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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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イングランドの旅 3

 二日目にはギルフォードという町に着いた。エリック・クラプトンやマイク・ラザフォードの故郷だ。

 ここでも騎士の家に宿泊するが、この家には妙齢みょうれいの女性はいなかった。代わりにいたのは騒がしい三人の男の子だった。

 ラザフォードからは、石畳の道になり、旅路がはかどることになる。


「車輪が通るわだちのところ、石なのにずいぶんへこんでるね。古い道なの」休憩の時にシンガが港湾長官に尋ねる。

「ああ、古い。この道は千年も前に造られたものだといわれている。ローマ人達によってな」

「千年かぁ、それじゃあ、石もへこむかな」


 この時代、ロンドンの町は、シティを囲む城壁からはみ出しはじめている。それでもチャリング・クロスあたりから、ロンドンの城壁が見えた。

ウェストミンスター寺院は、ほぼ現在通りの姿になっているが、バッキンガム宮殿は、まだ建設されていない。

 フリート・ストリートを進み、ブラック・フライアーの所で城門をくぐる。

 市内に入ると、すぐに巨大なセント・ポール大聖堂が左手に見えた。


「すごい建物だね。この国の建物は石で作るから、大きなものが出来るのかな」

「そうだな」そう答える安宅丸あたかまるも、この聖堂には驚かされる。

 現在のような丸みを帯びた屋根ではなく、鋭く空にとがった尖塔せんとうを持った建物だった。

 塔の高さは見上げるばかりだ。地上から百六十メートルもの高さがあった。現在よりも高い。


 セント・ポール大聖堂前の広場を過ぎ、シティを斜めに横切るワットリング・ストリートを東に向かう。ロンドン橋の北のたもと近くに目的地があった。

 大蔵卿おおくらきょうジョン・ダイナムのシティの邸だった。


 ジョン・ダイナム男爵は、三代の王に使えている。最初はエドワード四世、そして、リチャード三世、現在はヘンリー七世の大蔵卿だった。六十歳になる。


 この三代の王に続けて使えるというのは、並大抵の事ではない。

 まず、最初にエドワード四世が亡くなり、彼の子が即位するが、戴冠たいかんする前にリチャード三世がクーデターを起こし、エドワードの子はロンドン塔に幽閉ゆうへいされる。

 リチャード三世はエドワードの実の弟である。

 さらに、リチャード三世は、フランスから上陸して内戦を起こしたヘンリー七世にポズワースの野で倒されて、ヘンリーが王位についている。

 このような激動の中で、三代の王につかえているのだ。よほど優秀な男であったのは間違いないだろう。


 安宅丸は明日、ヘンリー七世に拝謁はいえつする。ジョン・ダイナムの役割は事前の打ち合わせを行うことにある。一種のゲートキーパーである。

 王に会わせる価値があるか。会わせたとして、どのように話をまとめるか。それをお膳立てするのが、ジョンの仕事だ。


「王は現在、グリニッジ城にられる。明日謁見してもらう予定だ」ジョン・ダイナムが安宅丸に言った。

「はい、ありがとうございます」

「アタカマル、その方の申し出については港湾長官の方から聞いておる。日英修好通商条約にちえいしゅうこうつうしょうじょうやくの条文も読んだ。変な英語だったが、意味はわかる」

「はい」

「そして、航海条例こうかいじょうれいを回避するためにオルダニー島の東半分を租借そしゃくしたいとのことだな」

「はい、そのとおりです」

「租借させるとして、期限はどれほどと考えているのか」

「十年を希望しています。十年後以降からは、双方いずれかが継続を望まなければ終了させることが出来る、としたいと思います」

「十年か。あまり長い期間ではないな。それでいいのか」

「租借はかならずや、貴国にとっても有利になるはずです。そうでなければなりません。そのために十年で一度区切るのが双方のためであると考えます」

「継続のために、その方の国の者も一生懸命やるということだな。なぜ、有利になるのか」

「オルダニーの東西の境に常設の市を立てます。そこで交易を行います。租借地に持ち込むのであれば航海条例に反することは無いでしょう」

「まあ、そういう解釈も可能だろう」

 航海条例は、イングランドの議会が定めた法律であり、イングランドの土地や港に対して効力を持つ。

 王室が直接所有するチャンネル諸島に対しては効力がない。

 これは現在でもそのままである。従ってオルダニー島を含むチャンネル諸島は、住民の代表を英国議会に送っておらず、さらにはタックス・ヘイブンともなっている。

 衛星写真を見るとわかるが、オルダニー島の東半分は、ローマ時代からの新旧の要塞跡だらけだ。住民はほとんど住んでいない。

 すぐ近くのフランスから、いつ攻められるかわからない、という土地だったからだ。そこに安宅丸達が入れば、一帯の海が緩衝帯かんしょうたいになるし、租借地が攻撃されれば、彼ら自身が防衛するであろう。


「島の南の浜に私どもが陸揚げした商品、香辛料、香料、砂糖などを、この境界の常設市に持ち込みます。価格は大陸の相場よりも安くします。大陸相場との比率を決めておきましょう。最初は七割というのではどうでしょう。島の住民や貴国の商人はそれを購入して、大陸で売却すればいいのです」

「なぜ、直接に大陸で売らぬのか」

「御覧のとおり、我々はあなた方と人種が異なります。異教徒でもあります。今の大陸、スペイン、ポルトガルやフランスは私たちを相手にしないでしょう」

「それは、そのとおりだ。最近ではユダヤ人を大量に国外に追放している。それで弱小国のイングランドにやってきたということだな」

「そうです」

「はっきりと言いおるな。まあよい。そちの言う通りにすれば、確かに商品を対岸に持っていくだけで商品価格の三割の差益さえきが入るということだな。よかろう。それを明日、王の前で明言できるか」

「出来ます」


「よかろう。次にガラスや鏡の製造法を伝授するとのことだが」

「はい、貴国の望む場所にガラスを製造する工場というものを建設し、製造方法を伝授いたします」

「工場とはなんだ」ジョンが factory とは何だと尋ねた。この時代には factory とは事務所のようなものを意味する。

「ガラスを製造する作業場です」

「わかった」

「で、ガラスや鏡を製造するには川砂以外にも幾つかの材料が必要、とのことであるが」

「はい、そのとおりです。しかし、それら材料の価格は製品になったガラスの一割にもなりません。ガラスの大半は川砂ですので、利益は莫大になるでしょう。そして、それらの材料も、私どもが商品として販売できます」

「建設場所はイングランド国内でもよいのか」

「それは構いませんが、当方の技術者や作業者の安全は守ってもらわなければなりません」

「承知した。それも明日、王の前で明言できるか」

「出来ます」

「なるほど。話の次第は分かった。明日は、うまくやることだな。もし事が成就じょうじゅすれば、イングランドにとっては非常に良い事だ。ただし、『イングランドが弱小国だ』ということは、王の前では言うなよ」ジョン・ダイナムが満足そうに言った。


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