在庫管理
鍛冶丸が二人の孫と共に、インドから商船に乗って帰って来た。『比叡』はまだインド洋にいる。堺の片田商店に現れ、インドの土産物を披露する。
世界で最も豊かな国の一つだ、鍛冶丸がそう言った。確かに宝石や金銀細工、織物など、目を奪われる物ばかりだ。
「しかし、期待していた金属資源は、さっぱりだった」鍛冶丸が残念そうに言う。彼は真鍮、つまり銅と亜鉛が入手できると期待していた。
真鍮は切削加工が容易なので、錠前、時計部品、その他精密機械の材料に適している。
それに、弾薬の薬莢としても使われる。身近なところでは現代の五円玉が真鍮製だ。
「まあ、銅と亜鉛は北アメリカ交易で、最近はいってくるようになったから、そっちに期待しよう」石英丸が言った。
「ところで、戦艦での各種消耗品や損耗はどうだった」
「うん、これだ」そういって鍛冶丸が和綴の帳面を机の上に広げた。ここは堺片田商店の石英丸研究室だ。
「ずいぶんと細かく調べてきたな。おっ、燐寸の消費まで載ってる」石英丸が感心する。
「戦艦級には、主計官を置いたほうがいいかもしれない。百数十人の人間が艦で暮らすと、とにかくありとあらゆる物が必要になる。」これは、鍛冶丸。
「そうだな。そして、海の上ではすぐに補給できない」
「そうだ。無いと命にかかわるものもある」
「そして、航海中は暇だったので、こんなものも作ってみた」そういってもう一冊の帳面を出した。
「これは、なんだ」
「もし、『じょん』が言うように、西洋と戦争になったとき、どのような資源が必要になるか、考えてみた」
「『じょん』は、地上戦は不可能だろうと言っていたが」
「ああ、地球の反対側まで行って地上戦をやるのは、無理だろう。この帳面をまとめてみて、改めてそう思った」
石英丸が帳面をめくってみて、いくつかの項目に目を通す。
『小銃弾』という項目があった。
小銃弾-鉛銃弾、黒色火薬、真鍮、雷管
その下に、
鉛銃弾―鉛
黒色火薬-硝石、木炭、硫黄
硝石-アンモニア-石炭
真鍮-銅▲、亜鉛▲
雷管-塩、アンモニア、酢▲
などと書かれている。小銃弾を作るために必要な資源を書き下したのだろう。
「この黒い三角は、なんだ」
「いざ、戦争が始まったら、不足しそうなものだ」
「なるほど、しかし、酢が不足するのか」
「わからないが、地上戦ということになったら、莫大な量の小銃弾が必要になるだろう、足りなくなるかもしれない。アンモニアは工場を増設しておけばいいが、酢をどうやって調達する」
「なるほど、醸造するには時間がかかるな。間に合わなくなるかもしれない」
「そうだ」
「まてよ、炭化カルシウムは工業的に作れるだろう。だとしたらアセチレンが大量生産できる。これを酸化させてアルデヒドにすれば、酢酸をつくれる。工業的に量産できるじゃないか」
「それは、できる。しかし、アセチレンを酸化させる水銀が危険だと『じょん』が言っていた」
片田が現代にいた一九六〇年代、『水俣病』が問題になっていた。
「じゃあ、いざとなったら、木酢液から作るしかないな」
「そうだ、俺もそう思う。その量産方法を今から研究しておかなければならないということだ」鍛冶丸がうなずく。
「なるほど、これは便利な物をつくってくれたな」
鍛冶丸が列挙した項目には、他にも手榴弾、迫撃砲弾、迫撃砲、噴進砲弾、噴進砲、魚雷、魚雷艇などがあり、大きなものでは、砲艦、巡洋艦、戦艦などという項目もあった。
「ところで、この戦艦の消耗品の方なのだが」鍛冶丸が言う。
「なんだ」
「電子計算機が使えるようになっているだろう」
「ああ」
「あれで、在庫管理ができるんじゃないかと思うんだが」
「もちろんだ、その準備をさせている」
「やはり、そうだったか」
「いま、紙テープ装置を八台まで接続できるように変更している」
「どうやって、やるつもりだ」
「まず、在庫マスターというテープを作っておく。舶用品に番号を付けて在庫数もあわせてマスター・テープに記録する。舶用品番号を舶用品コードと呼ぶことにする」
「うん」
「紙テープには、固定した長さの舶用品コード、その在庫数量が、交互に記録されていることになる」
「わかるよ」
「で、ある船に搬入する品の番号と出庫数を記録した出庫伝票テープを用意する。順番は舶用品番号の順番に並べておく。これを二番目のリーダにつける」
「それで」
「三番目のリーダには、新品のテープを付けておく」
「なるほど」
「二番目のリーダの先頭データを読み込む。次に一番目のリーダを読む。両者の舶用品コードが一致しなければ、一番の内容を三番にそのまま書き込む。一致したら一番の数量から二番の数量を引いたものを三番に書き込む」
「その繰り返し、ということだな」
「そうだ、三番に出力されたテープが、新しい在庫マスター・テープになり、一番のテープは廃棄する」
「できそうだな。入庫の時は足し算するだけだ」
「そのとおり、もう設計を始めている」
「それ、生産計画にもつかえそうだな」鍛冶丸が言った。




