村開き
「もう、臼砲や盆兵衛(アンモニアを入れるボンベのことである)は飽きたなぁ」
南都の鋳物職人がぼやいた。そうだろう。ずいぶん作らせたからな。彼らはまだとびの村で仕事をしていた。加えて、鋳物職人なのに鍛造(金槌で、鋳物を叩いて強度を増すこと)までさせられているのだから。
「では、変わったものを作ってみるか」片田はそう言って、材木で蒸気機関の模型を作った。もちろんうろ覚えの知識と、その場の応用でやっているので、出力はワットの時代程度である。改良は子供達の誰かがやってくれるだろう。
蒸気を通して、フライホイール(はずみ車)を回すと、回り続けた。木製でもそれなりに動作する。もちろん火を使う部分は臨時の鉄窯を使っているが。
片田は蒸気機関の模型を見せて、鋳物で作ってみないか。と職人達に言った。
「どういう仕組みで動いているんじゃろ、おもしろいもんじゃな」
彼らは興味を示した。ピストンリング、ピストンロッド、スライドバルブなどは矢木の鍛冶を使って鋼を作らせるつもりだが。大部分は鋳物職人たちで作れるだろう。
そのようなことをしているうちに年が暮れ、明けた。
片田の村の村開きを行うことにした。耳成神社の神主さんを呼んでお祓いをしてもらう。場所は耳成神社の丘の南側。緩やかな傾斜地だ。元は『とび』の村の里山で、焚き付けなどを集めていたところだ。
斜面の真ん中に小さな川が流れている。この川は粟原川といって、慈観寺下を流れる大和川とは別である。両者は交わらずに盆地を北西方向に横切り、合流するのは遠く筒井のあたりまで行ったところだ。
まず、川沿いに上流に向かって道を通す。道の起点は伊勢街道で、川伝いに三キロメートル程上流まで道を通した。その左右、所により幅二百メートルから四百メートルの、山に挟まれた傾斜地が片田の村になる。
伊勢街道から一キロメートル程登ったところを、町の中心と決め、そのあたりの木を伐採し、新しい村人の住居と食堂を作る。住居の下には二基の水車を置いた。住居の隣に最初の作業場を作る。粟原川は片田の村から東に曲がり、長谷のあたりまで、伊勢街道と平行に流れている。東に曲がるところで、南からくる小川と合流する。この小川には名前がない。名無しの川をさらに上ると、左右の尾根に挟まれている。二つの尾根が合流するところが、小川の源流だ。将来、ここに堤を作って貯水池にしようと思う。
片腕の無い男性が一人、片足の無い男性が二人、虚ろな目をした女性とその二歳くらいの子供が来た。いずれもひどく痩せていた。
十市播磨守が送ってきた、最初の村人だ。
男三人は、片田の村の住居に住まわせることにし、女とその子供はしばらく慈観寺にとどめることにした。
「こりゃあ、しばらくせんと正気が戻らんな。まずは栄養じゃ」好胤さんが女を見て言った。
子供は、手足が枯れ枝のように細く、腹の筋肉を失い、腸が膨らみ出ていた。
「まずは、かゆと、大豆をすりおろしたものを食わせよう」
そう言って、村から来ている女性に指示する。
「このようなものばかり集めて、やっていけるのか」好胤が片田に問いかける。
「片手があれば、レンズの仕上げはできます。大丈夫でしょう」
片田と石英丸は男三人を連れて、川のガラス工房に行くことにした。
「大丈夫か、ゆっくりでいいからな」
川に下りる斜面では、片田が足の無い男を一人づつ支えて下ろした。
「新しい作業場が出来れば、川に下る必要がなくなる、しばらくこらえてくれ」
石英丸がレンズの仕上げ工程を説明し、やらせてみた。
「ちょっと、練習が必要だけど、すぐに出来るようになるよ」様子をみて石英丸が言った。既にレンズはプレス成型していたので、空気抜きのところの突起を削る程度の作業で完成品ができるようになっていた。これなら確かに片手があれば十分だ。
「強く押し過ぎないようにしてくれ、それと、しょっちゅう確認するように。この真ん中の粒が無くなれば出来上がりだ」石英丸が言った。
男が、何度かレンズを摺り、水で洗い流し、つど確認した。最後に男が石英丸にレンズを差し出す。
「どうだ」
石英丸は、それを受け取り、レンズの表面を見る。そして、日の光を当てて、板に焦点を結ばせる。
「うん、きれいな焦点だ。だいじょうぶ、これなら売り物になる」石英丸がニコッと男に笑いかける。
「そうか」男も笑った。
「仕事をさせてもらえるのか」男が片田に問いかける。
「してもらうとも、一日三十文出す。それと食事と寝るところだ」
「ほんとうか」三人が言った。
「ほんとうだ、いまお前が作ったレンズは、石英丸が言うように売り物になる。だから、売れた銭の一部を回すことが出来る」
片足の無い男二人が、炉の側で、砂と薬を混ぜた原料を溶かし、型抜きとプレスをする。片手が無い男がそれを研磨して完成品にする。という分担になった。出来たものは石英丸が検査する。
三人の男たちは、死の縁から逃れた。
その夜の好胤と片田の夕食時。
「あの女の人、大丈夫でしょうか」片田が言った。
「さてのお。一度ああなってしまうと、元に戻らぬものが多い、正気に戻っても、ときどき気が狂ったように泣き叫んで手が付けられなくなることもある。あの女がどうなるかはわからん」
「好胤さんにご苦労をかけてもうしわけありません」
「いや、寺はこれが仕事じゃから、かまわん。それにおまえのおかげで、布施するものには困らない。おまえが出て行ってしまうのが残念じゃ。こうして一緒に食べることもできなくなるからのぉ」
片田は、村が出来たら、そちらで起居するつもりでいた。
「十市の殿さまに、手遅れにならないうちに連れてきてくれと言わなければなりませんね」
「うん、まあ。そうじゃが。それにしても、ひとたび飢饉とか戦とかになったら、あのような者は大量に出てくるのじゃが、みんな受け入れるつもりなのか」
「できるかぎり受け入れようと思っています」
その夜の二人の食事は、白米の飯、冬菜の塩汁。干魚、ダイコンの煮つけ、カブの茎の塩もみなどだった。




