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第35話 公爵令息エリオット・フレインの狼狽






 エリオットが一人で資料室にいる時だった。


「……フレイン様」

「っ!ミリア嬢か、何だ!?」


 突如音もなく現れたミリアに、エリオットは狼狽を隠して尋ねた。足下に跪いた令嬢が突然現れても、ミリアだからという理由で即座に受け入れてしまえる状態はどうなのだろう。


「少々お尋ねしたいことがありまして」

「な、なんだ?」


 エリオットは内心怖々としながらも、公爵令息として威厳を崩さないように振る舞った。年下の男爵令嬢に怯えるなんてあってはならない。

 ミリアは跪いたまま話し出した。


「実は、ここのところお姉様の元気がない気がするのです。フレイン様は何か心当たりはありませんか?」

「俺は無実だ!元気がないだって?」


 エリオットはここ数日のスカーレットの様子を思い浮かべた。婚約者とはいえ学年も違うため学園で会うのは昼食を共にする時だけだ。

 スカーレットはいつものように穏やかに微笑んでいた気がする。


「ええ。関節技にいつもの冴えがない気がして……」

「君はそんなに毎日スカーレットに絞められているのか」

「毎日ではありません。お姉様は男爵令嬢の嗜みとして気配を感じさせずに大の男一人討ち取るぐらいの技量を身につけなければならないとおっしゃるので鍛えてはいるのですが、私はどうも才能がないようで未だにお姉様から一本もとれないのです」

「バークス男爵家は暗殺か何か請け負っている一族なのか!?なんだってそんな……」


 エリオットが思わず突っ込むと、ミリアは少し顔を曇らせた。


「私も良くは知らないのですが……幼い頃のお姉様は父親に放置されて育ったため、自分一人でお母様を守らなければならないと思い込んでいたらしく、かなりやんちゃで乱暴者だったそうなのです。お母様が亡くなって、テオジール家の皆様に面倒をみてもらうようになってから迷惑をかけないよう完璧な淑女になったようです」


 エリオットは言葉をなくした。

 バークス男爵が相当な変わり者で家族にいっさい興味を持たないというのは知っていた。なにしろ、急に娘が公爵家と婚約することになったにも関わらず、バークス男爵からはなんの反応もない。エリオットはまだバークス男爵と顔も合わせていないのだ。一応はバークス男爵家の領地へ手紙を送ったが、執事に書かせたと思われる型通りの返事が来ただけだ。

 調べた限りでは、領地経営をほどほどにこなしつつ、古文書の研究に打ち込んでいるらしい。学園に在籍する若い頃から、古い本ばかり読んでいて社交をいっさいしなかったと聞く。

 あのスカーレットが乱暴者だったなんて俄には信じがたいが、父親に省みられない少女時代はそれほど寂しかったということだろう。

 エリオットはぎゅっと眉間に皺を刻んだ。


「フレイン様、お姉様のことよろしくお願いしますね……」


 ミリアはそう言うと、ふっと姿を消した。

 今更それぐらいで驚いてはならないと自分に言い聞かせ、エリオットはスカーレットのことを考えた。


「乱暴者だった、か……」


 スカーレットが乱暴だったというのは寂しさ故だろう。

 じゃあ、あの子にも何か理由があったのだろうか。

 今更知ってもどうにもならないことを、エリオットは考えずにはいられなかった。






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