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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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歓迎式典 (かんげい しきてん)

 百六十三隻ものガレー艦隊がブレスト港に接近している。これくらいの規模になると、いきなり港に入って碇泊ていはくする、というわけにはいかない。


 受け入れる港側は驚くであろうし、警戒する。味方と分かった後にも、港湾内の碇泊位置の整理などが必要になるかもしれない。

 その場合、碇泊中の船舶の移動が必要になる。


 到着する船団の側も、港湾の水深、砂州、潮流などについて未知である。したがって、水先案内が必要だ。


 なので、船団が入港する場合には慣例的に連絡艇ピンネースを先行させる。


 この時代の一般的なピンネースはマストが一本で三角帆。船体は全長十~二十メートル、横幅ビーム三~五メートルくらいで、乗員は十から十八名ほどだ。

 速度については、追い風の場合、ガレー船は三~四ノットしか出ないのに対して、ピンネースは六~十ノットを出すことが出来た。


 船団の総司令官、ヴァスコ・ダ・ガマは、ブレスト到着の二日前に、旗艦が牽引けんいんしていた連絡艇を先行させた。




 艦隊が来航することは、あらかじめロワール川沿いのブロワの宮廷から連絡が来ていたので、知っていた。それが、いよいよ来るのか。

 港がいた。

 当時のことである。艦隊が来ることは聞いていたが、その目的地などは知らされていない。それでも非日常的なことである。みな来航に期待した。


 連絡艇に乗って来た士官によると、翌日入港の見込みだという。


ブルターニュが誇る大型帆船『マリー・ラ・コルデリエール』の甲板上で、昼食を楽しみながら、艦隊を迎えようではないか、という話になった。

この船は、ガレー艦隊と共にオルダニー島上陸作戦に参加することになっている。すでに戦備は整っていた。


 『マリー・ラ・コルデリエール』については、よくわかっていない。キャラック(カラック)という形式の船で、外洋航海が可能だった。

 いずれも推定値ではあるが、排水量約千トン、全長四十~四十五メートル、横幅八~十メートル、三本マスト、乗員五百名程度であったとされている。

 当時としては大型の船だ。


 加えて甲板には幾つもの砲を備えている。砲を備えているということは、火薬庫も持っているということだ。




 翌日になった。

『マリー・ラ・コルデリエール』の上甲板にブレストの町の名士めいしと、その貴婦人、子息などが集まる。

名士とは、このような人々だ。

マイヤーという町の行政トップ、町の評議会員、城塞の司令官、大商人、司祭等々である。

乗員が五百名程度の船に、さらに三百人もの乗客が集まった。


 男性は上に白いシャツ、下半身にショースという脚に密着する脚衣きゃくいを身に着ける。その上にチュニックという胴衣を着る。

 さらに、晴れやかな行事なので長いガウンを着用した。

 上甲板は露天なのでふちが狭い帽子をかぶっている。素材はベルベットや絹だ。海風で飛んでしまわないようにピンで留めている。

 帽子に羽根飾りを付けているオシャレな男性も何人かいた。


 女性もやはり上に白いリネンのシャツを着る。その上に『コール』と呼ばれる胴を細く見せるファウンデーションを装着した。コルセットのことである。

 そして、ガウンやサーコートという上着を着る。袖はホーンスリーブといって、ひじから先の広がっているものが流行していた。

 また、十六世紀には、スカートは大きくたっぷりとしたものが好まれるようになっていた。


 女性も頭には低めの帽子や、薄手のヴェールを付けていた。


 男女ともに、紫や、深い赤、濃い紺色や緑色などの重厚な色彩を好んでいるようだ。

そして、袖や襟に金糸や銀糸で刺繍を施している。


 海風が甲板を吹き渡ると、女性のホーンスリーブや、男性の羽根飾りが揺れる。日光に白いシャツがまぶしい。

 時々、強い風が吹くと、甲板上から小さな悲鳴が聞かれた。


 そろそろ昼になる。ガレー艦隊は、まだなのか。


 甲板上に軽食の屋台が設けられ、客たちはワイングラスを手にしている。用意してきた話題も尽きた頃だ。誰もが代わる代わる沖の方を見る。




 皆が待ちくたびれた頃、マストの上から叫ぶ声が響く。


「艦隊が見えたぞ」


 一斉に沖に目を凝らす。まだ甲板の高さからは白い帆が見えない。


「どこだ」、「どこよ」と口々に言いあう。


 やっと一つ、白い帆が、点のように青い海から顔を出した。艦隊旗艦の主帆だろう。

 やがて、小さな白い点が増えてくる、そして百を超える数になった。


 誰もが見たことも無いような大艦隊だった。口々に歓声を上げ、そして手を振る。上甲板の客人達は皆、大興奮である。


 無数とも見える三角帆が、幅がわずか一.八キロメートルしかないブレスト海峡を目指してくる。


 その時だった。『マリー・ラ・コルデリエール』の甲板上で歓声を上げる乗客と、ガレー艦隊の間に、右から別の船が、両者を割るように現れた。

 海峡の両岸にそびえる崖の向こうに、一つ、また一つ、見慣れぬ船が現れ、七隻になった。


 どの船も帆が無く、煙突から黒煙を吐いていた。


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