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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
608/648

カレクト

 片田商店艦隊がマラバール海岸の港、カレクトに接近した。

 魚雷艇母艦二隻を中心にして、戦艦二、砲艦十、魚雷運搬船四隻が艦隊の中心だ。

加えて、輸送船、石炭運搬船、病院船など二十隻が付属する。

 インド洋で活動していた戦艦、『比叡ひえい』と巡洋艦『妙高みょうこう』、『那智なち』はカレクト沖で合流して、共に大西洋に向かう。


 

 当初、艦隊はコチンに入港する予定だったが、コチン商館の館長がカレクト入港を勧めてきたのだ。コチンは片田商店がインドに進出したときに、最初に商館を開いたところだった。なので、コチンの方が勝手がよいのだが、それをあえて、カレクトに行けと言ってきた。

幸い故障している艦もなく、食料と水の補給だけだったので、コチンの勧めに従う。

石炭運搬船だけがコチンに向かった。


コチン商館長が無線で、外交も大事だ、といって笑い声をあげた。


 午後遅くの太陽を背中に受けて、艦隊が近づくと海岸から火矢ひやが飛び、幾つもの火の粉が天に向かって噴き上げられた。

 歓迎の花火のつもりなのだろう。


 艦隊に必要な物資は無線で伝えてあるので、カレクトの商店が徹夜で積み込んでくれることになっている。


 片田順は、この艦隊の司令長官ということになっている。内心、艦隊司令が務まるのか、そう思った。しかし、艦隊は片田商店の資産だ。片田が務めるしかない。この時点での旗艦、戦艦『比叡』に司令官旗を立てて、座乗している。


 カレクトの王をザモリンとよぶ。そのザモリンの使いが『比叡』に寄せて来た。


「当地のカタダ商店の店主から、カタダ殿が座乗しているとのことをうかがいました。ぜひ今宵は士官の皆様とともに、カレクト王宮で過ごしていただきたい。宴の用意をしてお待ちしておりました」と丁寧ていねいな挨拶だった。


 コチンの商館長が言っていたのは、これのことか。片田が、そう思った。


カレクトの住宅地に無差別な砲撃をおこなったポルトガルだった。そのポルトガルを退治しにいく艦隊だ、歓迎したくもなるだろう。

 招きに応じることにした。




 午後の陽はすでに傾き、水平線に朱がさしはじめていた。連絡艇が岸に近づくと、潮の香に混ざって花の香りが漂う。

 小舟が砂浜に乗り上げると、波打ち際の群衆が一斉にどよめいた。砂の上には、彩り鮮やかな布を身にまとった人々が並び、客人たちを迎えた。


 ザモリンは海岸の離宮で片田達を待っているという。輿こしが用意されていた。それに乗って離宮までのわずかな道を進む。


港から離宮へと続く道の両側には、町の住民たちが並び、両手いっぱいに摘んだ花びらを抱えて待ち構えていた。赤やピンクのハイビスカス、香り立つ白いジャスミンが彼らの行く先々に撒かれていく。


 背の高い椰子やしの木の間から、夕陽が長い影を落とす。片田と各艦の幹部を乗せた輿が、だいだいと影のまだら模様の中を進んでいく。

 子どもたちは花を撒く大人の傍らで、はしゃぎながら見上げ、見知らぬ異国の使節たちを興味深そうに目で追った。


 列が、白壁と赤い瓦をいただいた王宮の楼閣に入って行く。門のあたりから、すでに香料の香りが漂っている。

 離宮の中庭に臨時の宴席が設けられていた。灯火が無数に灯され、高く伸びる椰子の間に絹の天幕が張られていた。

  中央には高座がしつらえられ、ザモリン(カリカット王)が黄金の冠を戴き、深紅の絹衣をまとって座していた。左右には廷臣たちが整然と並ぶ。


 輿から降りた片田達が、用意された席に着く。


 ザモリンが立ち上がった。

「カタダ・ショーテンの丈夫ますらおたちよ、よくぞこの地に来られた。聞くところによると、ポルトガルをらしめるために、西の綿津見わたつみに向かうとのこと」

「ポルトガルは、罪なき我らの町に頭上から砲弾を落としてきた。我らカレクトの民は、この丈夫の出征の幸先を祝って、ここに宴を設けることにする」

「カレクトの民よ、見よ。この丈夫達が、我らの怒りを、我らに代わって西の果てに届けてくれる」

「我が民よ、祝福の拍手を彼らに捧げよ」


 そして、万雷ばんらいの拍手で、会場が震えた。




 宴の半ば、ザモリンが片田に話しかける。

「カタダ殿、実は折り入って頼みがある」

「なんでしょう、私に出来ることならば、承りますが」片田が言った。

「実は、この男はわしの弟だ」そういって、ザモリンの右に座る若者の方に手を当てた。王よりかなり若い。若者といってもいいだろう。


「マーナヴィクラマといいます」若者が言った。

「そうじゃ、わしと同じ名前だ」ザモリンが言った。ザモリンの名前はマーナヴィクラマ・ラージャという。ここでラージャは王とか藩主という意味だ。

「マーナビクラマさんですか」

「マーナとお呼びください」マーナヴィクラマが言う。


「この若者は、次の王になる予定だ。なので、カタダ殿の艦に乗せていただけないだろうか。我らカレクトの名代みょうだいということで。さすれば、そちたちのいくさにカレクトも加わったと世に示せる」


 片田が、左に座る『比叡』の艦長、金口かなぐち三郎の方に目をやった。艦長がうなずく。


「わかりました。ではマーナさんに同行してもらいましょう」



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