寺院住(じいんず)
「…………」
「……」
「と、いうことは、盆栽式で行く、ということか」
「…………」
「………………」
片田順が藤林友保、野村孫大夫と話していた。
応仁二年(西暦一四六八年)八月だった。
例によって、友保、孫大夫、二人の忍びの声は聞き取れない。片田の話し声だけが聞き取れる。盆栽式の式とは、『方式』とか『やりかた』といった意味だ。
「……」
「で、どうやって接近する」
「…………」
「そうか、で、細川の守護債の募集状況は」
「……」
細川勝元の百万貫の守護債、その借換が進んでいる。現在八割方が借換に応じた。残り二割の土倉や問丸は借換を渋っている。
東軍の分が悪い。室町将軍と帝は東軍が押さえているが、諸国から兵も兵糧も入ってこない。このままではじり貧になる。
誰もがそう思っていた。
それでも八割もの借換が達成できたのは、資本の行き場がないからである。仮に東軍が敗北しても、細川家が滅亡するわけでもあるまい。
今年が飢饉になるという便りも、今の所聞かない。諸国は豊作になるだろう。細川の領地でも米が獲れる。今の物価高だ、細川の米は高く売れるだろう。ならば、利払いはともかく、元本まで失うことはあるまい。
投資家の気分は、このようなものだった。
土倉に大量の質草や債券を抱えているよりも、数枚、数十枚の守護債に替えておけば、戦災にあっても持ち出しが容易い。
「まだ、二割、約二十万貫の借換が出来ていません」薬師寺元長が細川勝元に報告する。
「二十万貫か、多いな。『池沼屋』の蔵には、どれほどの米が残っておるのか」
「はい、今の米価で八万貫相当の米が蓄えられております」
「すると、借換が不調のままであると、今月末には十二万貫の銭を、どこからか調達しなければならないのじゃな」
「おおせのとおりでございます」
「借換に応じない者を、もう一度邸に呼んでどやしつけるか」
「それも、良い方法であるかと思われます」
「ふうむ」勝元が、借換に応じなかった者達の顔を思い出す。
「一つ、ご相談があります」元長が言った。
「なんだ」
「藍屋という者をご存じでしょうか」
「藍屋か、さて、知らんな」
「では、寺院住という物を聞いたことはございますか」
「『じいんず』か、それは最近流行りの青袴のことではないか」
「さようでございます」
「それならば知っている。丈夫な袴で、民が重宝しているそうではないか」
「はい、その寺院住を売っているのが藍屋です」
「そうか、ならば相当銭を稼いでいるのであろうな」
「おそらくは」
「で、その藍屋がどうした」
「守護債を買ってもいい、と人づてに言ってきております。それも大口で、とも」
「大口とは、どのくらいだと言っているのか」
「それが、十万貫程度は預かっていただきたい、と申しておるそうで。すべて紙幣ではなく銭で預けるそうです」
「それは、いいではないか。何が問題なのか」
「新興の者なので、念のため殿にご相談してから、と思いまして」
「そうか、そういうことであるか、ではその藍屋、どのような者か、すこし探ってみよ。しかし、時間はかけられぬぞ、月末までには約定したいのでな」
「承知いたしました」
寺院住とは、片田村の『いと』が考案した丈夫な袴のことだ。片田海軍の帆布を生地として使っている。
最大の特徴は、両脇と尻のところに『おとし』という衣嚢があることだ。現代の言葉でいうと、ポケットだ。
『おとし』には様々な道具や小物を入れておける。
さらに、『おとし』を補強するために、銅リベットで縫合部の隅を補強している。
この銅リベットは、安宅丸が竜骨船の実験船を造った時に製造した。条板を張り合わせるための部品だが、安宅丸が片田村で作った実験船はボート程度の小さなものだったので、それにあわせてリベットも小さかった。
実際の砲艦のリベットはもっと大きい。
しかし、小さいのが幸いして、袴の補強にはちょうどよい大きさだった。
寺院住の開発については、『いと』がこのように言っている。
慈観寺に寺男がいる。その男の袴の膝のところが擦り切れているのを見て思いついたという。寺男は雑巾がけや、庭仕事などで頻繁に膝をつく。そのために膝が擦り切れるのだと言っていた。
あと、金槌や釘、ゴミを取る『ささら』、小刀、『やっとこ』など様々な道具を持ち歩くために道具箱を持ち歩いているのが不便そうだった。
袴に『おとし』を幾つも付けておけば道具を運ぶのに便利だろう、と思いついた。
工具など、重い物を入れるので銅のリベットで補強すると丈夫で長持ちする。
寺院に住む寺男が使うので、『寺院住』という名前にした。
帆布を使用しているので、極めて丈夫に出来ている。そのため野良仕事をする農民や、馬借などが寺院住を求めるようになった。
以前から矢木の市で商売をしていた藍屋は、寺院住を製造する権利を『いと』から購入して、自分の店の藍で青く染めて、広く売り出したところ、これが大いに当たったとのことだった。
「と、いうことでございます」薬師寺元長が細川勝元に報告する。
「ふむ、片田村に縁があるところは気に入らぬが、別に怪しい素性ではないように見える」
「は、では藍屋から銭を預かりますか」
「うむ。そのようにせよ」




