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戦国の片田順  作者: 弥一
戦国の片田順
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計画砲撃

 犬丸が片田村に放った伝令が、馬を乗り換えて戻ってくる。

十市とおちの殿が、浅古口を守っている。明日浅古口の外に騎馬百頭と小銃弾を用意しておくので、到着しだい受け取られたい】石英丸せきえいまるの伝言だった。

 さすが、石英丸だ。犬丸が思った。

 早ければ、今夕にも堺から峠守備の騎兵が来るだろう。明日の早い時刻に片田村に到着出来る。浅古口で馬を代えれば、すぐに戦闘に参加できる。




 北畠教具のりとも慈観寺じかんじを仮の救護所として接収した。接収したといっても、好胤こういんさんは片田村に避難していたので、無人だった。

 地元の寺を砲撃したり、火を放つことはあるまい。


 日が暮れて、負傷者が慈観寺に運び込まれる。

 教具と藤方基成もとなりが、負傷兵を見る。

「すこし痛むだろうが、こらえてくれ」基成がそう言って、負傷兵の肩のところの銃創じゅうそうに当てられた手拭てぬぐいの切れ端をはがす。

「うっ、いてえ」


 この兵は、右の肩の付け根の前後に銃創があった。前から入り、肩の関節の骨を折り、背中側に弾が抜けている。弾が通った穴は指程の大きさだった。骨を砕いているはずなのに、弾の通り道は真っすぐだった。

 表面の肉が膨れ、傷口は塞がれていたが、中で内出血しているらしい。肩が紫色にれあがっている。

「なにか、指程の太さの物が体をつらぬいたようであるな」教具が言った。

「骨を砕いても進む向きが変わらない、というのはよほどの威力なのでしょう」基成がうなずいた。

「すまなかったな。もういいぞ」基成がそう言って、新しい手拭をいて傷にあててやった。医師代わりの兵が後を取って手拭を縛る。


焙烙ほうろくにやられた兵はおるか」基成が尋ねる。

「それなら、この者がおります」医師役の兵が言った。

「この者は、後から左太ももをやられました。これがももに刺さっておりました」そういって、ひしゃげた鉄の破片を二人に見せる。

「土器ではなく、鉄で覆っているのか、しかもかなりの厚みではないか」教具が言う。かなり驚いたようだった。鉄片の厚みは、今で言えば四ミリメートル程もあり、爆発の威力で、ささくれだったようになっていた。

「これが、焙烙が落ちた所の周り十間(十八メートル)程にばらまかれるそうです」

 医師役の兵が、傷口を見せる。腿の肉が大きく削られていた。


「さて、どうしたものかのう」教具が言った。

「体に穴を開ける兵器は、ほぼ真っすぐに石のようなものが飛んでくるようです。それに焙烙玉も、地面に落ちたとたんに爆発し、周囲に鉄の破片をばらまいて、兵を傷つけます」

「そうであるな」

「これを防ぐには、穴を掘って、なかにもぐり込むしかありません。堀った土を穴の周囲に盛り上げれば、さらに良いでしょう。こちらは穴の中から弓を射かけます」

「それしかあるまいな」


 北畠教具は将の家城いえき保清やすきよを通じて兵達に命令した。夜の間に穴を掘り、翌朝の戦いに備えよ。穴は兵が立って、頭が隠れる程の深さまで掘り、穴の中で弓を引くことが出来るように広げよ。出た土は周囲に積み上げるのだ。

 兵達は、村人が残していったすきくわなどを持ち出し、穴を掘ることにした。


「ところで、女寄みより峠口から攻めた場合に、最も狭い所はどれくらいの幅があるのか」教具が基成に尋ねた。

「最も狭い所で百間(百八十メートル)程だそうです。その部分に片田村の防衛線があるとのことです」

「ここと、そこまでの距離はどれくらいだ」

「ここから、長谷寺に向かって戻り、途中でこま川を上り、峠を越えて女寄峠への分かれ目までが一里をちょっと超える(五キロメートル)くらいです。そこから片田村の防衛線までがその半分くらいでしょう。兵を動かした場合には二刻半(五時間)くらいでしょう」

「ならば、今夜の内に、大和川と狛川の合流点まで兵を移動しておこう」

「攻め口を変えるのですか」

「そうだ。今片田村の正面にいる家城いえきの千名以外の四千名を粟原口に回す」

「室町殿は、包囲せよ、とご命令になっているはずですが」

「火薬と、あの武器を見たであろう。あれを欲しくない大名だいみょうはいない」

「しかし」

「こちらのものにした後ならば、いくらでも言い逃れできる。強く攻めて来たので村をつぶすしかなかった。火薬、そんなものはなかった、とな」


 夜になって、鳥見山と忍阪おつさか山の重迫撃砲が、計画砲撃を始めた。鳥見山が大和川西岸、忍阪山が東岸を、碁盤の格子点を次々とうように砲撃する。

 敵兵を攻撃する、というよりも威嚇いかくと相手の疲労を狙ったものだろう。

 迫撃砲を操作する者達は敵兵が見えているのではない。砲身を一定の角度で横方向に向きを変えて撃ち、端に達したら、仰角ぎょうかくを変更して、また反対方向に撃っていく。その繰り返しだ。


「だんだん、近づいてくるな」穴を掘っていた北畠の兵が星夜の中で言った。今日は月が出ていない。

「あいつら、狙っていないよな。順番に砲撃しているだけだろう」

「ああ、そんな感じだ」

「だったら、途中まで掘った穴がもったいないが、ここではなく、すでに砲撃が済んだところに行った方がよさそうだよな」

「おっ、そういえば、そうだな。二度同じところには、撃ちそうもないからな」

 彼らはよいの内に砲弾が撃たれていた運河に近いところに移動していった。


挿絵(By みてみん)


 翌早朝、石英丸と小笠原信正のぶまさが慈観寺山から戦場を見ていた。

「銃弾や破片を避けるために、穴を掘ったようですね」石英丸が言う。

「そのようですな。あのようにこもられては銃で狙っても、なかなか当たらないでしょう」

「軽迫撃砲弾を使って、少しずつ削るしかないでしょうね。運河の掩体壕えんたいごうの所に送ります。あと、鍛冶丸かじまるが作った物も試してみましょう」

 鍛冶丸が作った物とは、重迫撃砲弾の先頭に取り付ける、半間(九十センチメートル)の長さの鉄線だった。線の径は三ミリメートル程なので軽い。

 発射の直前に重迫撃砲弾の頭部に取り付ける。弾道は不安定になるが、地上から半間の高さの所で鉄線が信管をたたくので、空中で爆発する。

 より殺傷力を高めるのが目的だったが、塹壕に入った敵にも、ある程度有効かもしれなかった。


「大和川の東側は、兵がいなくなりましたね」石英丸が言う。

「あちら側は村の閉塞には必要ではありません。穴を掘るなどという面倒なことをしないで、東に後退したのでしょう」

「そうですね。念のため粟原の奥、女寄峠に通じているあたりの斥候せっこうを増やしましょう。敵は主力をそちら側に持って来るかもしれません」

「わかりました。昨日あたりから、敵の騎兵が時々来ていますからな。こちらも偵察の騎兵を増やしておきます。出来ればその先まで偵察させます」


「では、山を下りましょうか。私はこれから犬丸を迎えるため、馬を連れて浅古口に行きます」


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