試射 (ためしうち)
巡洋艦『衣笠』が『りびあ丸』から離れて東に向かう。正面には二十隻のガレー船が横一線に並び、こちらに向かってきている。
風は西風なので、ガレー船は櫂漕している。
村上雅房が『衣笠』を最も接近しているガレーに寄せ、前方五百メートル程のところで機関を停止させた。あとは惰性で進む。
クレーンが通常魚雷を上甲板から釣り上げる。
船首に立ったサイラスと甲板長が魚雷の舵機を操作する。大丈夫だ、舵は動いている、と魚雷を見る水夫が言った。
「魚雷降ろせ」甲板長が命令する。魚雷は着水すると、水の抵抗で自然に鉤が外れ、艦尾の方に移動する。『衣笠』の総舵手がわずかに『取舵』を打つ。
「サイラス、当たらなくてもいいからな。この一発目は舵の感触をつかむために撃つんだ」甲板長が言った。
「わかったよ」
「よし、じゃあ、発射だ」
サイラスが舵と発射ボタン兼用のダイヤルを押す。シュッという音がして魚雷が走り始めた。
「わずかに左右に振ってみろ。感触をつかむんだ」甲板長が繰り返した。サイラスがダイヤルをわずかに左右に回す。
「けっこう急に曲がるね」サイラスがそういって、無線操縦用の箱を舷側に押し付けた。
「いけそうか」甲板長が尋ねる。
「わからない。こっちの魚雷は、船に当てさえすれば爆発するんだろ。でも銛魚雷の方は勢いよくぶつけないと、銛が刺さらないと思うんだ」
「そりゃあ、そうだろうな。勢いが必要だろう」
「もうすぐだ」そういって、サイラスが緊張する。そして、二百メートル先のガレー船に、ドンッと魚雷が当たる。水柱が上がった。
「サイラス、やったじゃないか」甲板長がうれしそうに言った。甲板長が艦尾楼の方に振り向いて手を挙げた。これで、いける、という合図だ。
『衣笠』が『りびあ丸』の方に旋回する。
「実際に撃ってみた感じだと、魚雷が真正面に進んでいる時が一番操作しやすいと思う」サイラスが言う。
「そりゃあそうだろうな。斜めだと、前後の間隔がわからない」
「なので、こうしたらいいんじゃないかと思う」
「ん、どうやりたいんだ」甲板長が尋ねる。
「まず、『衣笠』を『りびあ丸』の正面に向けて欲しいんだ」
「それはできるだろう、いまそっちにむかっているからな」
「そして、この魚雷は三百メートル走れるってことだから、『りびあ丸』から二百メートルくらいのところで、発射しよう」
「それで」
「魚雷が三十ノット、『衣笠』が十五ノットだから、魚雷が『りびあ丸』に接近したときには百メートルの距離だ。それならば確実に当てられると思う」
「当たったのを確認したら、『衣笠』は旋回してもいいんだな。巡洋艦が停止するまでには時間がかかる」
「それは、構わない」
「よし、じゃあ、艦長と航海長の所に行こう。それでいけるかどうか相談するんだ」
この時代の錨索は麻や亜麻の繊維で作られた太い綱だ。なので、海水に入れた時、十分から二十分程の短い時間は水に浮く。
しかし、それを舷側まで持ち上げるのが困難だった。一度海中に入れてしまえば、海水を含んで極めて重くなる。
彼らが魚雷を検討しているのは、このことによる。
『衣笠』から伸ばした錨索を『りびあ丸』の舷側まで持ち上げるのは、難しい作業だった。しかし、銛魚雷ならば、水面すれすれのところに銛が打たれるので、錨索を結びやすい。
『衣笠』と『りびあ丸』が接弦すれば、乾いた錨索を甲板から甲板に移せるだろう。
その方法も考えられる。しかし、海峡とはいえ、波のある外洋で、しかも周囲からガレー船が殺到してきている時に接弦し、もし二隻のどちらかが破損したら、目も当てられない。
「その方法で、だいたい良いだろう。だが『衣笠』は、舵を入れてから効き始めるまで、数秒かかる。二百メートルは、魚雷で十三秒だ。なので、魚雷が中間点に達した所で舵を入れた方がいいだろう」航海長が言った。
「その方がいいだろうな。魚雷が命中するまでは、ほとんど旋回を始めないから、外すことはないだろう」艦長の村上雅房が添えた。
そして、彼らの計画通りに、銛魚雷が命中する。『衣笠』が反転して艦尾を『りびあ丸』に寄せた。
錨索が降ろされ、銛に設けられた輪に通される。もっとも近いガレー船は二千メートルまで接近していた。
「機関長、最大戦闘速度。砲術長、両舷全砲発射準備。敵艦隊の前で威嚇射撃を行う」村上雅房が命令を発した。
ポルトガルのガレー船隊の前で、『衣笠』が前進を始める。そして両舷砲が同時発砲する。
『衣笠』の両側にそれぞれ、十六、あわせて三十二の水柱が立つ。
『りびあ丸』を曳航している『衣笠』は八ノット(時速約十四.八キロメートル)の低速しか出せなかった。
これは、当時のガレー船が風下に向けて帆走した場合の最大速度とほぼ同じだ。
短時間ならば、さらに櫂を使うことでガレー船のほうが速いかもしれない。
片田商店艦が包囲網を突破しようという意思を見せたことにより、ガレー船隊が櫂漕を停止して、風下に向かって旋回を始める。あわただしく帆が展開される。多数の櫂が、海水を滴らせながら跳ね上げられて、外舷に固定された。
『衣笠』がガレー船の戦列に入り、一隻のガレー船に斜めから接触する。両艦の舷側が悲鳴をあげた。
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