機動竜騎兵
犬丸が、彼の愛馬、『青葉』に乗っている。『青葉』を停止させて、馬の肩にあたるところにぶら下げた革製の銃鞘から銃を取り出そうとする。
手綱が緩み、少し前かがみになる。
『青葉』は、それを前進の合図だと理解して、前に進み始める。
「そうじゃないんだなぁ」犬丸が言って、軽く手綱を引く。
彼は馬上射撃ができるように、『青葉』を訓練していた。馬上射撃と言っても、流鏑馬のように走りながら射撃しようというのではない。停止した馬上から、前に向かって射撃しようとしている。銃は弓よりも射程が長いので、これでも十分に戦えると考えたのだった。
一時的に馬を止め、銃鞘から銃を抜き、弾を込めて狙い、発射する。その間、馬が止まっていなければならない。馬が歩くと、照準が定まらない。
実際に馬に乗ってみると、馬が歩くだけでも乗り手の体はかなり揺れる。その状態では、狙った所に当てるのは難しくなる。
そこで、騎乗者が手綱を外し、前にかがんで銃を抜いても歩かないように教えてやらなければならない。
何度か試みるが、どうしても『青葉』は歩き始めてしまう。犬丸の意図が分からないので、すこしいらだっているようにも見えた。そこで、一度『青葉』から降り、腰の袋から藁を一掴み取り出して、『青葉』の口の前に差し出す。
『青葉』は、“お前様は、なにがやりたいんだい”、という顔をしながら、藁を食べた。
「言葉が通じれば、簡単なんだがなぁ」
『青葉』は仔馬の時から犬丸が育てていた。その間、何度もこの言葉をつぶやいていた。
『青葉』は犬丸のつぶやきに対して、大きく二度うなずいた。
人も馬も一息つき、練習を再開することにした。
まず、常歩で歩く。手綱を軽く引き、止まらせる。
「止まっていろ」犬丸が言って、ほんの僅か鞍の後ろに移動する。
そして、手綱を放し、銃鞘に手を伸ばす。『青葉』は動かなかった。銃を持ち、遊底を引き、弾を込める。前に向かって狙いを定め、発射した。
『青葉』は、他の軍用馬と同様、砲声に慣らされていたので、銃声にも身動きしなかった。
「お前、本当は俺の言ってること、わかってるんじゃないのか」
『青葉』は軽く嘶いた。
『青葉』を速歩で走らせ、材木と板で作った的に近づく。的から三十間(五十四メートル)程の所で止まる。
「止まってろ」そういって銃を抜く。
的に向かって発射する。的板が二つに割れる。
「いけるじゃないか」犬丸が嬉しそうに言った。
手綱を軽く弾くと、『青葉』が歩き出す。
百騎の兵が放牧場を駆ける。先頭にいるのは犬丸だ。
犬丸が両方の手を上げ、頭の上で合わせる。楔隊形の合図だ。
騎兵が楔の形になる。犬丸が左腕を上げ、左斜め上に倒す。百騎は左に四十五度旋回する。この運動は難しい。右翼の馬は速度を上げなければならず、左翼は逆に減速しなければならない。
すこし形を崩すが、やがて元の楔形になる。犬丸はさらに右九十度の旋回を試す。右翼の馬たちは、ほぼ停止し、左翼の馬は全速力で駆ける。戦列が整って、また走り始める。
彼らが向かう先に、横に九本並んだ的があった。的から二百間(三百六十メートル)程のところで、犬丸は停止を命ずる。
百騎は楔型を解き、横一線になって停止する。
「用意」犬丸が叫ぶ。騎馬兵が馬に乗ったまま銃を構える。彼らが構える銃は、歩兵の銃より銃身が短く、馬上で取り扱いやすいようになっていた。
「発射」
百発の弾丸が中心の的に向かっていく。中央の五つの的が粉々になって飛び散った。
「次、行くぞ」犬丸がそう言って馬を駆る。副官が地面に手槍を投げて、突き立てる。後で薬莢を拾うためだ。
百騎は、次の的に向かって走り去った。
「見事なもんじゃのぉ。こんなのに狙われたらひとたまりもないわ」小山七郎さんが犬丸達の訓練を見ながら言った。
「そうですね。すばやく敵陣の横か後に回って、あのように撃てば、敵の陣は崩れるでしょう」七郎さんの息子の朝基さんが言った。
「そうじゃ、そこに留まったまま、何回か撃つもよし、敵が反撃してきたら、すぐさま引くこともできる」
「赤子の手を捻るようなものですね」
「まったくじゃ。生きているうちにこのようなものを見ることになるとはな。あのとき、これがあれば……」




