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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
447/648

熱帯植物研究所

 安宅丸あたかまる犬丸いぬまるが、熱帯、亜熱帯から様々な物産を日本に運び込む。植物の種や苗も持ち込まれる。

 これらのなかには、大和の片田村では育たない植物もあった。


 そこで、琉球りゅうきゅうとシンガプラの片田商店が、亜熱帯と熱帯の植物園を開園した。観客を呼ぶのが目的ではなく、それぞれの気候に適した植物を育て、栽培法を研究したり、商品開発をしたりするためだ。

 これら植物園は茸丸たけまるの監督下にある。棚一つだった『茸丸研究室』から、ずいぶんと発展したものだ。


 それだけでは満足できないのか、茸丸が片田村にガラス張りの大温室を建設しようと、計画中だった。


 その茸丸が、堺の片田商店に来ていた。彼の妹の『えのき』はシンガプラの熱帯植物園に長期出張している。その『えのき』から送られてくる果実や半製品、標本、実験や観察結果の報告書などを受け取るためだ。

 シンガプラに帰る船には代わりに実験機材や試薬、肥料などを載せる。


「『じょん』、『えのき』が変な物を見つけたので、一緒に考えてくれないか」茸丸が片田に言う。

「変な物とは、なんだ」

「うん、廃糖蜜はいとうみつなんだけど、変わった味がするそうだ」

「変わった味、どんな味だ」

「それが、説明できないんだそうだ、いままで食べたことの無い味だと『えのき』が言っている」


「『へ』の五番の木箱に入れたって言っていた」そういって、その番号の木箱をさぐる。

「これだな」そういって、茶色の流動体りゅうどうたいが入ったガラスビンを取り上げる。『えのき』の文字で、『要検討』と書かれたラベルが貼られている。中身は溶けたチョコレートのような物だった。


 廃糖蜜は、サトウキビを絞った汁から、砂糖を分離した後の液体のことを言う。廃という文字が入っているが、まだ半分以上の糖分とうぶんが残っており、それ自体を調味料として使うことが出来るし、さらに黒砂糖などを作ることも出来る。

 茸丸がびんに割り箸をさしいれ、一口食べてみる。


「うぁあ、なんだこれ、変な味だなぁ。ちょっと甘酸っぱいけど、それだけじゃないね」


 片田も食べてみた。


「うむ、甘い事は甘い、確かに砂糖の味だが、それだけではないな、なんだろう」

 昔、どこかで食べたことのあるような味だったが、思い出せない。甘味がつよすぎるので思い出せないのだろう。


「『えのき』によると、廃糖蜜をしばらく保存しておくと、たまにこのようになるんだそうだ」

「いつも、ではないんだな」

「うん、いつもではない。たいがいは、廃糖蜜のままだそうだ」

「ということは、こうなる時は、なにがいつもと違うことをやっている、ということだな」

「そうなんだけど、なにをやったんだろう」


「砂糖の製造は、どのようにやっているんだ」片田が聞く。


 茸丸の説明を要約すると、サトウキビを絞った汁を乾燥させて、原料糖げんりょうとうを作る。原料糖は粉末だ。これには表面にゴミが付着している。ゴミを除くことを『洗糖せんとう』と言っている。

 洗糖するのには、水を使わない。代わりに飽和ほうわ砂糖液を使う。もうこれ以上砂糖が溶けないという状態の砂糖液だ。

 原料糖を飽和砂糖液に入れて、攪拌かくはんし、原料糖の表面からゴミを取り除く。ゴミは飽和液内に浮遊している。

 この状態の原料糖と飽和液を砂糖粒より目の細かい遠心分離機えんしんぶんりきにかける。洗濯機の脱水の要領ようりょうだ。脱水機では洗濯水は外に分離し、洗濯槽の中に洗濯物だけが残る。

 同じように、分離機の中に洗濯済みの砂糖粒が残り、飽和液とゴミは外にはじかれる。


 弾かれたものを廃糖蜜という。ゴミと言っても、サトウキビの繊維や土壌成分なので害にはならない。



「なにか、いつもと違うことをやる余地があるか」片田が尋ねる。

「そうだね、設備は二十四時間三交代で稼働しているけれど、そうすると変わる余地がないね」

「時々、機械を洗浄したりしてないか」

「ああ、十日に一度、機械を全て洗う、って言っていたな」

「では、それだろう」

「そういうことか」

「どうやって、洗浄しているのだろう」

「『えのき』に尋ねてみようか」

「そうだな」


 茸丸が無線で『えのき』を呼び出す。数時間後にシンガプラの『えのき』が現地の無線機で呼び出してきた。


「例の不思議な味の廃糖蜜の事なんだけど、洗糖機の十日に一度の洗浄作業に原因があるんじゃないかと思うんだ。どうやっているのだろう」茸丸が言った。

「そうなの、なんでも、洗剤を混ぜた液で洗うらしいわよ。かなり徹底しているわ」と、『えのき』。

 


「洗剤って、どんなものを使っているんだ」片田が尋ねる。普通の洗剤は苛性曹達かせいソーダ液と油を混ぜて作るのだが。現地ではどうやっているのだろう。

 苛性曹達は、水酸化ナトリウムのことである。強いアルカリだ。


「洗剤?そうね、聞いてみる。ちょっと待ってて」




 しばらくして、『えのき』が無線機に戻ってきた。

「こっちの洗剤は、面白い方法で作っているわ。砂糖液とヤシ油を混ぜたところに、ヒツジの膵臓すいぞうを磨り潰したものを入れて、攪拌かくはんして作っているんだって」

「砂糖はふんだんにあるし、苛性曹達は輸入しなければならないので、こんな方法を思いついた人がいるみたい」

「ヒツジの膵臓は、生のまま、使うのか」

「そうよ」


 ということは酵素リパーゼを使ってエステル化し、脂肪酸エステルを作っている、ということだな。それも界面活性剤かいめんかっせいざいだから洗剤にはなる。


 なるほど、そうか。さっき思い出せなかった味、それがなんだったか、片田が思い出した。


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