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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
515/648

モザンビーク

 ガマの艦隊はリオ・ドス・ポンス・シナイスと名付けた河口に一カ月程滞在した後に出港し、さらに北東を目指した。一四九八年二月二十四日のことだった。

 風は順風で、左手には海岸と空の間にすばらしい森林がどこまでも広がっている。そして、右手には幾つもの島がつらなっていた。


 艦隊は大陸の海岸線と諸島の間をうようにして進む。順風を受けて進む帆船ほど快適なものは無い。しかし、すでに壊血病かいけつびょうの症状が出ている水夫も出てきているので、景色を楽しむ余裕はなかった。

 パオロ・ダ・ガマ艦長は、自分用に持参してきた治療薬を病の水夫たちに配る。


 六日程北上した。海岸線の向きが北東から北に変わる。


 三月二日の朝、彼等の前に湾が現れた。湾に囲まれて一つの島が横たわり、その手前に、より小さな二つの島が奥の島を守るように浮かんでいた。奥の島には住居がたくさんある。港になっているのだろう。前の二つは無人島のようだった。

 ヴァスコ・ダ・ガマがペリオ号に偵察を指示する。小さなキャラベルが湾内に進んだ。一方でサン・ガブリエル号とサン・ラファエル号は、右側の小島に向かう。左側の小島は周囲に白波が立っていたので、危険だと思われた。


ヴァスコがサン・ガブリエル号から見ていると、ペリオに小舟が数隻近づく。襲撃されそうな気配はない。


そしてそれとは別に、ガマ達のキャラックのほうにも、七、八隻の小舟が向かって来る。なにか楽器を鳴らしているようだ。


 ヴァスコが数名の住人を選んでサン・ガブリエルに招き、食事をもてなした。かれらはアラビア語で話しかけてきた。

 通訳のフェルナン・マルティンスが彼らの言葉を聞き分けた。

「あなたがたはどこから来て、何を探しているのですか」住民が尋ねる。

「我々はポルトガルという国からやってきた。自分たちが何を探しているのか、についてはこの町の王が誰なのか聞いたうえで答えよう」ガマがそう答える。

「私はフェズ王国の生まれです。あなたがたの服装はトルコ風ではありませんね。なので、ポルトガルという国から来たというお言葉は真実なのでしょう」


 ヴァスコがきもを冷やす。フェズといえば、ジブラルタル海峡を挟んだ反対側の国だった。セウタやタンジールをめぐってポルトガルとは敵対している。ヴァスコ達が白人なのだが、服装はオスマントルコ風ではないので、このように答えたのだろう。


 しかし、この男はポルトガルという国名を知らないようだった。当時のフェズのイスラム教徒たちは、対岸のスペイン人やポルトガル人の事を軽蔑して『アル・フランク』と呼んでいた。野蛮人の群れ、くらいの認識だということだ。なので、無理もない。

男が続けて言う。

「この町はモサンビクと言います。領主様はサコエジェといいます。領主様は異国の船が到着すると、彼等の求めることを尋ね、交易を望むのであれば取引を許します」イスラム式の交易ルールを説明してきた。


 イスラムの支配する港に到着したことは間違いないようだ。ヴァスコが確信する。顔には出さないが、感動していた。


 苦しく、確証の無い旅の果てに、遂に何百年もキリスト教徒が求め続けたインド・アジアへの道を見つけたのだ。インドに到る道はイスラム教徒にさえぎられ、高い胡椒や絹、陶器を買わされ続けてきた。しかし、直接取引する道が、遂に開けたのだ。

 しかし、同時に警戒もした。キリスト教徒とイスラム教徒は敵対している。素性すじょうがばれると、攻撃してくるかもしれない。


 そして、目の前の彼らは我々がキリスト教徒であることに気づいていないようであった。ヴァスコが思い切って言ってみる。

「我々はインドにおもむき、自分たちを派遣した国王のためにカレクト国王と取引したいと考えています。自分たちはインドへの航海をしたことが無いので、どうか領主様にインドまでの水先案内人の世話をしていただけるように、取り次いでください」

