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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
532/648

艦砲 (かんぽう)

 カレクト、コチンなどの港がある海岸をマラバール海岸という。インド亜大陸の南西岸だ。ここには東西から多様な商品が集まって、しきりに交易が行われていた。


 アフリカ東海岸からは、金、象牙などが来た。

 紅海からは地中海の産物が来る。穀物、銀、銅、水銀、はがね、毛織物だ。

 アラビア半島の先端にはアデンという港があった。

 乳香にゅうこう没薬もつやく、アラブ馬、生糸、硝石、硫黄、さまざまな食料品がアデンからやって来る。

 インド亜大陸の西の付け根にはグジャラート王国があって、米、アラブ馬の産地だった。


 マラバール海岸は、米、胡椒、生姜ショウガ、シナモン、白檀びゃくだんの産地を背後に持つ。


 インド亜大陸の反対側、セイロン(スリランカ)はさまざまな宝石を産出する。

 東南アジアのマラッカからは砂糖、中国の絹や陶磁器、丁子ちょうじ、ナツメグ、様々な香辛料が来る。

 ここに挙げた物以外にもありとあらゆるものが、この海岸にやってきて取引された。


 このような豊かなところに、西の果てからやってきて、多少の毛織物を置いたところで売れるはずが無かった。


 カレクトの市民は少し安心した。大したものではなかったがポルトガル人は商品を下ろして商売を始めた。海賊ではない。イスラム商人達も、これでは競争にならんな、と思う。


 やがて、ポルトガル船は交代で水夫を上陸させた。これもいいことだ。彼らの船は依然として入港をこばんでいるが、少なくとも警戒していないという事だ。

 水夫たちは、自分達の持ち物と地元の商品を交換しはじめる。真鍮しんちゅうや銅の腕輪、新品のシャツなんかだ。これを香辛料や小粒の宝石などと交換する。

 反対にカレクトの市民が四キロの距離を帆走してヴァスコ達の船に来ることもあった。彼らは魚を持参して西洋のパンとの交換を求めた。


 これならば、今後うまくいくだろう、ヴァスコが判断した。当地に数名を残し、売れ残っている商品の管理を任せることにしよう。次のポルトガル船が来るまで危害を加えられることはあるまい。


 ヴァスコが帰国を決断した。八月の上旬のことだった。

 国王に向けて出発の挨拶を行う使者を派遣する。使者はサン・ガブリエル号の書記官、ディオゴ・ディアス。この男はバルトロメウ・ディアスの弟だった。

 ディオゴ・ディアスは、カレクトの宿で四日待たされた。何故こんなに待たされるのか、彼は合点がいかない。しかしカレクト王国の方では、それどころではなかった。


「西に向けて出港するというのか、あの者達が」王様が言う。

「はい」

「しかし、八月だぞ、そんな無茶な航海をする者はいない」

 インドからアフリカ東海岸に向けて帆走するならば、時期は十二月から三月の間である。六月から九月の間は、その反対の風が吹き、向かい風だった。

「あのポルトガル人とやら、やはり海賊だったのではないか。西に行こうなどと嘘をついているに決まっている」イスラム教徒の家臣が言った。

「あの方々は、この海域に不慣れです。八月がアフリカ航海に向いていないことを知らないのではないでしょうか」ワリがポルトガル人に同情して言う。

「さて、どうだかな。あいつら、未だに船を入港させないではないか」

 王様のひたいに汗が流れる。


「もう我慢がならん。不慣れな地に来た者達であろう、そう思い許してきたが、入港せず、港湾使用料も払わずに出航するつもりか」王様が言った。イスラム教徒の家臣が舌を出して喜ぶ。


 というところにディアゴ・ディアスがカレクト王の前に連れてこられる。

「別途書面で申し上げました通り、我らの指揮官は帰国を望んでおります。当方が港の倉庫に預けた品物は続けて保存していただくこととし、商売のため数名をこの港に残しておきます」

 ヴァスコにしてみれば、半分人質として預けると言っているつもりだ。こちらは、カレクトを信用して人を預ける、ということを主張している。

「その方達、帰国するということは、アフリカを目指して出港するということか」

「はい、そのとおりです。ここにお別れの為の贈り物を持参してまいりました。琥珀こはくや絹など、この港で購入したものではありますが、我々の精一杯の誠意として、お受け取り下さい」

「それはいい、わしは見たくない」王様が言った。


 なるべく高価なものを選んだつもりだったが、これでもやはり駄目か、ディアゴ・ディアスが内心思った。しかし、それでも次の言葉を言わなければならなかった。


「お別れにあたって、お願いがあります。我々が当地カレクト王国に到着した、という証拠の品が必要です。それがないと、我々がインドに到着したと信じてもらえないからです。

