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十三、六文横丁



 目を開けているだけで、世界が押し寄せてくるようだった。


 お地蔵さんが、どぷりーー暗闇に沈みゆく。


(え)


 いつの間にか、景色が逆転していた。お地蔵さんがあったはずの場所に、私たちの体は押し込まれている。伸び放題の草が視界をチラつく、薄暗い祠の中。


「な、なにこれっ……!」


 ドンドン叩いてみるも、私の手は見えないバリアに、容赦なくはじき返される。

 すごく痛い。なんにもないのに、強化ガラスに体ごと隔てられているみたいだ。頭の中に、じわりじわりと"神隠し"という言葉が浮かび上がってくる。そういえば、なんだかちょっとずつ空間が広がっていってるようなーー



 その時だった。



 鬼と、目が合ったのは。




 

 短い悲鳴が喉まで出かけたところで、私は正気を取り戻す。よく見たらあの鬼、立体じゃない。かぎりなく平面だ。


 今にも雄叫びをあげそうな鬼。それが描かれた襖。襖は私に、絵巻物の一幕を彷彿とさせた。



 理解し難い現象に、必死で思考をめぐらせる。


(って、なんでずっと黙ってんの⁉︎)


 ただでさえ稀有な状況、このままでは調子が狂ってしまう。沖田さんは私のジト目を焦らすように、ゆっくりゆっくり口を開く。


「……トラちゃん。さきがけとしんがり、どちらが良いですか?」


 腰の刀に手を添える沖田さんに、私の吐息はひゅっと止まる。


 まさか。


 一休さんの屏風の虎よろしく、この鬼を退治しろとか言い出すんじゃないだろうな……いやいやそれはさすがに……


「しんがりで」


 気づけばそう口にしていた。噛みそうになるくらい早口になってしまった。


「天才剣士様の後についたほうがまだマシ」だと、第六感が囁きかけたのだから、まあ仕方ないっちゃ仕方ない。自分によく言い聞かせる。


「いざ。」沖田さんは今度こそもったいぶらず、すぱりと襖を開けてみせた。


 まばゆい光の中ーー目の前ではためくだんだら羽織りだけが、私のたよりだった。



 永遠とも思える長い沈黙を乗り越えると、


「はい到着。鬼ヶ島ですよ〜!」


 沖田さんはなぜか、満面の笑みで鬼のツノポーズをキメていた。


 ……ちくしょう。また、無駄に雰囲気なんか出しやがって。なにが「さきがけとしんがり、どちらが良いですか?」だ。ああ心配して損した、私は小さく舌打ちをする。沖田さんといると、心臓がいくつあっても足らないのでは(死んでるから0個だけど)と疑いたくなってしまう。


「でもま……よくよく考えたら、沖田さんに鬼は倒せないか。きび団子ないですもん」


 振り向けば、跡形もなく襖が消えていた。沖田さんは、えーと不満げに唇を尖らせる。


「そんなものなくったっていいじゃないですか。なにしろ虎だろうが狐だろうが、みんな向こうからやって来るんだから。」


「で。ここはどこなんですか? ずっと鬼ヶ島で通されるの、さすがにキツイです」


 沖田さんは参ったな、というふうに笑うと、澄んだ空に両手を広げて言った。


「お上のお膝もと"別天地"、僕らはそう呼んでいます。合言葉を唱えないとここには招かれないーーいわば、選ばれし者の地なんです!」


 なるほど、オンカカカ? とかいう詠唱みたいなのって、合言葉だったのか。私はひとり納得する。つまりVIP待遇……死後の世界とはいえ、なんかセキュリティ高いなあ。


 あたりを散策してみようとすると、濃い霧の中から、もくもくもくと建物らしきものが現れ出した。むわっと立ち込める、白檀の香り。


「はぇ……」


 思わず、尻もちをついてしまった。ひのきのアーチには、「六文横丁」と墨が乗せられている。


「沖田さん、ここってーー」


 首を、めいっぱい動かす。ろくろ首の焼き物屋、から傘貸し傘店、がしゃどくろの彫刻屋ーーまさか、まさか、ここって……


「よ、妖怪の街〜っ⁉︎」




 私の声は、横丁じゅうにこだました。


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― 新着の感想 ―
相変わらず描写が丁寧で惹かれる……! ほんのりダークめな雰囲気の回なのかと思いきやいきなりいつもの沖田さんで安心しました笑 また続きが気になります!
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