1935年10月 アラビア海にて(1)
年度末でした。
故郷では既に秋口だというのに、中東の昼は未だ猛暑甚だしい。
"竜宮"の航海参謀より一時的に護民艦隊の先任参謀へと転じた大井は、旗艦"海彦"の甲板上で汗まみれの士官服を指でつまみ上げ、襟元から身体に風を送り込む作業に終始していた。
照りつける強い日差しを防ぐため、"海彦"の甲板上にはありあわせの材料で庇が設けられている。
それでも、なお暑いのだ。
本当ならばシャツの1枚にでもなりたいところだったが、上官の目があるために羽目を外すのもはばかられた。
もうすぐオマーン湾にさしかかろうか。潮風に曝された木机の上には、近辺の海図が置かれている。
四隅を重しでつなぎ止められているにもかかわらず、端をひらひらとさせているそれに目を落としているのは、護民総隊遣アラブ艦隊の将官たちであった。
総司令官の佐藤を筆頭に、"海彦"の艦長である新見、今回は補助艦艇の指揮を任されている渋谷、副官の吉野、水上機母艦や"秋津"を指揮する河野を代表とした民間人たち。
そして、ダーラムの港湾警備を目的として派遣された、寺尾、石原、牟田口らの陸軍出向組が顔を揃えている。
彼ら護民総隊の高級士官たちが艦内を飛び出し、露天でしかめっ面を浮かべているのは、ひとえに艦内の過ごしにくさゆえであった。
先刻にすれちがった下士官のぼやきを信用するのならば、現在の室温は摂氏40度を超えており、湿度に至っては50度を前後しているはずだ。
まさに地獄。
あたかも艦全体が機関室になってしまったかのような環境である。
しかしながら、それは艦の外であってもさしたる違いがあるわけではなく、大井は羨ましげに旗艦の後に随伴する"富山"などの特設艦へと目を向けた。
元が商船である特設艦は、当然ながら軍用艦艇に比べて居住性に優れている。
……特設艦にあるような送風機が欲しい。
いや、せめて今は故郷にあるであろう"竜宮"に戻りたい。"竜宮"には平生における漁師業の関係上、冷蔵庫も冷凍庫も用意されている。
今の自分には冷たい飲み物と羊羹こそが必要なのだ。
一体誰だ、「戦闘力の問題から護民設計艦は力不足でありまして、アラブ派遣は見送るべきであります」と進言した奴は。無論、参謀たる自分である。
戦を数字だけで図ることの浅はかさを、大井は今この瞬間、痛いほどに思い知った。
辛抱たまらなくなった大井は「老骨に無理が祟って、そろそろ音を上げてくれないものか。ねえ、そろそろ特設艦へと移りましょうよ」と総司令官の佐藤をちらりと見るが、彼は平気な顔で軍刀を杖に、猛禽類のようなまなざしで海図を睨みつけている。
この自らが仕える堅物の老将は、「水兵が酷暑に苛まれる中、我々将官が楽をしていては沽券に関わる」と言って聞かないのだ。
佐藤が頑なである以上、彼の信者である新見も当然ながら彼の方針に喜々として従う。
渋谷もまた期待できない。彼は頭のネジが何本も抜けている節があって、過酷な環境というものに頓着がないのだ。
商船組は階級的に上司の決定に口を挟めず、新参の陸軍組は言わずもがな。
大井は絶望して、天を仰いだ。
無論、ランタンを取り付けられた庇の裏面しか天には見えなかったのであるが――。
「大井君、それでは今後の動きについて確認も兼ねて説明を頼む」
「……あ、分かりました」
いくらボヤいてみても、仕事は当然待ってくれない。
佐藤に目配せをされた大井は少しでも風の当たる立ち位置を探しながら、艦橋に立てかけられた黒板に今後の方針を書き込んでいく。
現地の視察を第一として、その次に艦隊の運用計画を作成。
後は実際に運用してみて、相手の出方を探る。
大井は大まかなスケジュールを書き込みながら、所々で言葉を付け足していった。
「我々が達成すべきは、商船の安全保障であります。そのためには海賊の手口について理解しなければなりません」
「敵を知り、己を知ればというからな。理解の共有は必要である。して、大井君は敵の動きに現状どう見当をつけておるのだ」
頷く佐藤に対し、大井は咳払いをしてから、黒板に判断材料を書き足していった。
「当然ながら机上の空論では意味がなく、これから現地の聞き込みを行い、判断材料を増やしていく必要はあると思いますが……、海賊の手口については古今東西さほど違いはありません。でありますから……、我が国の事例をまずは挙げていこうと思います」
「日本の?」
「はい、皆さんは10年ほど前に北洋で起きた海賊事件を知っておられますか?」
大井の問いかけに皆が首を傾げる中、牟田口が「ああ」と口を開いた。
「江連の起こした事件のことか」
「はい、お知り合いでしたか」
牟田口はつまらなそうに鼻を鳴らして答える。
「互いにソビエトについて調べていた仲間で、事情通同士で顔見知っていただけだ」
「そういうこともあるのですね」
大井は咳払いをひとつ吐き、「大輝丸事件」の文言を黒板に書き記した。
