戴冠式 (たいかんしき)
「そち達の宗教指導者に対する考え方は、わかった。しかし、それではなぜ、わしが新教徒たちの王として戴冠できぬのか」フランス国王、ルイ十二世が尋ねる。
「戴冠式というのは、そもそも神に由来する王権を、聖職者が仲立ちして、王の候補者に授ける、という行為です」コンデ公の従軍牧師、新教徒のテオドール・ド・ベーズが答えた。
「そうじゃな。なにか問題があるのか」
「まず、私たちの教義では、聖職者という階級は存在しませんので、仲立ちできません」
「そちのような牧師が行えばよいのではないのか」
「神との間の仲立ちをするということになれば、カトリックの聖職者と同じになってしまうでしょう」
「まあ、そうであろうな」
「さらに、『塗油』という儀式も出来ません。これも聖職者のみが行うことだからです」
「『塗油』か。あれは気持ちが悪いので、やってもらわんでもいいのだが」
「カトリックにおける『塗油』は、戴冠式の核心です。『塗油』によって王は俗人から、神に選ばれた存在に変化するのだと、彼らは言います。気持ちが良い、気持ちが悪い、という問題ではありません」
「知っとる。他には」王が言った。
「『王権標章』と冠の授与も聖職者でなければ、できないことになっています」
『王権標章』とは、国王に、剣、笏、宝珠、指輪を渡すことを言う。『三種の神器』みたいなものだ。冠とは、文字通り戴冠のことだ。
「さらに、戴冠式の最後の『感謝のミサ』も聖職者でなければ、行えません」
「なんだ、あれもこれも、ほとんどすべてが出来ないのだな」ルイ王が呆れる。
両者が黙ったまま相手を見つめた。
少しして、ルイ王が新教徒の牧師に言った。
「では、そちたちの信仰で、戴冠にあたって出来ることを述べよ」
テオドールがしばし考慮した後に、このように答えた。
「王自身が神に誓い、我々新教徒の共同体がそれを承認する、ということならば、新教の教えに反することは無いでしょう」
なんだ、そういうことか。ルイ十二世が内心で思った。
「そして、真の福音を迫害しない、教会の自治を尊重する。不正な課税をしない、法に従って統治する、このようなことを宣言し、宣誓書に署名していただく。我々は王の即位の証人として立ち会います」
『真の福音』とは新教のことだ。
「なるほど、続けよ」
「そして、貴族と、都市代表、会衆代表のそれぞれが、この誓約を条件に、王として認める」
「なかなかいいぞ」王が言った。王と国民の契約が成立する、というわけだ。
「そして、私が王権標章と王冠を差し出すことはできます」
「授与ではない、ということだな。そちが差し出した物を、わしが手に取るということか」
「そう受け取っていただいてもかまいません。しかし国民の目には王が自らの象徴を手に入れたと映るでしょう」
王権標章とは、以下の物を言う
剣。正義の執行と外敵からの防衛。
笏。統治の権限。王は秩序を保つ。
宝珠。世界が神の秩序のもとにあることを示す表象。また王がその秩序の守護者であることを示す。
指輪。国家との婚姻。王は国家の主人ではなく、国家と結ばれたものであるとする象徴。
そして王冠。これは王権そのものだった。
「そして、最後にミサではなく、祝福の言葉を差し上げることまではできます」
「どのような言葉だ」王が尋ねる。
「神がこの誓いを守らせ給わらんことを祈る……」
ルイ十二世が、ここまでの譲歩案を検討した。特にこの、『戴冠式らしき儀式』を国民が見たらどう思うか、彼らの目線で考える。
「これらのことは、コンデ公とも相談しておるのだろうな」
「それはもちろんです。我々の信仰が譲歩できる、ぎりぎりのところをお答えしています」
「なるほど、そうか。サリカ法には手を付けぬと約束できるか」フランスの王位継承に関わる法律の事だ。
「それは当然でございます。サリカ法は俗世の法ですので、教会が干渉すべきものではありません」
「王の徴税権を認めるのだろうな」
「当然のことです。我々は王の存在を必要としています。教会に必要な物は信者からの自発的献金の範囲でまかないます。我々の願いは、その献金に課税しないでいただきたい、ということだけです」
「カトリック教徒をむやみにを殺さぬ、と誓えるか」
「今は内戦ですので、仕方ありません。しかしコンデ公は戦場以外でのカトリック教徒の殺害を重罪としています。現にオルレアンのカトリック教徒は、公職から追放されてはいますが、ヴァシー村でのような虐殺は起きておりません」
「よし、では最後の質問だ。新教徒軍はパリとランスを占領することができるか」
この二都市はカトリックの牙城だった。これらを失えばカトリックは勢力を失う。
「私は従軍牧師ですので、お答えできるかどうかわかりません。しかし、コンデ公はすでにその準備を終えられています。ローヌ川沿いのリヨン、ヴァランスの軍が到着したら、パリに向けて侵攻するとおっしゃっていました」
その時、ドアを鋭くノックする音がした。
「うるさいぞ、いまは大事なところだ、後にせよ」フランス国王が怒鳴る。
「しかし、重大事なのです」
「なんだ。ドア越しに言ってみよ」
「ギーズ公が。ギーズ公がお亡くなりになりました。デュランダルという神剣が発する雷撃により落命いたしたそうです。オルレアンを包囲していたカトリック勢が総崩れとなりました」




