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第46話 男爵令嬢ミリア・バークスの動揺






 翌日、スカーレットは学園に出てきたが、エリザベートは三日間「病気療養」で欠席となった。

 学園内には幸い不穏な噂は立っておらず、スカーレットも生徒会役員の前であってもその件について礼や謝罪をしないよう誰に言われずとも弁えていた。アレンがピリピリしていたので、スカーレットが何事もないように振る舞ってくれるのが有り難かった。


 エリオットは三日間スカーレットを避けた。スカーレットと向き合ったら、自分が何を言い出すか想像出来なくて怖かったのだ。

 そうして三日目の放課後、廊下を歩いていたエリオットは前方の床に石ころが数個落ちているのに気づいて眉をひそめた。

 落ちている、というよりは整然と並べられているそれにイタズラかと溜息を吐いて、拾おうと身を屈めた。

 だが、その動作は途中で止まった。石の一つ一つに一文字ずつ文字が書かれていることに気づいたからだ。


”オ ネ エ サ マ ト ナ ニ カ ア リ マ シ タ カ ”


 ミリアだ。ミリアしかいない。

 エリオットは素早く辺りを見回した。どうやったんだ。エリオットがここを通ると何故わかった。


「どこだ!?いるのはわかっている!」


『……フレイン様、何故お姉様を避けるのですか?』


 相変わらず、姿は見えずに声だけが聞こえてくる。もはや男爵令嬢としてではなく優秀な影として王家にスカウトした方がいいのではないか。この才能を遊ばせておくのは惜しい。


『フレイン様、まさかお姉様の傷を見て嫌になったんじゃあ……』

「そんなことはない!」


 傷と言われてぎくりとしたが、エリオットは即座に否定した。嫌になどなる訳がない。エリオットが嫌になるのではなく、スカーレットの方が……


 エリオットはその時、漠然と感じていた不安が明確になった気がした。

 もしも、自分に傷を負わせたのがエリオットであるとスカーレットが知ってしまったら。

 スカーレットはエリオットを嫌うだろう。それが、恐ろしい。

 スカーレットに嫌われたくない。だが、何も知らぬ振りでこれまでのように彼女と向き合うことは出来ない。


『うーん……フレイン様が頼りにならないなら、やはり爵位を失うようなことをしでかしてお姉様を連れて平民になった方が自由になれるんじゃあ……』

「待て待て待て!」


 ミリアの声が不穏な計画を立て始めたので、エリオットは慌てて止めた。義姉のためなら本当に義父の爵位などどうでもよさそうなミリアが何をやらかすのか想像するだに恐ろしい。


「俺はただ、スカーレットが長年の婚約者であったジム・テオジールのことを忘れていないのではないかと思って、それなら再婚約を、と……」


 がっしゃん


 エリオットが過去のことを伏せつつスカーレットを避けていた言い訳を口にすると、何かが落ちる音がして廊下の曲がり角のところにミリアが転がっているのが見えた。


「ミリア嬢?」

「ふぇっ、はっ!私としたことが!天井から落ちるだなんて……不覚!」


 ミリアはしゅばっと起き上がって悔しげに顔を歪めた。


「くっ!フレイン様!今日のところはこの辺にしておいてあげます!しかし、油断しないでくださいね!」


 ミリアはそう言い残して、その場から走り去っていった。

 取り残されたエリオットは、ミリアが姿を現してしまうほど何に動揺したのかわからず、首を傾げた。






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