第25話 公爵令息エリオット・フレインの緊張
おかしい。こんなはずではなかった。
食堂の以前と同じ個室に通されても、今回はスカーレットは躊躇わずに足を踏み入れた。あの時はジム・テオジールの婚約者だったが、今はエリオットの婚約者だからだろう。
向かい合って食事をとりながら、エリオットは頭の中からぶっ飛んでいってしまった計画をなんとか呼び戻そうとした。
(えーと……なんだっけ?食事をしながら話す話題も考えたはず……確か、スカーレット嬢の好きなものを聞いたり、趣味の話をしようと思っていたような……)
「……ミリア嬢を叱る時は、いつもあんな感じなのか?」
「はい。恥ずかしながら、口で言っても聞かない時は関節技を少々」
「そうか……」
確かに綺麗にキマっていた。熟練の技だ。
「その……スカーレット嬢は、体を動かすのは得意なのか?」
「得意という訳ではありませんが、ミリアは突拍子のないことをする子ですので、止めるためには私も時に体を張らなければいけないだけです」
スカーレットは食事の手を止めて、ふぅ、と息を吐いた。
「皆様に、特にビルフォード公爵令嬢には大変な無礼を働いたにも関わらず、寛大なお心でお許しくださったこと、本当に感謝しています」
菫色の瞳がふわっと緩められて、エリオットはどきりとした。
どうも、スカーレットのこの瞳を見ていると落ち着かなくなる気がする。それから、何故か少しだけ懐かしい気分にもなる。
どうしてだろう。
「フレイン様?」
「あっ、いや、えーと……あ、そうだ!い、一応、婚約者になったのだし、俺のことはエリオットと呼んでくれ」
小首を傾げられて、エリオットは慌ててそう言った。
「そうですね……エリオット様。では、私のことはスカーレットとお呼び捨てください」
「あ、ああ。わかった。す、スカーレット」
エリオットは上ずった声でスカーレットを呼んだ。スカーレットがにっこりと笑ったので、エリオットはもはや上ずった声さえ出なくなった。
そのため、その後の食事はとても静かなものになった。
「あら?」
食事を終えて個室を出た際に、階下の食堂を見たスカーレットが小さく呟いた。
「どうした?」
「いえ……なんでもありません」
スカーレットはゆるゆると首を振って食堂の出口へ向かって歩き出した。共に歩きながら、エリオットはスカーレットが視線を向けていた先に何気なく目を向けた。
そこには、ジム・テオジールと向かい合って食事をとるミリアの姿があった。




