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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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体力の限界

 上甲板と舷側が接する部分を舷縁げんえんという。『衣笠きぬがさ』両舷の舷縁部に陸戦隊が潜んでいる。銃身を短くした小銃を抱えていた。


『衣笠』の上甲板にいくつものガンチョが投げ込まれてくる。


ポルトガルの接弦戦闘方法は、こうだ。


まず、鉄製の十字鉤にロープをつけて相手の艦に無数に投げ込む。そして、鉤が敵船のどこかに引っかかると、ロープを伝って相手の船に乗り込む。

甲板に到達した兵はファルシオンという直刀ちょくとうやダガー(短剣)で戦った。

一方、自船からは火縄銃や、舷側に設置したハンドガンという小口径の旋回砲で『斬り込み隊』を支援する。


 甲板員が手斧を持って駆けだす。鉤についたロープを切り離すのだ。すべての鉤を外すことはできない。ロープを伝って登って来る敵兵を、舷縁に潜んでいた陸戦隊員が身を乗り出して小銃で射撃する。


 接触が短時間だったので、一回目の『斬り込み』は失敗する。


 上空から見ると、『衣笠』を先頭にして左右にガレー船の三角形が出来る。やはり『衣笠』の八ノットよりも、ガレー船の方が、わずかに高速だった。左右から寄って来る。


 村上雅房まさふさの命令で両舷の方が白煙を吹く。砲弾が何隻かのガレー船にあたり、悲鳴が聞こえた。一弾はほばしらに当たったらしい、白地に赤の十字を描いた帆が船首めがけて倒れた。


「ガレーの全力櫂漕かいそう、何分ぐらい持つと思う」雅房が航海長に尋ねる。

「さて、長くても十五分か、二十分程度ではないでしょうか」航海長が答えた。二人とも瀬戸内海の水軍の出身だ。


 後続の『りびあ丸』に接弦しようとするガレー船もあった。なんとか商船だけでも手に入れようと考えているのだろう。なかには、『衣笠』と『りびあ丸』を結ぶ錨索めがけて左舷から突入してくる船もいた。


 何人かのポルトガル兵が『りびあ丸』の甲板に到達したようだった。商船といえども小銃や日本刀の用意はある。白兵戦が始まる。


 錨索を断ち切ろうとするガレー船の帆めがけて『衣笠』の艦尾砲が散弾さんだんを発射する。

 ポルトガルの赤い十字を描いた帆に散弾が当たり、雲散うんさん霧消むしょうした。

 ガレー船が力を失い、後ろに流れていく。そして『りびあ丸』の左舷とりついていたガレー船に衝突する。

『斬り込み隊』の何人かが海上に落下した。


 再度『衣笠』の両舷が白い煙に包まれる。砲弾がすがるように寄せてくるガレー船

を引きはがした。


 そして、ガレー船漕手そうしゅの体力に限界が来た。


 少しずつ、ポルトガル船の速度が落ちてくる。ガレーの上では監督役コマンディーニむちを振るう。けれども、無駄だった。


 最後に、ガレー船の船首から、いくつかのハンドガンが撃たれて、『りびあ丸』の左右に小さな水柱を立てた。

 甲板上の『斬り込み隊』は、自国艦隊が引き離されてゆくのを見て、海中に飛び込む。




「なんとか、逃れることが出来ましたね」『衣笠』の航海長が言う。

「そうだな。艦を預ける。先行した船団に合流してくれ。私は『りびあ丸』と話してくる」艦長の村上雅房まさふさが言い、そして無線室に降りて行った。


『りびあ丸』の船長と航海長はボイラー爆発の時に船尾楼にいたため、全身に火傷やけどを負っていた。船首付近にいた甲板長が助かり、現在『りびあ丸』を指揮していた。

「機関の様子はどうだ」村上雅房が甲板長に無線で尋ねる。

「機関を止めましたが、まだ下に降りていくことができません。機関室の様子は不明です」甲板長が答える。

「では、修理できるかどうか、わからないということだな」

「はい、実際にボイラーを見てみないと何とも言えないでしょう」

「それは、そうだろうな。では工作船の呼び出しは被害状況を見てからのことにしよう」雅房が答える。


 そのあと、村上雅房はオルダニー島に状況を説明し、無線室から出た。甲板にはサイラスを囲む輪が出来ていた。


「サイラス、よくやったな」『衣笠』の甲板長が何度も言う。

「もういいよ。そんなに何回も褒められると、恥ずかしいよ」

「そうか、そうか、そりゃあすまん。ただな、上手うまくいったから白状するが」

「え、なに」

「実は、俺は巡洋艦から魚雷を発射することは無いだろうと思っていた」

「そりゃあ、そうだよね。魚雷艇から撃つもんだから」

「そうだろう、なので、おまえにはすまんが、いいかげんに担当を選んだ」

「そうなのか」

「ああ、サイラス、おまえ小銃射撃も下手だろう」

「まあ、そうだけど」

「なので、銛魚雷を使って『りびあ丸』を牽引すると決まった時に、少しあわてた」

「失敗すると思ったんだね」

「そうだ」

「だからあんなに親身しんみになって一緒にやってくれたのか」

「任命責任というものがあるからな」

「なんだ。いい人だなあ、って一瞬だけど思っていたのに」


「成功したんだから、いいじゃないか」




 インド洋で先に手を出したのは、片田商店だった。しかし、ポルトガル王国という国家が正面から戦闘を挑んできたのが、この海戦だ。

 これは、後には引けないことが始まった、ということだ。



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