ヴァスコ・ダ・ガマの帰還
フランス国王ルイ十二世がブロア城からヨーロッパの各地に向けて急使を発した。派遣先はポルトガル、スペイン、ジェノヴァ、教皇領などだ。
最初の急使は『ブレスト沖の海戦』での、カトリック連合艦隊の敗戦と、ガレー艦隊の全滅を知らせた。
全滅だというのか、一隻も残っていないのか。各国が驚いた。
カトリック世界は、この海戦以前にも多数のガレー艦隊同士による海戦を行っている。例えば七年前の一四九九年にはオスマン帝国と『ゾンキオの海戦』を行っている。ヴェネツィアとオスマン帝国の、双方が数十隻のガレーを出して戦った。
結果はヴェネツィアの敗戦だったが、それでもヴェネツィア艦隊は全滅しなかった。
翌年の一五〇〇年にも、両者が戦っている。
この時、ヴェネツィア側は九十隻以上のガレーを出したが、再度破れている。破れているが、沈没したガレーは五隻に過ぎなかった。
なのに、百六十数隻もの艦が全滅とは、どういう戦い方をしたのだ。
次の使者は、もう少し詳細な戦闘経過と、各国の主な生存者について知らせて来た。
敵の戦い方も不思議だが、ほとんど死者が出ていなかったことに、各国が驚く。
何か、海上を走る無人の船に体当たりされて浸水したことが知られたが、それでも腑に落ちない。
ガレー艦隊を出した国々に不満が溜まる。
そんななか、ようやく艦隊の幹部たちが、それぞれの国に帰って来る。陸路だった。あれ程の負け戦をしたあとに海路を使うのはためらわれたのだ。どこに片田商店の艦がいるかわからない。
ヴァスコ・ダ・ガマやガレー船艦長たちがポルトガルに帰還し、リベイラ宮殿に参内する。
今回は失意の帰還だった。
「陛下、私は大いなる恥とともに御前に参上いたします。私に託された任務に失敗いたしました。私の過ちを謙ってお詫び申し上げます」
マヌエル一世の前でヴァスコが詫びた。
「ポルトガルだけではない。アラゴン=カスティーリャ(スペイン)もフランスも一緒にやられたのだ。そうであるならば、そなたの責任ではない」マヌエル王が言った。
「ありがたきお言葉でございます」
「それよりも、戦況を詳しく説明せよ。なぜ、これほどの大敗となったのか」
ヴァスコが王の前で詳しい戦闘経緯を説明した。繰り返しになるので、ここでは省略する。最後にヴァスコが言った。
「高速で海上を走り回り、無人船という針で刺す、まるで『海サソリ』のような兵器でありました」
謁見場にいる誰もが、溜息をついた。
ポルトガル国王マヌエル一世が宮殿の王室専用祈祷室に入る。中にはジョアン・フェヘイロが立っていた。
「待たせたな。海軍指揮官の報告があったので遅くなった」
海軍指揮官とはヴァスコ・ダ・ガマのことだ。当時はまだ爵位を持っていない。
「ブレストのことですか」
「そうだ。カタダは凶悪な武器をもっているようだ。それで我々のガレーが全て沈んでしまった」
「そうだったのですか。それは……」
「そちはオルダニー島に出入りしている。この武器のことを調べられないか」マヌエル王が言った。そして続けて、その武器なるものをジョアンに説明した。
「……ということだ。この無人の小舟が問題なのだ。こちらのガレーを追い回して、船体にぶつかり爆発する。そして浸水させてしまうのだそうだ」
「なるほど、恐ろしい武器ですな」
「この武器について調べて欲しい」
「さて、島の東半分には行けませんので、なんとも」
「なんでもよい。この武器が敵方にある限り勝てそうもない。これを手に入れるとか、どのような仕組みになっているのか、なんでもよいので、調べられぬか」王が威厳を失わない程度の強さで言った。
「そう、申されましても。やってはみますが、あまり期待しないでいただきたいのです」
「わかっておる。しかし、今のままでは、海に出ることもできぬようになるかもしれん。せっかくインドへの道が開けたというのに」
「承知いたしました。では、なにか分かったことがあれば、ご報告させていただきます」
「うむ、どんな些細なことでもいい」
ジョアン・フェヘイロが退出した。
また、とんでもない仕事を押し付けられたもんだ。




