大演習 1
誤字報告、ありがとうございます。
すこしづつ確認しながら、適用させていただきます。
片田が持つ兵力は、文正元年(一四六六年)の冬、六千程であった。十人隊長以上の将校が、二千人、騎馬兵千人、歩兵が三千人であった。
将校が多いのは、小山七郎さんの方針だった。兵は数か月もあれば実戦ができるようになるが、将校の育成には時間がかかる。したがって、まず将校のみを育成しておく、というのが七郎さんの方針だった。
騎兵が多いのも、育成に時間がかかるからであった。
このような歪な構成なので、歩兵の十人隊長一人あたり、兵は二人程度だった。
七郎さんは、この六千人を二つにわけて、大演習を行うことにした。場所は片田村の上手、普段は馬を放牧している草原地帯である。
赤軍の大将は小山七郎さん。青軍の大将は七郎さんの息子の小山朝基だった。
演習なので、実弾は使わない。相手に向かって、銃を構えるだけだ。今回の演習では弓と槍、迫撃砲などは使用しない。騎兵も銃のみを持つ。
判者というものを十名程選抜した。これは、両者の部隊が、互いに銃を向け合ったりしているところを見て、適宜兵の損耗を判定する。
判定には、主に両者の兵数差が考慮されるが、その時の状況なども勘案される。どのように評価するのかは判者にまかせようということになった。この演習は勝敗を決めるのが目的ではない。
この演習の目的は、野戦で大規模な部隊が思いのままに動くのか、確認することだった。
判者は、赤軍が一割減ったな、と判断したら、赤い煙の火箭を発射する。同時に青軍が二割減ったなと判断すれば青い火箭を二本発射する。
火箭が飛んだ場合、それぞれの部隊からは部隊番号の大きいものから、戦闘を止め、後方に下がる。
第一番目の千人隊、その三番目の百人隊、そのまた十番目の十人隊は、一・三・十という部隊番号を持っている。
十人隊といっても、今回の演習では、十人隊長一人と兵二人の三人で構成される。
東西に延びる放牧場の西、下流側を赤軍が根拠地とした。青軍は上流側を根拠地とした。地形的には赤軍の方が少し不利である。
赤軍の七郎さんは、千五百の歩兵を正面に置き、その左右に二百の騎兵を配置した。残りの騎兵百は、歩兵の後ろにおき、遊軍とする。
左右の騎兵隊から数騎の斥候を出し、偵察しながら東に進む。
「朝基は、どこに構えておるかのう」七郎さんが言う。
上流側にいる青軍は、地形を利用して、どれかの尾根の先端に拠点を構え、そこを防衛する形にしている可能性が高い。
七郎さんの前には、二段の尾根がこちらに向かって伸びている。一段目の尾根は放牧場の中心にあり、長くこちらに伸びてきている。その上に二段目の尾根があるが、これはかなり奥の方に三つあり、真ん中は一段目の尾根から真っすぐに伸びた尾根筋の先にある。
七郎さんから見て左側、北側の尾根は、真ん中の尾根と並行してすこし奥まったところからはじまる低い尾根である。
右側、南側の尾根は非常に奥まったところで急に立ち上がっている。この尾根のさらに南側は深い沢になっているが、水はない涸れ沢である。沢の向こうは木の茂った急峻な尾根になって、兵がはいることはできない。
三つの尾根は、その背後でつながっている。
わしじゃったら、一段目の尾根の先端に陣を構えるじゃろう。七郎さんは思った。
そこならば、周囲を見下ろす位置にあり、敵の様子がよくわかる。騎兵を動かす場合にも運動の余地が広い。退却するにも背後の尾根筋を登って、二段目の尾根の背後に逃げやすい。
斥候の報告が、騎兵から来る。青軍は中央の尾根の二段目にいるとのことであった。
「はて、ずいぶんと守りに寄せたものじゃ」七郎さんが言った。どうするか。
青軍の陣の南北は斜面である。西に延びる尾根筋は比較的緩やかだが、遮るものがない。銃という長射程の武器があるので、近づく間に、ほとんどの兵がやられてしまうだろう。
「青軍の騎兵の位置はどこじゃ」
「歩兵の背後、二段目の尾根の北斜面にいるとのことです」南斜面は、馬が駆けおりるには急なので、馬が降りられる北斜面にすべてをおいて、いざというときにすべて投入する、ということかな、と七郎さんは思った。
こちらから見えにくい位置に置くということは、騎兵を分けて、一部を遊軍としてどこかに移動させるかもしれぬな。
七郎さんは、歩兵と、左翼の騎兵を東に移動させることにした。移動先は北側の尾根である。青軍から見えない尾根の背後から登り、尾根の上にでれば、青軍との間は百間(約百八十メートル)ほど、銃の射程内である。
右翼と遊軍の騎兵は、一段目の尾根筋の先端。七郎さんが自分ならここに陣を置くとしたところに登らせ、青軍側の遊軍に対する押さえとした。
いずれの軍も七郎さんの指示に従い、乱れることなく移動した。
赤軍の歩兵が、尾根筋に出る。円匙で浅い溝を掘り、腹這いになり、向こうの尾根の青軍を狙う。
銃を持つ相手と戦うときは、塹壕を掘るため、簡易な円匙を各自持たされていた。弓矢が相手であるときは、代わりに木製の楯を持つ。
両軍の間で射撃が始まる。青軍が、北斜面に待機させていた騎馬を後方に下げるのが見える。
遠距離射撃なので、どちらの判者もなかなか火箭を上げない。
七郎さんは、一人の百人隊長を呼びよせる。部下の数は三十人程である。この三十人で、東の藪に入り、南下して青軍の背後から攻撃できないか試みよと命じた。判者も一人つける。
この試みが成功すれば、赤軍主力は、尾根を越え、両軍のあいだの低地を駆け抜けて青軍の陣に突撃できる。




