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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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醤油!

 昨夜、堺の近く、河内領内の田舎市に火が放たれた。木枯らしにあおられた炎が市の屋台を焼いた。村人の噂では、大量の火矢が放たれていたという。おおかた、石清水か大乗院の僧兵が闇に紛れて嫌がらせをしたのだろう。

 夜間、市は無人で、商品などもあまり置いていない。屋台などは、すぐに建て直せる。搾油器を壊されたのがもっとも痛手であったろう。市の荏胡麻油屋が堺の片田のところに来て、搾油器を修理するか、新しく作ってくれないかと頼み込んできた。

「これは、あたらしく作った方がはやいな。わかった、もう一台作らせるよ」片田が言った。


 片田は寒風を切りながら、堺の商店を見て回っていた。博多に比べれば少ないが、それでもいろいろ珍奇なものが売られていて、おもしろい。

 漢方薬屋には、水牛角すいぎゅうかく犀角さいかく常山じょうざん壇香だんこう陳皮ちんぴ蘇木そぼく藿香かっこう胡椒こしょうなど、どこが原産なのか、見当もつかないものが売っている。

 唐裂屋からぎれやには、さまざまな綾織や絹布が売っている。とびの村のあや向けに派手そうなものをいくつか買った。あやは眼鏡箱に限らずさまざまな小物を作って商売をしていた。かなり売れ行きがよいそうだ。

 この時期は室町時代でも、もっとも華やかで繁栄した時期のひとつだった。足利義政というと、銀閣寺のような枯れた文化を想起させるが、それは応仁の乱後の後半生のことであり、乱の前のこの時期の義政は派手で、驕奢きょうしゃな文化を好んでいた。

 そのような時代の雰囲気が、あやの感覚を受け入れたのだろう。

 たとえば、薙刀なぎなたの刃の元、口金のところに白く大きなぼんぼりを二つぶら下げる、というのが最近流行っている。これもあやがはやらせたものだ。


 味噌屋の店先で、『味噌汁』と書かれた樽を見つける。

「みそしる、ってなんだ」片田が店主に聞く。

「ああ、みそじる、ですよ。紀州の興国寺から持ち込まれたもんでさ。売れるかどうかわからんけれど、頼まれたので置いてみました」店主が言う。

「試してみますか」

「たのむ」

 店主が樽の蓋を開け、中の汁をほんのすこし、土器かわらけに入れて差し出した。

「塩辛いので、気を付けてください」

 香りがなつかしい。片田は、その汁に指をつけてなめてみた。

「醤油ではないか」片田は狂喜した。これが欲しかったんだ。

 自分で作ってしまおうか、とときどき思うことがあったが、いままで忙しさにかまけて後回しにしていた。

醤油には、日本人を狂気に駆り立てる何物かがある。これは、海外旅行をしたことのある日本人であれば、誰でも知っている。

「これを作ったのは誰だ」

「さあ、興国寺から売りに来たもんが言うには、味噌樽の底に残っていた汁を寺男がまとめて一樽にしたもんだそうです」

「今度、興国寺の者が来たら、片田商店に寄るように伝えてくれないか」

「それと、この樽、売ってくれ」

 店主はわかった、と答えた。


 その男は米麹を入れた箱を大事そうに抱えて、片田の商店に入ってきた。

「興国寺からまいりました。寺男の豆蔵というものです」

 片田は広い土倉を一つ手に入れた。豆蔵はその一角で醤油を作り始める。


 醤油を売るためには、醤油の需要を起こさなければいけない。おたきさんだな。片田は思った。醤油の樽、蕎麦粉などを持ってとびの村に向かう。

「これ、なんだ」大和の、ある関の関守が言う。

「さあ、醤油というもんだが」

 関守が蓋を開ける。これまでみたこともないものだ。

「いくらで売ろうとしているのか」

「値段は、まだない。初めてつくったものだからだ。当然、醤油座もない」

「値段がつけられないと、関銭もとれねえな」関守が言う。

 結局雑穀と同等の関銭を取られた。最低の税率だった。


「ソバって練って、かすもんだろ、そうめんみたいにするのか」おたきさんがいう。

 片田は練った蕎麦と麦粉を麺棒で平たく延ばす。それをたたんで包丁で切った。

 鍋に少なめの水と昆布を入れて沸かす。花鰹はなかつおを加えてもう少し煮る。醤油を加えて沸騰したところで鍋を降ろす。このめんつゆをどんぶりに少しいれ、湯で割る。

 別の鍋に切った蕎麦をいれて煮る。茹で上がったところで、ざるに移し、茶わん一杯分掬いとり、先のどんぶりに入れる。刻んだネギを上にかけて、おたきさんに渡す。かけ蕎麦である。

「うん、うまいよ。順。蕎麦ってこんな食べ方があるんだねぇ。いままで飢饉のときに食べるもんだと思ってたよ。おいしいね」

「もうひとつ、別の食べ方もある」

 片田はめん汁を割らずに小さな椀にいれ、皿に水で絞めた蕎麦を盛る。鮫皮でおろしたワサビと刻んだネギを皿の端に添えて、おたきさんに差し出す。これはもり蕎麦だ。

「この食べ方もおいしいね。夏はこっちだね。いやあすごいよ順。これ店に出したら大儲けだ。お品書き、なんて名前にしようかね。春日山の笊そば、にしようかな、それとも三輪山の笊そばのほうが、ご当地っぽくっていいかしらね。かけ蕎麦の方は、そうね、見た目から龍田姫のかけ蕎麦かな」

 どういう見た目なんだろう、と片田は思った。



 塩は、人間が生きる上で必須のものだ。それなのに塩、味噌という形で関を通ろうとすると、関銭がかかる。また市で売ろうとすると座とめる。それを醤油という形にして持ち込めば、関銭は当面雑穀あつかいだし、座と揉めることもない。

これはいい考えだ。

 他の商品にも使えないだろうか。たとえば、米はせんべいにできるだろう。つけるのは塩でも醤油でもいい。こうすれば、米と塩分を同時に運べる。酒も焼酎にしてしまえば座とは揉めないはずだ。魚もすり身にして塩、麦粉と混ぜ、茹でて乾燥させれば、魚を扱う座と揉めないだろう。すり身のままで、燻製くんせいにしても日持ちがするだろう。

 いくつか、試してみよう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 蕎麦麵爆誕!!^^ 好胤和尚と越智&十市の殿様の評価を見てみたいですね!! 次回も楽しみにしています。
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