中国料理
鍛冶丸は大内教弘の屋敷にいた。
ここは、大内教弘の本拠地、周防の山口である。山口の大手にある教弘の屋敷に彼は招かれていた。
博多での硫安工場建設を終えた彼は、片田村から鋼丸を呼び寄せ、工場の運営を彼に引き継ぎ、自身は片田村に戻ることにしていた。
工場、という言葉を使いだしたのは、『じょん』だったが、今では博多でも堺でも、普通に使われるようになっていた。
この時期、大内教弘は、斯波義敏を保護していたことを義政に咎められ、領地の周防に下っていた。
大内教弘からは、工場建設中からしばしば招待されていた。どうしよう、と片田に尋ねたところ、帰国するときについでに寄ってみるといい、とのことだった。
そこで府中(防府市)で船を降り、徒歩で山口まで来た。鍛冶丸が教弘の居所を訪ねると、空堀と土塁に囲まれた大きな館に案内された。入口のところで教弘から来た手紙を見せたが、彼の姿が怪しいものだと疑われ、取り押さえられそうになった。
無理もない、そのあたりの百姓町民と異ならない姿だからだ。
やがて、中から人が出てきて、丁重に扱えと言ったので、そこからは順調だった。そして、屋敷の応接間と思われるこの部屋にいる。
それにしても、変わった部屋だ。中央に卓子と椅子があり、卓子の上には大きな皿があり、果物が盛られている。たくさんある椅子にはなにかの獣の皮がかけられている。壁には棚が設けてあり、茶わんと思われるものがいくつも置かれている。黒いもの、白いもの、わずかに青い色をしているもの、いろいろだ。
壁には上品に表装された掛軸がいくつも架けてあり、墨で描かれた絵が貼り付けられていた。
絵は、いずれも景色を描いたもののようだ。
「これは、梅雨時の雨の日かな、山に雲がかかっている。上手なもんだな」鍛冶丸が独り言をいった。
「牧谿がお好みですか」男の声がする。
鍛冶丸が振り向くと、宗匠頭巾を被った男が立っていた。
「大内様ですか」
「いや、わしはただの画僧です」その男が言う。
「今見ている画の作者が牧谿です。その左が、夏珪、そのまた左が馬遠という者が描いた画です」
「唐の人が描いた画ですか」
「そうです」
もう一人の男が入ってきた。
「鍛冶丸殿か、わしが周防介じゃ。よろしくたのむ」
鍛冶丸がきょとんとした。
「大内じゃ」そういって男が笑った。
「さ、さ、そこに座られよ」そういって、虎の毛皮がかかっている椅子を指す。
鍛冶丸が椅子に座ると、大内教弘と、画僧も座る。
「門の所で失礼があったそうじゃの。すまなかった」教弘が詫びる。
「いえ、私がこのような恰好で訪れたので、あやしまれたのでしょう」
「たしかに、硫安工場を作った男、とは思えぬ姿であらわれたものじゃの」
「食事を用意しておる、ゆっくりしていかれよ。鍛冶丸殿は、豚肉は食べられるのか」
鍛冶丸は遠慮して食事時を避けて来たつもりであったが、教弘は日中から宴会を始めるらしい。豚肉は博多で経験しており、大丈夫だと答えた。
「なんといっても、わが領地に硫安工場をつくってくれたのじゃからな、いくらもてなしても、足らぬくらいじゃ」
大内の土地を選んで硫安工場を作ったのではなく、石炭の大鉱脈の上に工場を作った、とは言えなかった。
「いわんでもわかる、まあよい」
大内は書状で、周防側にも硫安工場を作れないか、と打診していた。それに対して鍛冶丸は、特別な部品が無ければ作れない、その部品は貴重なのだ、と答えていた。
ニッケル触媒のことは鍛冶丸も詳しくは知らされていなかった。
それでは、製鉄工場を作れないか、と大内が言ってきた。それに対しては、片田に聞いてみると答えた。周防、長門は中国山地の一部を持っており、川から砂鉄が取れる。
「シイタケ、眼鏡のことも知っておるぞ、わしの領地の民にも菌床を売ればよいし、眼鏡工場もつくればよい、国内ではまだいくらでも売れるであろう。民が豊かになるのはよいことじゃ。おお、そうじゃ、片田殿は時々博多を訪れるという、ついでに山口にも寄ればよいのじゃ。いい町であろう」
たしかに、ここに来る道すがら、小京都といわれるような良い町だと鍛冶丸も思っていた。
「料理ができたようじゃ、たっぷり食べて行かれるがよい」教弘が言った。
まず、冷菜が運ばれてくる。クラゲ、搾菜、支那竹、皮蛋などである。続いてエビとネギを炒めたもの、フカヒレの醤油煮、中国酒が来る。
「鍛冶丸どのは、酒はいけるくちかの」
さらにイカの炒め物、ホタテの煮物、カニと卵のスープ、あわびの中国醤油蒸し、などが出てきた。客は豚肉が苦手かもしれない、と配慮していたらしく海産品の料理だった。
「最後の料理が、最近流行っておるのじゃ、豚肉が苦手でも食べられる」教弘がそう言うと、豆腐とひき肉の料理と白米のご飯が出てきた。
「これで、飯が何杯でもいけるぞ、今流行の『まー坊豆腐』じゃ」
まー坊豆腐の発明に安宅丸がかかわっていたことを、鍛冶丸は知らない。