「江連元陸軍軍曹は、ニコラエフスクで大小のソビエト籍発動機船各1隻に、帆船を1隻襲撃し、海賊行為を働きました。犯行に用いた貨物船は740トンのもので、狙われた船はすべてが自船よりも小型か、ないしは同じくらいの大きさのものです。それでは彼らが何故大物食いをしなかったのかというと――」
「略奪品を運ぶ必要があったからです」
即答したのは、商船学校出身の吉野であった。
「御名答、いや知っていたのかな」
「学校で。敵を知らなければ、被害を減らすこともできません」
「成程」
彼の表情には嫌悪がありありと見て取れる。護民総隊に入らなければ、何処かの商船に乗り込んでいたはずの彼であるから、他国民に向けた狼藉であっても海賊行為そのものが許せないのであろう。
他の民間人船長も同じような顔をしていた。
「吉野副官の言う通り、通常の海賊行為は小物を狙う必要があるのです。船そのものは発見される"リスク"が生じることと、それを動かす人足が別途必要になるため、海上に放棄される場合がほとんどです。……さて、ここで述べた"リスク"という概念が海賊の手口に関して学ぶ際には重要になります」
大井はチョークをカツンと鳴らし、さらに続ける。
「例えば、港湾部では抜荷という海賊行為……、我々の界隈で言うところのギンバイがしばしば行われますが、貯蔵品を丸々盗む様な大胆な手口はついぞ聞きません。足がつくという"リスク"が生じるからであります。ギンバイには時勢を見る目と節度が求められるわけで……、ああ、つまみ食いのやり方については皆さんの方がお詳しいでしょうから、小官から申し上げることはありませんね」
新見と渋谷の表情が苦笑いに転じる。
ギンバイ――、つまり船員による貯蔵物資のつまみ食いは計数を扱う参謀畑の人間からしてみれば憎むべき犯罪だが、士気で物を見る現場の人間からしてみればガス抜きを兼ねた必要悪とでも言うべき行為であった。
海軍軍人は要領の良きを誇りとしている。限られた物資を己の裁量で調達することもまた、必要な能力であると捉えられていたのだ。
ゆえに、たばこの一本や二本は大目に見ておいた方が、艦内の雰囲気は良好に保たれる。無論、緩み過ぎないようある程度の引き締めは必要となるが。
大井は高級士官たちの顔に理解の色が現れたことに満足すると、
「このようにリスク管理の点で海賊行為について推察を進めていくと、一つの結論が見えてまいります。つまり……、"油槽船の襲撃は割に合わない"」
結論を黒板に大きく書き記した。
「船体は巨大で、人員は多く、なおかつ積み荷は扱いにくいときております。故に襲撃にはかなりの手間と危険が伴ってしまう。今回の事件は、かなり特殊な事例なのです」
ここまで終えたところで佐藤は「ふむ」と頷き、大井の説明に言葉を付け足した。
「谷口本部長が事前に指摘された通り、犯行がエチオピア帝国の通商破壊部隊によるものだとするならば、大方の説明はつけられるな。恐らくはイタリア軍の補給線に痛打を与えるための戦略物資を欲したのであろう。だからこそ、リスクに目をつぶって油槽船を襲ったのではないか? これは民間人による犯罪なのではなく、軍事行動の一環なのだとすれば、合点もいこう」
佐藤の言葉に士官たちが同調するような反応を見せる。
この場に集まっているのは皆が皆、その能力を買われて今の立場にいる者ばかりだ。
当然ながら、推測の帰結についていけていない者など存在しない。
海の常識に慣れぬ陸軍組が心配であったが、よくよく考えれば補給線に関する理解はカムチャッカにおけるソビエトとの戦いで、彼らも痛いほどに理解していた。海と陸で、理解に差が生じることはなさそうだ。
大井は口元を緩め、陸軍の面々を見る。
牟田口は仏頂面で何やら手帳に書き込みを続けていた。
寺尾は大井と佐藤の言葉に傾注している。
石原はというと、耳穴を指で掻きほじっていた。
言いたいことは多々あるが……、理解の程度にさしたる差はないだろうと無理やり自分を納得させ、大井は士官たちを順繰りに見る。
「司令官の仰るとおりであります。犯行に及んだ集団はかなりの確度で通常の海賊とは異なった思考をとり、油槽船を襲ったのであります。ならば、彼らのとった手口についても同じことが言えましょうや。つまり――」
大井は、今まで黒板に書いてきた先例の上に大きく×印をつけた。
「先例は当てにならない。この点を我々は重々承知しておく必要があると思われます」
そう簡単に、事は片付かないのだという理解を共有する。
今までの説明は、事前に佐藤と打ち合わせされたものであった。
綱紀粛正とまではいかないかもしれないが、人は慣れぬ環境に置かれると思わぬストレスを感じるものだ。
大きなアクシデントが起きる前に、あらかじめ首脳部の気を引き締めておこうという佐藤の策であった。
そして、その目論見はかなりの成功を収めたといえるだろう。
