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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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運河!

「大量の金銀を持っていても、おびやかされるだけでいいことはありません」片田が言った。

「では、土倉にでも預けたらよいのではないですか」楠葉西忍くすばさいにんが答える。

「一揆で奪われるのがおちでしょう」

「将軍家に貸すのはどうでしょう。最近はずいぶんと御困りの様子です」

「徳政令で消えてしまうでしょう。今の世の中に安全な預け先はないと思います」

「では、どうなさると」

「市中に撒いておこうと思います」

「どうやって撒くのですか」

「土木工事を起こします。その賃金として撒きます。後になっても有用な工事であれば、金銀を蓄えるのと同じ効果があります」

「西忍さんは、大和の西の亀の瀬というところをご存じですか」片田が言う。

「存じています。私の妻は、あのあたりの立野たつの氏の出です」

「あそこを舟で通過できるように、南岸に水路を設けます」

「亀の瀬は急流です。舟が通れるようにするには、相当な長さの水路を作らなければならないでしょう。難しいのでは」

「水路の下流側の口に、舟よりすこし長い間隔で、戸を二つもうけるのです。戸の間を閘室こうしつと呼びます」

「ほう」

「まず、上流側の戸を閉じ、下流側の戸を開きます。そうすると閘室の水が流れて、下流側の川の水位と等しくなります」

「そうですね」

「そうなると下流側から舟が閘室に進入できます」

「同じ高さだからですね」

「舟が閘室に入ったら。下流側の戸を閉め、上流側の戸を開けます。閘室の水位が上がり、上流側の口と同じ水位になります。水は上流側から勝手にはいってきます」

「なるほど。上流から下流にいくのは、その反対ですね」

 西忍さんは閘門こうもんの仕組みを理解した。

「それなら、それほど長い水路は必要ないでしょうね。出来そうです。その工事の代金を片田さんが払おうというのですか。いいでしょう。立野氏には、私の方から持ち掛けてみましょう」

 西忍さんは、お茶を飲んだ。


挿絵(By みてみん)



「支払いにあたって、工夫しようと思うのですが」

「どのような」

「この機会に、銀貨を作ろうと思っています」

「銀貨ですか。それはいいと思いますが、なにか懸念でもあるのですか」

「はい。私が勝手に銀貨を作っても、世間が信用しないのではないか、ということです。今の相場ならば、銀二もんめで銭一貫と交換できるでしょう。銀で二匁の重さの銀貨を作って、それを支払いに使おうとしても、受け取るものがいなければ通貨になりません」

「それは簡単ですよ、片田さん」

「簡単ですか」

「はい、信用とは交換の保証です。片田さんが、その銀貨を持ってくればいつでもその場で干しシイタケと相場価格で交換する、と保証すればいいのです。いま干しシイタケはいくらぐらいで売っていますか」

「はい、海外からの需要が多くて、国内にはあまり出せなくなっています。一斗で銭一貫くらいになっています」

「では、銀貨一枚を持ってくれば、干しシイタケ一斗と交換する、と宣言すればいいのです。興福寺の内部でも、最近はシイタケが無いと嘆くものは多いです。商人たちも、どうすれば干しシイタケが仕入れられるのか、と言っているものがいるそうです。東国や北陸に持っていけば、畿内より高く売れるそうですからね。そのようにしておけば、必要な時に銀貨を回収するのも容易です。銀貨一枚でシイタケを二斗出すといえば、すぐに銀貨が集まるでしょう」

「シイタケの在庫を見ながら工事しなければなりませんね」




 立野氏の揚羽蝶あげはちょうのぼりがはためく。立野氏が篤く信仰する龍田大社の宮司が工事の無事を祈る。亀が瀬運河の起工式である。

 薩摩から取り寄せたシラスと、周防の石灰石から作った水酸化カルシウムを混ぜてセメントをつくり、組み上げた石を固めていく。二つの戸は、両開きの鉄板で作り、閂を取り付けた。下部に水抜きの弁を作り、下流側から棒で突けば水が流れ出てくるようにした。

 水路の山側には馬道を通し、無風や逆風の時に、馬で舟を引くことができるようにした。


 亀が瀬運河の開通により、淀川下流から、大和川を通じて、舟のまま大和盆地に来ることができるようになった。

従来、大和盆地に来る多くの物は、木津川経由であったが、それでもこま付近の泊で陸揚げした後、奈良まででも一里半の陸路を馬などで運搬しなければならなかった。

 この運河が出来たことにより、舟のまま大和盆地の隅々まで運搬できるようになったのは大和の経済にとって、非常に有益な事となる。 

 加えて、この経路であるならば、山崎の石清水八幡宮の監視を逃れることが出来る。これもまた有益な事であった。


挿絵(By みてみん)


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