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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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トメ・ロペス

 ヴァスコ・ダ・ガマの船団は、近くのバテイカラという小港に寄り、ここで水や食料を補給する。この訪問は平和的に行われた。


 ヴァスコは補給の済んだ船団を南下させ、カナノールやカレクトの沖に展開させる。


 ここで遅れてリスボンを出港した五隻のうち、行方不明になっていた二隻と合流する。二隻のうちの一隻は、船名は分かっていないが、フィレンツェ人ルイ・メンデス・デ・ブリトが所有する商船だった。この船の書記官トメ・ロペスが船団の以後の行動の詳細を残している。


 この船は商船だった。つまりヴァスコの船団は二種類の船で構成されていた。一つは香辛料貿易のための商船隊。もう一つはポルトガルの軍艦群だった。


 商船に乗る商人達はいぶかしく思ったであろう。なぜ、すぐにインドの港に入って取引を始めないのか。

 しかし、ヴァスコは本国を出発するときに、ポルトガル王から以下の命令を受けていた。


・まず、現地に確固たる商館を置くこと

・商館を足場にしてアフリカ、インド沿岸の都市に有利な条件の交易を同意させること

・もしこれらの都市が友好的交易に同意する場合はこれを歓待し、同意しない場合には武力によって強制的に同意させること

・交易に成功したら、一部艦隊と商船隊は帰国するが、残りの艦隊はインド洋に残ること

・インド洋艦隊はイスラム商船の通商を破壊し、紅海への香辛料等の輸送を閉塞へいそくすること


 そして、もしこれらが計画通りに進んだ場合、後続の艦隊と合わせ、紅海へ船を進める。そして、アフリカ北岸から上陸したポルトガル軍と合流してエルサレムを奪回だっかいすること、等である。

 これらは、ヴァスコの第一回航海時の観察から練られた計画だった。“アラビア海の船は柔弱じゅうじゃくであり、ポルトガルのような大砲を搭載することは出来ない”。あの、観察の事だった。


 そして、商船隊の商人達には、そのようなことは知らされていない。


 商人達が見ていると、水平線に白い帆が浮かぶたびに、ポルトガル軍艦がそれを追跡し、臨検りんけんする。

 最初に捕捉ほそくした小さな船はヤムイモを積んでいるだけだった。聞くとカナノールに行くという。しばし考えた挙句あげくヴァスコはこれを解放する。

 カレクトの近くに友好的な港が欲しかった。


 その後も、幾つかのダウ船を捕捉するが、どれもたいした物は載せていなかった。九月の終わりに近づく。ヴァスコはすこしあせってきた。

 もうすぐ、西のアラビア・アフリカから東のインドへの季節風への時期が終わる。

 その前に、現地で商売するための元手を稼がなければならなかった。現地で強奪した金・銀や貴重品を使って香辛料を購入しようというのだ。


 九月の最後の日の朝、水平線に白い帆が見えた。近づいてくると巨大な客船だった。舷側げんそくの低い部分でもポルトガル軍艦の艦尾楼かんびろうよりも高い。

 こんな大きなダウ船もあったのか。ヴァスコが驚く。

 舷縁げんえんは極彩色に塗装されていて、帆は真っ白だった。カイロのスルタンが所有する豪華客船メリ号だった。

 メッカ巡礼の帰途にある巡礼者や、豪商ごうしょうを三百人程も載せて、カレクトの港に向かう途中だ。


 メリ号はヴァスコの艦隊が接近すると、帆を降ろして停止した。マラバール海岸にも海賊は出没する。いつもの海賊だろう、そうメリ号船長が判断した。ヴァスコの艦隊が風上を抑える。

 メリ号の船長はマムルーク朝のスルタンからポルトガル船に警戒するように、と注意を受けていた。しかし、目の前の船がポルトガル船であることに気付かない。ただ、初めて見る形の船だな、と思っただけだった。


 ジャウハル・アルファキフという商人がヴァスコの船にやって来る。メリ号乗客のなかで最も裕福な豪商だった。

「ずいぶんとくたびれた帆を使っているようだな、海賊ども。新しい帆を購入する代金を金貨でくれてやるから、解放せよ」

「断る」ヴァスコが言った。五年前海賊扱いされて、無数のダウ船に追跡されて逃亡したことを思い出す。彼らには、我々などみすぼらしい海賊にしか見えないのだろう。

「では、カレクトの港で、貴様達の船が一杯になるほど、香辛料を積んでやろう。料金はわしが負担する。それまでのあいだ。わしはこの船で人質になる。それならばどうじゃ」

「それも、断る。さっさと自分の船に帰って、船内の金目かねめの物全てを差し出すように命じろ」


 アルファキフがメリ号に戻り、しばらくして客船の船員が金貨を詰めた箱を一つ運んできた。

 ポルトガル人はそれを受け取り、さらにボートを幾つか海面に下ろし、メリ号から、さらに金品を奪った。


 商船隊には、何が起きているのかわからなかった。どう見てもポルトガルの軍艦が海賊行為をしているようにしか見えない。こんなことがあるのか。

 ポルトガルの軍艦がメリ号の周囲を囲むようにして拘束こうそくしている。ボートがメリ号に行って、なにがしかの箱を積んで軍艦に帰る。

 それが、次の日も、そのまた次の日も続いた。


 フィレンツェ商船の書記官トメ・ロペスも不思議なことが起きている、と書き残している。商人達には、メリ号の中で、何がおきているのか、想像はできたが見ることはできなかった。


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