応仁(おうにん)
四月になり、京都の片田商店の軒先にツバメが巣を作った。
「ツバメが来たな。ツバメが巣を作る店は商売が繁盛する、っていうからな」下柘植の小猿が言う。
「そうなのか、俺の生まれた里では、ツバメは子だくさんの家に巣を作ると言っていたが」大男の高山太郎四郎が言う。彼は怪力の持ち主だ。
二人は配達の帰りで、店の前で出会ったところだ。店中に入る。
「どうだった」彼らの首領、藤林友保が迎える。
「ちょっと、一口水を飲んできますので、待ってください」太郎四郎がそう言って、通り庭を通って奥に入っていった。
井戸を回す音がする。
二人が奥座敷に入ってくる。
「山名宗全邸も、要塞になっています。邸の塀の上には掻楯がびっしりと並んでいます。かなり高い矢倉も四方に立っています。あと、堀川の西岸のところに土手を作り始めています。場所は上御霊前通りから、南に下って一条のあたりまで、どこもかしこも土手を造っています」
小猿はふたたび山名宗全邸に干しシイタケを配達してきたところだ。
「太郎四郎のほうはどうだった」友保が尋ねる。太郎四郎は細川勝元邸に、同様に干しシイタケを届けていた。
「うむ、勝元邸も矢倉と掻楯で固めている。いくつかの道は封鎖している。ここと、ここと、ここだ」そういって地図を指さす。細川勝元邸の周辺と、実相院の裏手あたりだった。
「それと、宗全と同様に小川の東岸に土手を造っている。やはり上御霊前通りから一条あたりまでだな」
堀川と、その支流の小川は、いずれも北から南に流れている。小川は堀川の東側を流れ、一条通のところで西に向きを変えて堀川に流れ込んでいる。
友保は、小猿と太郎四郎の報告を地図に書き込む。次いで脇に畳んでおいた地図の写しを開き、そちらにも同様に書き込んだ。写しの方は定期的に堺の片田に送っていた。
奥から旅装の新藤小太郎が出てくる。彼は友保の右腕だった。
「行くのか」
「ああ、呼ばれているからな。しばらく帰れない。こっちの方も心配なのだがしかたない」彼は堺の片田に呼ばれていた。しばらく堺の片田商店を手伝ってほしいとのことだった。
「それでは、この地図を持っていけ、今日までの情勢を記録してある」
「年号が応仁に変わったのは確かなのか」片田が新藤小太郎に尋ねる。改元のことは、和泉国の国府から、堺の代官に知らされており、代官所に高札が立っていた。小太郎に尋ねたのは、重要な事なので複数の筋の確認を取りたかったからだ。
「はい、間違いありません。それからこれを藤林から預かっております」そういって京都の地図を開く。
「うむ、では京都の概況を説明してほしい」片田が言った。
「豆蔵さん、申し訳ないのですが、御陵の方に移ってもらわなければならないのです」片田が醤油作りの豆蔵さんに言った。
「いやじゃ、そのようなことをしてしまえば、醤油の味が変わってしまう」
「醤油の元になる味噌樽ごと運んでいきますから、大丈夫なのではないでしょうか」
「樽だけでは、だめじゃ。壁にも、床にも、梁にも、味噌の元となる種がびっしりと植わっておるのじゃ。それでこそ今の味が出る」
「そんな」
「行くならば、この倉ごとでなければならぬ。ここまでにするのに何年かかったと思っておるのじゃ」
「……」
「どうじゃ、あきらめた方がよい。なにしろ、わしの造る醤油を一番好きなのは片田殿じゃからな」
「わかりました、倉ごと向こうに送りましょう。ただし、倉の分解と組み立てをしている間は、向こうに用意した小屋に樽を置かせてください」
「倉ごと移す、というのか……そんなとんでもないことになるのか」
「はい、そうなりそうなんです」
「今仕込んでいる醤油の味が変わってもよいのか」
「はい、向こうに倉を立て直せば、元の味にもどるのですよね」
「それは、そうじゃ。殿が今の仕込みをあきらめる、というのであれば、いたしかたない。御陵とやらに移動するとしよう」
片田は、堺の土倉に預けた銀などを、大和に移動させた。堺の片田商店の在庫も最小限に減らした。
「おお、そうだ。『あや』にも警告してやらなければならない」
片田は京都の『あや』に、ただちに店を畳んで、大和に逃げるようにという書状を送った。
「ただちに、大和に帰れ、って言われてもねぇ」片田の文を読んだ『あや』は思った。
彼女は今、大掛かりな染物の仕事を始めようとしていた。絹を張った幾つもの木枠を作らせていて、たくさんの練絹と幾種類もの染料を注文していた。
「悪いけど、いま仕事を中断させるわけにはいかないのよ。すこし様子を見ることにさせてもらうわ」