 証拠の品としては、肉桂シナモン丁子クローブ、胡椒などです。それも少量では証拠にならないため、二百キログラム程必要です。すべてを所有しておられる国王様にとっては、わずかなものでしょう」

 ヴァスコはコロンブスの航海を知っていた。コロンブスがいくらインドに到達したと主張しても、胡椒も金も持って帰って来てはいなかった。確かにインドに到達したと証明するために、まとまった量の香辛料が必要だった。


 使節だと言っておきながらろく贈答品も持参しない、売れもしないゴミのような商品を入庫させて、手間をかけさせる。保管料は売上から差し引かれるのだから、売れなければ倉庫の邪魔になるだけだ。あげくのはてに入港せずに港湾使用料を踏み倒しておいて、さらに二百キロの香辛料を渡せというのだ。そして、この季節だ、どこにズラかるかもわからない。ひょっとしたらコチンかセイロンに向かうのではないか。


 ヴァスコの側は、イスラム教徒を警戒し、この港の習慣を知らないだけだった。

しかし、カレクト王からしたら、とんでもない連中だった。


「出発したいならば、港湾使用料を納めて、さっさと出発したらよい。それがこの土地と、この土地を訪れた者の従うべき慣習だ。そう、司令官に伝えるがよい」そう言い捨ててディアゴ・ディアスを退出させた。


 ことは、それで終わらなかった。ディアスが商品倉庫にいったところ、そこに監禁されてしまう。イスラム教徒の家臣の差し金だったかもしれない。

 ディアスが船から同行させてきた黒人少年を密かに脱出させ、船に連絡した。


 ヴァスコは、なぜ事が急変したのか、わからなかった。ただ帰国すると言っただけだ。ちょっと余計だったのは二百キロの香辛料をよこせ、といったことぐらいだ。それで、ディアスを監禁するほど怒ったのか。


 翌日、カレクト人の小舟の艦隊訪問が途絶える。しかし、数日もすると、警戒がゆるんだのか、また小舟に乗ってやってくるようになった。


 ヴァスコが、艦隊を訪れるカレクト人のうち、身分の高そうな者を選んで拘束した。人質である。ディアゴ・ディアスを返してもらうには、こうするしかなかった。

 

数日後、カレクト人のボートがディアスと倉庫にあった彼等の商品を載せて艦隊にやってきた。ディアスがカレクト王からポルトガル王へ向けた親書をヴァスコに渡す。

それはヤシの葉に鉄筆てっぴつで書かれていた。


“貴国の貴族ヴァスコ・ダ・ガマがわが国にこられました。大変うれしく思います。わが国はシナモン、クローブ、生姜、胡椒、そして宝石に恵まれています。その代わりに金、銀、サンゴ、そして緋色の布を求めます”


 カレクトの王は賢明だった。もしかしたら、西方の有力な国家と友好関係を築くことが出来るかもしれない。その芽を摘むようなことはしなかった。


一方ヴァスコの方は人質の一部を解放したが、数人を選んで本国に連れていくことにした。二百キログラムの香辛料の代わりである。彼らが生証人いきしょうにんになる。

全員が解放されないことを知ったカレクトの住民が奪還作戦を始める。七十隻ものダウ船を繰り出してヴァスコの艦隊に寄せるが、艦隊はボンバルダ砲をぶっぱなして応戦する。

そのうちに嵐になり、陸から離れすぎてしまったので、カレクト人達があきらめた。


ヴァスコ・ダ・ガマが帰港の途についた。


以上が『ヴァスコ・ダ・ガマによるインド航路発見の旅』である。世界史の教科書で学んだ印象とは、ずいぶん異なるであろう。インド航路を発見した業績はすばらしい。しかし、外交的には、かなり残念な航海だった。

往路に水先案内人から季節風について説明をうけていなかったのだろうか。それとも彼等はプロだったので、必要最小限の事しかヴァスコ達に語らなかったのかもしれない。


リスボンを出発してからの、ガマの航海についての地の文章は、かなり省略しているが、ほぼ史実を書いている。会話の部分は、ほとんどが私の創作だ。


 ヴァスコは探検家、そして外交官としてインドに送り出された。しかし、本人あるいは同行者は軍人としての側面も持っていただろう。

 彼等は注意深く観察していた。そして、こう考えた。


 インド洋のダウ船には大型の大砲は搭載できない。船体が柔弱じゅうじゃくだからだ。従って、この海を切り開くことができるのは、艦砲を持った艦隊である、と。


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