青天の霹靂
「お前ら、やり方が汚いんだよ」
冷川 美歌は上司である高田 大輔の声を無視した。
声を荒げながら、高田が自分のデスクの物を乱暴に段ボールやゴミ袋に移している音が響く。
美歌はデスク上のパソコンをそのまま眺めている。
「仕事に集中していて聞こえていないフリ」を続けている。
資材課の狭い事務所にいる社員が皆、自分と同じ様にしているのが空気で伝わってくる。
「なんだよ? 全員無視かよ?」
(当たり前じゃない。今まで散々好き勝手にしてて。このパワハラおやじ。セクハラおやじ)
――――
資材課には比較的若く、おとなしい社員ばかり揃っていた。そんな中で高田のような傲慢な人間が年齢のみを理由に課長をやっていたのだから、当然最悪の職場になっていた。
高田に理不尽な理由で怒鳴られ続け、退職した男性社員は少なくない。
高田に下品な冗談でからかわれ続け、退職した女性社員は少なくない。
美歌も何度「辞めよう」と考えたか分からない。こんなストレスしかない職場、逃げ出したくてたまらなかった。「後ろ向きな、ネガティブな退職理由だが仕方ない」と。
しかし――、美歌には一つだけ「前向きな、ポジティブな退職理由」の当てがあった。
恋人の男性がそろそろプロポーズをしてくれそうな予感がしている。俗に言う寿退社。「嫌な上司から逃げ出した」に比べたら遥かに幸せな退職理由。
プロポーズされる自分を想像し、日々の勤務を耐えていた美歌に思わぬ幸運が舞い降りた。
二ヶ月前、他県から転勤してきた新しい部長が自分の部下全員に対し、個人面談を実施したのである。
三十分の面談で美歌は全てをぶちまけた。
後日、気が置けない同僚にそれとなく訊いてみると、やはりぶちまけていた。
多分、課員全員が積もり積もった高田への不平不満を部長へ報告したのだろう。
高田の異動が決定したことを知ったとき、美歌は驚いた。異動先を考えると事実上、完全に左遷。
ことなかれ主義で、高田の実態を知りながらも目を逸らし続けていた前部長や人事課の連中って……。
――――
バンッ!
一際大きな音が聞こえ、美歌は我に返った。
荷物の整理を終えた高田が自分のデスクの引き出しを力任せに閉めたらしい。
段ボールなどを台車に載せ、高田は事務所のドアへ向かう。
「お前らよ、気に入らないことがあったならそのときに言えよ! 何も言わないで後でコソコソ部長にチクって恥ずかしいと思わないのか!?」
最後に捨て台詞を吐いて高田は事務所を出ていった。当然、ドアを乱暴に閉めて。
(何言ってんのよ。そんなこと言ったら、逆上してキレ散らかすのが分かってるから誰も何も言わなかったのよ。バカ! 救いようがないバカ!)
皆、無言のままだった。
――――
定時になり、退社しようとしている美歌のスマートフォンに着信が入る。
恋人の男性から。
別れ話。
理由は「一緒にいるととにかく疲れる」だけ。
納得出来ない美歌はスマートフォンを強く握りしめ、口にする。
「なによ。気に入らないトコあるならそのときに言えばいいじゃない!? 何も言わないで……、いきなりこんなのってあんまりじゃない!」
既に通話は切られている。
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