「小生は、おそらくひと月ほど前にこちらへやって参りました……まさか死後、このように面妖な世界が待ち構えているとは思いもよりませんでしたよ。お生憎様、小生は無鬼論者でありましたから」
ざんぎり頭に、ちょっと気取った特徴的なしゃべり方――極めつけは、沖田さんとどっこいどっこいの、古めかしい着物姿。なんとなくだけど、私の生きた時代の人ではないような気がしていた。
「……時に沖田氏、貴方はどんな本を好まれますか」
切り出すように、とん、と上品に湯吞みが置かれた。まさか自分に話題が振られるとは思っていなかったのか、当の沖田さんは何度も目をぱちくりさせた後、
「本、ですか? うーん……実は僕、こう見えてかなりの飽き性で。長編なんて、最後まで読めたためしがなかったんじゃないかな」
ゆるりと顎に手を添えた。いや「こう見えて」って、逆に今までどう見られてると思ってたんだろう。わりとそのまんまのイメージでしたからご心配なく……私の心の声なんてつゆ知らず、沖田さんはあけっぴろげに言ってみせる。
「いつだったか、近藤さんに借りて読んだ正成公の草紙も、途中でほっぽり出してしまったからなあ」
「へえ、軍記物を……」自然と口をついて出た。
「はい! あの近藤さんがあんまり熱中しているものだから、なるほどそんなに面白い本がこの世にあるのかと気になって気になって」
ずいぶん分かりやすい建前だな、とあくびを押し殺しながら思う。
「はあ…………その心は?」
すると、にやっとした笑みが返ってきた。
「あははっ、トラちゃんはなんでもお見通しなんですね。そうですよ。僕はただ、構ってもらえなくて寂しかっただけです」
だって本は、人に貸したらしばらく読めなくなるでしょう? ――考えたら誰でも分かりそうなことを、閃いたと言わんばかりに沖田さんが言ってのける。全く、いい歳した大人が何言ってんだ……いつもの私なら、そんなふうに突っ込んでいたと思う。だけど。空を拝むその顔はどこか、兄を懐かしむ弟のようにも見えて。
…………ところがだ。私のせっかくの配慮を無駄にするように、沖田さんが「あーっ!」と叫んだ。私は急いで耳をふさぐ(普通に間に合わなかったけど)。これにはさすがの永井さんも面食らっていたようだった。
「一番大事なのを忘れてました! 好色一代男!」
耳慣れない言葉に、私は首を傾げた。
「コウショク……? なんですかそれ」
沖田さんは、大げさに目を丸くする。
「おやまあ、トラちゃんは知らなかったんですね。それなら、今後のためにもぜひ覚えておくことをお勧めしますよ! いいですか? まず主人公の世之介が、複数の美女に【自主規制】したり、【自主規制】したり、挙句の果てに【自主規制】したりするんです……!」
「わかりましたもういいです」
(聞かなきゃよかった)
……つーか、何? 今後全然使う予定ないからそんなあからさまな【自主規制】とか【自主規制】みたいなの。そもそも死んでるんだし。
私は見せつけるように、がっくり肩を落としてやった。
「ふふ、男の浪漫ですな」
永井さんと固い、本当に固い握手を交わしながら、沖田さんが口の端をめくらせている。それはなんというか、すごく変態的な光景だった。どさくさに紛れて「お主も悪よのう」みたいな顔しちゃって。
「当時屯所内で出回っていたんですよねえ……あはは。僕、隠れて読んでいる人たちを見つけるたびに土方さんに報告しに行ってたんだっけ。いやあ懐かしいなあ!」
まさに鬼畜の所業だ。とんだ災難だ。チクリ魔の餌食になった人達に心底同情すらしてしまう。まあ、彼らにとっては気の毒というか、いい迷惑な気がしてならなかった。
「ねえねえトラー、さっきから総司たちあんなに楽しそうに、なんの話をしているの?」
澄んだ瞳に見つめられて、思わず苦笑いした。知らなくていいよ、コタローは。
「さあ? 私たちには関係のないことなんじゃない?」
白目を剥きたくなるのをぐっと堪え、私は遠くに意識を飛ばす。だって本当のことだ。もはや目も当てられなかった。下劣なエロ話に混ざるくらいなら、別にコタローともども蚊帳の外にしてくれて結構です。
あとがき
好色〜に関してですが、新選組は過酷な任務の連続、それにむさ苦しい男所帯です。癒しを求めても島原くらいにしか美女はいません。
だから!
たまには各々お気に入りの春画本なんか持ち寄って、男子高校生みたいにやいのやいのする瞬間があったっていいじゃない!……と、まあ、そんな筆者の勝手な妄想からこのシーンは生まれたわけですが(土方さんにはこっぴどく怒られるかもしれません泣)、
近藤さんが楠木正成の軍記物にハマってたこと以外はめちゃくちゃ捏造なので、特に学生のみなさん、くれぐれもテストにはこんなこと書かないようにしてくださいごめんなさい!笑
余談:一番ビックリしたのは、高校時代、学校の図書館に「好色一代男」が普通に置いてあったことですかね……未成年でも常時閲覧ができちゃいましたww




