金銀
落葉樹の葉が落ちた頃、片田は、彼の村の西、大和盆地との間にある山に登った。山の名前を鳥見山という。枯れ葉をかき分けて頂上に立つと、西から北西にかけて大和盆地が広がる。北はとびの村を挟んで、その先に三輪山がある。東側一面は、片田村であり、その向こうに忍坂山(外鎌山とも言う)がある。
南側には、大和盆地から、二本の道が片田村に向かって伸びている。手前が浅古、向こう側が倉橋だ。
片田は、このあたりに城を築こうとしていた。十市の殿様に打診したところ、あのあたりに城があれば、越智への抑えになるだろうといってくれた。片田の銭で、十市の城をつくりたい、といったのだから。いやとはいわない。戦になった時に片田村の民が逃げ込むところをつくりたい、というのが片田のねらいだと説明もした。
忍坂山に本城を置き、ここ鳥見山に出城を築く。南の二本の街道を押さえるために間の尾根に倉橋の砦をつくる。それが基本の計画だった。
そのように城を置いた場合、大和平野方面には、北から、とび口、浅古口、倉橋口、東の宇陀郡方面には、北側に黒崎口、南側に粟原口と五か所に関を作ることになる。
片田は、方針を固めた。
山から下りた。慈観寺から使いがくる。来客が来ているので、慈観寺まで来るようにとのことだった。
寺についてみると、楠葉西忍さんがいた。
「ご無事のお帰りで、なによりです」片田が言う。
彼は遣明船で明国に行き、今年の夏に帰ってきていた。
「片田さんこそ、お元気そうで、なによりです」
「片田さんに頼まれた、砂白金や、金属は、この箱二つに入っています」
ちょうど昼時であったので、好胤さんも連れて、三人で『おたき』さんの店にいくことにした。
慈観寺の辻のところに、おたきさんの店がある。これは片田が融資した銭で建てたものだ。返済はとっくに終わっている。
「おー、じゅん、ひっさしぶりだねぇ。他のお二人も、いらっしゃいませ」『おたき』さんはいつも絶好調である。
「三人さんだね、そちらどうぞ」と食卓を指す。
「なににします。最近評判なのは『花の御所の椎茸御膳』だけど」
「じゃ、それをお願いします」
「しぃいたけ、さんちょー」『おたき』さんが調理場に向かって叫んだ。『花の御所』が、だいなしだろう。
明での商いの話になる。干しシイタケも、眼鏡箱もたいへん良く売れたそうだ。
「おかげで、私は面目を保つことができました」西忍さんが言う。
「一緒に行った船のなかでは、売れ残った商品を持って帰ってきた船もあります。今回は硫黄が売れませんでした。わたしも硫黄をもって行っていたら大損になるところでした」
「あの様子では、どちらも今後朝鮮経由での輸出品になるでしょう。大内氏などが購入を希望してくるかもしれません」
「で、大量に購入したいと言ってきたら、銀か金で取引することをお勧めします。ここに今回の取引の控を作っておきましたので、向こうでの相場観がわかります」
片田がそれを受け取って見た。初めの頃は、それほどの価格でもなかった。取引量もわずかだった。西忍さんは試験的に少量販売をするところから始めたようだった。
「滞在できるのが、数か月と短かったのでうまくいくかどうかはわかりませんでしたが、結果的に最後は開き入札になりました」
少量販売したものが、評判を呼び、最終的にはオークションで高額取引されることになった、ということだった。
「すごい価格ですね」
「はい、日本のシイタケ、眼鏡は、明の都で大評判になりました。かならずこれを求めようとする動きがあるはずです」
「で、対価として、銀か金を求めよ、とのことですが。それはどういうわけですか」
西忍さんが、財布から一枚の紙を取り出した。長方形の紙で、なにやらお経のような文字と、細かい図柄が書いてあった。
「これは大明宝鈔というものです。これ一枚で、銭一貫に相当するとされています」
「紙幣、ですか」片田が言った。
「ご存じなのですか」
「あ、いやまあ、似たようなものをみたことはあります」
「そうですか、それなら話が早い」
「これ一枚が銭一貫に相当するとして発行されました。それが通用するのは、宝鈔を役所に持っていけば、いつでも銭一貫に替えることができるという約束があるためです」
「信用、ですね」
「そうです、明の前の元の時代の同様の紙幣は銀と交換できたそうです。そのために元の役所では、大量の銀を準備していたそうです」
「それは、仕組みとして、そのような準備は必要ですよね」
「この紙幣は、片田さん、あなたへのおみやげとして差し上げます」
「え、だって銭一貫の価値があるんですよね」
「今、明では数文の価値しかありません。おみやげにちょうどいい値段です」
「安くなったんですか」
「はい、大量に発行したため、信用が下がってしまいました」
「そうですか」
片田は軍票というものを思い出した。マニラで、陸軍が大量の軍票を発行して物資調達と労力徴発を行い、インフレと物不足を起こしていた。インドネシア、ビルマ、マレーでも同様のことが起こったと聞いている。
「ここから二つのことがわかります。まず、信用の源泉は金、銀です。次に紙幣の発行は慎重に管理され、信用を超過してはいけない、ということです」
「わかります」
「紙幣は便利ですので、この国でもいずれ広がるかもしれません。しかし、現在の国は、正反対のことをしています。銀を売って銭を購入しています。これはいけません」
「銭は便利ですけど、信用の源泉としては弱いですね」
「ですので、この国に金銀を呼び戻すのです。金銀ならば、どの国でも信用になります。シイタケや眼鏡は、いくらでもつくることができるでしょう」
「ほぼ、つくれますね」
「それで金銀を回収し、この国に信用をつくるのです」
「紙幣流通の管理の心配は、信用ができたときに考えればいいでしょう」西忍が言った。
なにやらわからなかった好胤さんは、シイタケ御膳を食べ終えていた。
二人の前では、白米のシイタケご飯、シイタケの潮汁、シイタケの煮物が冷たくなっていた。カブの糠漬けは、まあ、最初から冷たかったかな。




