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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順 2
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友好と交易

 いかりを降ろして、とりあえず敵意が無い事を示してみたが、どう転ぶかはわからない。イングランド人がどのような人々なのか。当地の漁村の民と交流したかぎりでは、人情にんじょうは日本もイングランドも違いがない。しかし、役人や軍人も同じかと言うと、それは心もとない。安宅丸あたかまるが思った。

 現在『川内せんだい』は港の奥の方を向いて停泊している。逃走しやすいように湾口に向けて停泊しておけばよかったと後悔する。


 イングランド船は、港内の砂浜に向かって引かれていった。恐らくあの砂浜で干潮を待ち、船体を傾けて修理するのだろう。シンガがイングランド船はかじが壊れて浸水していると言っていた。

 船長らしき男が船から降り、書類のたばをかかえて港の事務所のようなところに歩いていく。安宅丸が後甲板から彼をみていると、こちらに気付いたのか、手を振ってきた。

“まあ、大丈夫かな”安宅丸が少し安心する。


 砂浜の船に視線を戻すと、その先の地面に長方形の大きな穴が開いている。穴の内側は板で覆われているようだ。

 “あれは、もしかしたら乾船渠ドックかな。建設中のようだが、大したもんだ”


 安宅丸が見たとおり、この工事は『乾ドック』だった。昨年、ヘンリー七世がフランスのシャルルから得た十六万ポンドの一部を使って、ドックを作っていた。

 ヘンリーは、イングランドの未来は海にあると見抜いた、恐らく最初の英国国王だろう。

 彼の在位中は四隻の船しか建造できなかったが、次の世代のヘンリー八世は、生涯に九十隻のガレオン船を含む百隻以上の艦船を建造する。

 ヘンリー七世の築いたインフラが大きく貢献したにちがいない。


 この時安宅丸が見た乾ドックは現存する。現在は『ポーツマス歴史造船所』という博物館の一部となっているそうだ。ただ博物館には複数の乾ドックがあり、どれが安宅丸の見たドックか、よくわからない。

 第一次世界大戦を生き残ったモニター艦 HMS M33の置かれているドックがそれだという説や、ネルソン提督の旗艦HMSビクトリーが保存されているドックに違いないなどの説がある。



 一時間程過ぎた。イングランド船の船長の聴取が終わったらしい。事務所から数人の男が出て来て、小舟に乗り『川内』の舷側につけた。


  最初に甲板に上がってきた男二人は、検疫官けんえきかんとその助手らしい。

「言葉のわかるものはいるか」安宅丸達がヨーロッパ人ではないと知った検疫官が言った。

「僕が、通訳をする」シンガが言った。

「言葉がわかるのか」検疫官が少し驚く。

「まだ、少しだけどね」

「よかろう。私の仕事は検疫だ。この船に病人がいないことを確かめるのが仕事だ」

「検疫、病人はいない」シンガが答える。

「それを確かめなければならない。船内を案内してほしい」

 シンガが安宅丸の方を見る。安宅丸がうなずいた。

「じゃあ、案内するよ。どこから見せたらいい」

「まず、この甲板の船首から始めよう」


 このとき、検疫官の言った『検疫』という言葉だが、この時代に彼が quarantine という言葉を使ったかどうかはわからない。この言葉は英語には珍しく q から始まる単語だ。語源は中世イタリア語である。イタリア語の『40』にあたる quaranta から来ている。

 手元にあるポケット・オックスフォードの第五版には、語源として、以下のように書いてある。

『from Italian quaranta, forty』

 イギリス人らしい書き方だ。なぜforty なのか書いていない。気になるのであれば自分で調べてみろ、と言わんばかりである。

 このやり方に従い、私もここでは、なぜ『四十』が『検疫』になったのか、書かないでおく。現代はインターネットがあるので、簡単に調べることが出来るだろう。


 『川内』の隅々を探り、病人が隠れていないことを確かめた検疫官達が上甲板に戻ってくる。顔が紅潮こうちょうしていた。

 下の甲板には大量の大砲が並べられていた。艦尾には、なぜか大型のボイラーがあった。ボイラーの蒸気を海水に通して、時々風呂に入るのだそうだ。

それになによりも艦内が極めて清潔に保たれている(もちろん、艦底のバラストあたりは不潔だったが)。

 恐るべき船であるにちがいない。


 ボイラー、蒸気機関の目的が入浴というのは正しくない。しかし、蒸気機関の目的を説明しても理解してもらえなかったシンガが、このように言ったのだからしかたがない。


「分からないのならばしょうがないなあ。他にも、そうだな、時々甲板に帆布を吊って、中に海水を入れ、蒸気で沸かして風呂にはいるんだよ」


 検疫官が舷側に行き、下で待っている小舟に向かって言った。

「長官殿、検疫が終わりました。病人はおりません。この船は安全です」

「よかろう、そういって」五十歳程の銀髪で恰幅かっぷくの良い男が上甲板に上がってきた。五人の兵を従えている。

 検疫官が長官と呼ばれた男に耳うちする。

「この船の下甲板には大量の大砲が並んでおります」

 長官が一瞬、目を大きく見開き、すぐに何事も無いような表情に戻った。


「この船の船長は誰だ」

「私だ、安宅丸という。この船の名前は『川内』だ」

「センダイか。出発地と目的地、航行の目的を尋ねる」

「出発地は和泉いずみの港、さかい。目的地は貴国。目的は友好と交易だ」


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