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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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ジョアン・フェヘイロ

 近衛兵このえへいに導かれ、ジョアン・フェヘイロがリベイラ宮殿の奥へ向かう。まだ建築中であったが、それでも王室一家の居住部分などは完成していた。

 小礼拝所から伸びる廊下を抜け、小さなドアを開けると、中は王室専用の祈祷きとう室だった。右手奥に祭壇があり、香炉こうろ蠟燭台ろうそくだいが置かれている。


 近衛兵は、ここで待つように、と言って出ていった。


 背後の高窓から日光が斜めに指している。祭壇は東を向いているのだろう。乳香と木の香りがする。

 祭壇の両脇に地球儀と天球儀があり、奥には、金箔を張られた四角い聖遺物せいいぶつ箱がある。

 ジョアンがこの部屋に入ったのは、初めてではない。国王と密談するときには、この部屋を使う。まだ建設中なので、密談に適した部屋が無かった。

 ジョアンが祭壇を眺めていると、左手の扉が開き、ジョアン一世王が現れた。


「無事に帰って来たか、フェヘイロ。なによりじゃ」マヌエルが言った。

「再び御尊顔を拝したてまつること、幸いであります」

「堅苦しい事はよい、普通に話せ」


 ジョアン・フェヘイロは、イングランド人の父と、ポルトガル人の母の間の子で、イングランドで生まれ育った。

 そして、父の仕事を継ぎ、自前の商船で商売をしている。

 最近の主な積荷はオルダニー島の尿素にょうそだった。これをポルトガルに運ぶ。尿素一に対して草木灰そうもくばい五を混ぜて肥料とすると、麦、ブドウ、オリーブなんでも良く育つ。

 ポルトガルからイングランドにはワインやオリーブオイルを運ぶ。


 あるとき、ポルトガル入港時に運悪くスパイ容疑をかけられた。ポルトガルの造船所リベイラ・ダス・ナウスの近くに持ち船を停泊させてしまったので、疑われた。

 この造船所は、王宮のあったコメルシオ広場の西側にあり、通りにその名を残しているだけではなく、当時のドック跡も残されている。

 Ribeira das Naus とはポルトガル語で、『ナオ帆船の川岸』という意味だ。また、一本奥に入った通りを『アルセナル通り』という。これは「造船所通り」、あるいは「兵器廠へいきしょう通り」という意味になる。


 取り調べを受けている時に、マヌエル王の目に留まった。英語とポルトガル語が話せて、オルダニー島に出入りしているのならば、商売の片手間に、向こうの様子を調べて、王に直接報告してくれないか。そうするならば、嫌疑けんぎを解き、今までどおり商売をさせるが、と言った。

 ジョアン・フェヘイロは、私は政治向きや国際情勢のことには興味がない。関心があるのは商売だけだ。なので、向こうで見聞きしたことを話すだけでよいのであれば、と承諾した。

 イングランドでの本名はジョン・スミスという。スミスもフェヘイロも同じ『鍛冶屋かじや』という意味だ。


「で、今回はどうだった」

「はい、まずカタダというのは、国名ではありませんでした」

「では、カタダは何者だ」

「商店の名前です。商店とは、ポルトガル語ではカーサのことです」

「エスタードではないということだな」

「はい」

「商人が軍艦を持っているのか」

「そのあたりは、どのようになっているか、わかりません」

「よかろう、でオルダニー島に軍艦は何隻ある」

「三隻です、大きいのが一隻と、中ぐらいのが二隻です。中ぐらいといっても、最も大きいナオくらいの大きさです」

「それは大きいな。で、戦闘しているところを見たことはあるか」

「ありません」


 海戦というのは、海上で行われる。なので地上戦と異なり一般人が見ることは少なく、また戦跡も残りにくい。

 たとえば日露戦争の日本海海戦でも、一般人でこの海戦を目撃しているのは沖ノ島の佐藤市五郎など、数名に過ぎないであろう。


「島の様子はどうだ」

「以前にも、少しお話しましたが、オルダニー島は東西に三.五海里ほどの小さな島です。その島の北側に大きな湾、南側に小さな湾があります」

 そういって、前回より詳細なオルダニー島の地図を取り出して、マヌエル王に見せる。


 ヴェネツィア産の上質な紙に書かれていた。王の目に触れる物である、国産の安紙を使う訳にはいかない。繊細な透かし模様が入っており、一流工房の製品であることを示している。表面にはにかわが引かれており、インクがにじまない。


「うむ、覚えておる。北の湾が、商船が入るところであると言っていたな」

「はい、そうです。そしてカタダ商店の軍船は南の湾を基地としているようです」

「行ってみたのか」

「島の東側三分の一は、自由に出入りすることは出来ません。私もまだ入れていません」

「そうか」

「しかし、北の湾は自由に出入りできます。境界の所には柵が建てられています。柵の向こうには、幾つも倉庫ファクトリーが建てられていて、一部の倉庫は煙突から黒い煙が出ています」

 この当時のファクトリーは、工場という意味で使われていない。商館とか、取引所などのことである。

「何をしておるんじゃろう」

「さて、わかりません」


「その、カタダの領地に入ることはできないのか」

「なにか、理由がなければ入れません。例えば、文豪のエラスムスは時々出入りしているといわれています」

「あの人文主義者のことか」

「はい」

「なんの用事があるというのじゃ」

「それも、わかりません」

「この地図は」

「置いてまいります。そのつもりで持ってまいりました。しかし、測量をしたわけではないので、方向や距離は不正確であることをご承知おきください」

「わかった。下がってよい」そういって鈴を鳴らす。


 ジョアン・フェヘイロを祈祷室まで導いてきた近衛兵が入って来て、ジョアンを連れて出ていった。


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