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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
579/648

タンジール

 秋になった。

 スペインはポルトガルの申し出を断る。前年にイサベルが病で亡くなっていた。あの、コロンブスを支持していたカスティーリャ女王だ。

 配偶者でアラゴン王のフェルナンドは戦う気分ではなかった。それに、なにより彼は、当初から新大陸よりイタリアに関心があった。

 二人の間には五人の子がもうけられたが、長男と長女は若くして亡くなる。

 次女のフアナはブルゴーニュ公フィリップ四世に嫁ぐ。これによりスペインとハプスブルク家に姻戚関係ができる。そして後にスペインがハプスブルク朝になる。

 三女のマリアはポルトガルのマヌエル一世の二番目のきさきになる。

 四女のカタリナは、イングランドのヘンリー八世の最初の妻になり、『キャサリン・オブ・アラゴン』と呼ばれるようになる。二人の離婚問題が、イングランド宗教改革の引き鉄ひきがねを引くことになる。


 ポルトガルはスペインを引き入れることをあきらめ、代わりにスペインが所有するガレー船を十隻購入する。そして、自分たちが調達した二十隻とあわせ、秋までに三十隻のガレー船をジブラルタル海峡周辺に配置した。


 タンジール港を見下ろす総督邸。現在『カスバ博物館』がある。

 リスボンからセウタに向かうヴァスコ・ダ・ガマが、ジョアン・デ・メネセス総督と話している。

 今回の作戦の発案者、ヴァスコが作戦全体の指揮を執ることになっていた。

「町の西の山、ベルティカリ山に観測塔を建てました。あそこからはスペイン側のタリファ要塞まで見渡せます。海峡を敵船団が通れば見つけられるでしょう」ジョアン総督が言った。

「敵船団が夜に海峡を通過することはないのか」ヴァスコが尋ねる。

「提督の方が良くご存じでしょう、夜に海峡を渡る船乗りはいません」

「念のためだ、これまですべて昼間に通過しているのか」

「やつらは、かならず昼に通過しています」


「それよりも、もっといい知らせがあります」

「良い知らせとは」

「やつらは、月に二回、定期的に海峡を渡ることがわかりました。地中海に入るのは、だいたい毎月五日、出てくるのは二十日です。一日ずれることはありますが、ほぼその日にやってきます」

「そんなに正確なのか」ヴァスコが驚く。


 風頼みの帆船では、とてもできない芸当だった。驚きとともに、嫉妬しっとの感情も湧いてくる。なんとしてでも、彼らの推進の仕組みを手に入れなければならない。

 インド航海で、何度も風待ちをしなければならなかったヴァスコには、風に頼らない船のありがたみがよくわかる。


「ベルティカリ山が彼らを発見したら、白と黒の狼煙のろしを同時に挙げることになっています」

「連絡用の狼煙台はセウタまでに何基置いた」

「三マイル(当時のポルトガルの距離単位で、約六キロメートル)毎に六基建設しました。演習ではベルティカリが敵船団を発見してから三十分でセウタに連絡できました」

「三十分か、それならば十分だろう」ヴァスコが頷く。


 スペインが参加しないことになったので、ジブラルタルから船を出すことが出来ない。カタダがもっとも北に回った場合、彼の艦隊はセウタから二十四キロメートル先のジブラルタルまでカバーしなければ包囲できない。

 三十分の時間差ならば十分カバーできるだろうとヴァスコは判断した。


「この季節には、北風が卓越するな」ヴァスコが言った。

「北西から北東です。十二月になれば、西風ポニエンテになっていきます」

「では、十二月の五日に彼らが海峡に来た時にしよう。すばやく北のジブラルタルまで展開できる。包囲する際に北風よりも南北に動きやすくなるだろう」

「十二月五日ですね。承知しました。その時に彼らが来たら狼煙を上げます。そしてタンジールの港からガレーを十隻だして、彼らを追跡することにしましょう」


「彼らが通過してから出ることだ。海峡のなかで挟み撃ちにする」

 ヴァスコ・ダ・ガマはそう言って、セウタに向かった。




 その十二月五日になった。


 オルダニー島とジェルバ島を結ぶ片田商店の約四千キロメートルの航路は以下のようになっていた。

 毎月一日ついたちにインド洋の産品を満載してオルダニー島を出港する。船団は経済速度十ノット、時速約十八キロメートルで進む。そうすると五日いつか頃にジブラルタル海峡を通過し、十日とうかにジェルバ島に到着する。

 荷物を積み替えてジェルバ島を十五日に出発し、二十日はつか頃に海峡を通過して二十五日にオルダニー島に到着、休暇などを取り、翌月一日にまた出発する。

 機械的にこの航海を繰り返していた。

 船団は村上雅房まさふさの『衣笠きぬがさ』が先導して五、六隻の商船を護衛する。


 なので、今回も十二月五日にジブラルタル海峡の入口に姿をあらわす。




「前方陸地に黒白の狼煙のろし!」マスト上の見張りが大声で下方の甲板にむかって叫ぶ。

 艦長の村上雅房がその声を聞き、前方の小高い岬を見た。頂上から確かに白黒の狼煙が上がっていた。

 天気は快晴で、弱い西風が吹いている。

 そして、その奥にも次々と狼煙が上がり始め、地中海の方に向かって流れていく。


「これは、『歓迎の儀仗隊ぎじょうたい』のお出ましだ。各船、速度十五ノットに増速。そしてスペイン側の砲距離すれすれの航路をとれ」

村上雅房が艦尾楼かんびろうで叫んだ。


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