 彼の前の男が承諾した。


 一方そのころ、モザンビーク島に向かったペリオ号の艦長も驚いていた。

ペリオが港に停泊したところに、それを待ち構えた領主様がペリオ号に乗船してきたのだ。


 あさのシャツに上質の生地で作られたガウン、金糸で縁取られたカラフルな帽子、絹製の靴を身に着けていた。まるで、サンバ・カーニバルである。

 そして船長のニコラウ・コエリョを何よりも驚かせたのは、領主様がいていたアラブ風の剣と短剣だった。


 ニコラウもイスラム教圏に到達したことを確信した。彼は周囲を見回し、キリスト教を連想させるようなものが不用意に置かれていないか、確かめた。


 交渉については、サン・ガブリエルのヴァスコ・ダ・ガマに任せるべきだ。そう考えたニコラウは、領主様をもてなすことに専念する。

 なにか贈り物をしようと思ったが、偵察が役割の小船である。さしあたって赤い頭巾ずきんくらいから差し出す物が無かった。

 領主様は、関心が無さそうだったが、それでも受け取った。そして代わりに数珠じゅずのような物をくれた。

「これを身に着けていれば、わしの保護下にいられるであろう。常に着けておくように」




 キリスト教徒であるということを隠しておけば、友好的に接してもらえる、そうヴァスコが判断し、二隻のキャッラックをモザンビーク島まで接近させ、ペリオ号の隣に投錨とうびょうする。


 船上から見ていると、ペリオ船長のニコラウ達が島の有力者にもてなされたのであろう。大きな家から出てきた。両手にオレンジやレモンを抱えている。土産みやげももらったようだ。

 いまのところ、敵対的ではないことが確認できた。ヴァスコが一安心する。


 ニコラウがペリオに搭乗し、こちらに向かって叫んできた。

「この島の領主が司令官殿の船に表敬ひょうけい訪問したい、といっております」

「わかった、準備を整えよう。教えてくれてありがとう」ヴァスコが答えた。

「司令官殿、すごいです。領主の邸や市場には、金、銀、丁子クローブ、胡椒、乳香、真珠、宝石などが山ほどあります」ニコラウがまくしたてる。


 準備を整えよう、と言ったものの、ろくに補給もせず、九カ月も航海を続けた船だ。たいしたことはできない。

 とりあえず一番いい上着に着替え、病気や衰弱している水夫は下の船室に移した。僚船りょうせんから屈強な男達を呼び寄せて着替えさせ、なるべく勢いがあるようによそおう。


 領主様と呼ばれる男が、先ほどにも増した衣装をまとい、小舟でやってきた。従者たちもみな、絹の衣装だった。

 乗艦してきた領主様を、艦内に残っていた最も上等な肉とワインでもてなした。そしてヴァスコが持参してきた帽子やサンゴのビーズなどの装飾品を贈呈した。

 当時の記録をみると、この地のイスラム教徒は、アルコール類を拒否してはいない。


 領主様がちょっと失望した顔をして、それらを受け取る。そして言った。

「インド産の緋色ひいろの綿布を持っていないか」

「持参してきておりません」ヴァスコはそう答えるしかなかった。


 スワヒリ文化圏では、赤や緋色は王族や貴族が身に着ける色とされていた。


 ヴァスコが続けた。

「我々はカレクト王国と交易を行うために派遣された大艦隊の一部なのですが、嵐のためにバラバラになってしまいました。私の船にはほとんど交易品を載せていません。なので、このようなものしかさしあげられないのです。我々の艦隊と遭遇したら、改めて訪問し、緋色の綿布などを贈呈いたしましょう。それにはカレクトまでたどり着かなければなりません。なにとぞ水先案内人を世話していただけないでしょうか」


 まったくのハッタリだった。

 要するに、ヨーロッパはあまりに貧しく、そして、この地はあまりにも豊かだった。


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