普段から理不尽にさらされる軍人連中はさておいて、民間人船長たちの顔つきが明らかに変わっていた。
恐らく、ただの海賊退治では終わらないのだ。今回の遠征は。
後は佐藤が締めの一言を放ち、各々が任務に従事すれば良い――。そのような矢先に、陸軍組の石原が暢気な声をあげた。
「そう構えずとも気楽にいきましょう。どうせ、しばらくは海賊行為も起きませんからな」
「……は?」
思わず間抜けな声で問い返してしまった。
先ほどまでのくだりで「敵は通商破壊を狙った部隊である」と結論づけたというのに、彼は何を言っているのだろうか。
民間で海賊行為を働いている者ならば、金が尽きるまでは大人しくしているということもありえるだろう。
だが、通商破壊は継続してこそ効果を発するのである。
敵がイタリア軍の補給線を目標としている以上、この海賊行為が中断する道理はないのだ。
大井と同じ疑問を持った佐藤が、低い声色で石原に問うた。
「……貴官の存念を聞こうか」
馬鹿野郎、司令官の機嫌を損ねやがって。
一昨年に本部前を死ぬほど走らされた記憶が、大井の脳裏に蘇った。
大井が声を荒げて罵倒したい衝動を噛み殺していると、石原は素知らぬ表情で佐藤に答える。
「いやあ、敵の目的は既に果たされたのですよ。それならば、現状海賊行為を働く必要はないでしょう」
「その目的とは?」
「我が国に"間抜けを晒させる"ことです」
石原は海図を手で叩き、もう片方の手でアフリカの沿岸部を指差した。
「イタリア軍に対しての通商破壊。成る程、それは間違いなくあるんでしょうな。慧眼、慧眼です。小官、ここまでの道中にマハンとコーベットの提唱する海軍戦略については、かいつまんで学んでまいりましたから通商破壊が有効であることは分ります。ですがね、それはエチオピアとイタリアが単独で殴り合っている場合に限るのです」
言って、石原の指はエチオピアの隣国を指し示す。
「まず、エチオピアが英仏の支援を受けていることは周知の通りであります。つまり、かの国の動きには英仏の意向が色濃く反映されていると判断するが道理。……とするとですな、イタリアの補給線にこれ以上被害を与えることは英仏の不利益につながりかねないのです」
石原が指示したのは、アフリカにおける英仏の植民地であった。
問題となるエチオピア帝国の北には、イタリア領エリトリア。
東の沿岸部、ソマリランドはそのすべてが英仏伊に占有されており、西は英領が隣接していた。
「沿岸部を全て列強国に奪われているエチオピアの通商破壊部隊は、支援国である英仏領の何処かを隠れ蓑にしている可能性が高い。"自由貿易"を盾に、兵器などの物資を支援するだけならばまだしも、戦略上の拠点を提供するとなるとこれはどう考えてもやり過ぎであります。それでですな、イタリア王国はこれ以上の出血を避けたいと思ったはずですから、英仏に対して"海賊"の引き渡しか、港湾部の捜査権を求めます。いや……、既に求めました。我が国による今回の働きかけが、間接的に英仏への要求に転じたのであります」
「ん、待て。そうすると、エチオピアの連中はどうなるんだ。英仏は我々の活動を既に認めている。エチオピアは英仏にとって友軍だろう。友軍を見捨ててどうする」
首を傾げる渋谷に対して、石原が笑いかけた。
「そりゃあ、友軍ではないからであります。体の良い嫌がらせの駒にでも思っておったのではないでしょうか?」
「何だ、そりゃあ……」
渋谷の表情が不快げに歪んだ。
前線仕込みの士官にとって、石原の語った見解は到底受け入れられるようなものではなかったのだろう。
「ともかく、現状において列強同士の戦争は割に合いません。戦略上、さして重要ではないエチオピアのために身銭を切って戦争に臨む必要があると思いますか? ありえませんよ。だから、英仏はエチオピアに対し、これ以上の嫌がらせを控えるように言うでしょう。――と、問題はここからであります」
興の乗ってきた石原の声が、段々と上ずってくる。
「それでは何故、第三者たる我が国の船舶が襲われたのかっ!」
どん、と石原は拳で木机を叩いた。
「中東において、我が国は英仏列強と石油利権における軋轢が生じてしまいました! 石油を独占的に売っていた側からすれば、我が国の進出は忌々しいことこの上ない。ならば、『追い出してしまおう』と考えるのが自然であります。どうやって? 直接に嫌がらせでもするのですか? 冗談じゃあありませんよ。下手に海賊行為に加担していたなどと露見してしまえば、国際的に不利に立ってしまうことは明白……。そこで! 我が国に"自爆"をしてもらおうと、そう画策したのでありますっ!」
あまりにも思考が飛び過ぎている……、ついていけない。
しかしながら、石原の演説に誰もが耳を傾けていた。
得もしれぬ説得力があるのだ。彼の言葉には。
「つまり、どういうことだ?」
新見の問いに石原が笑って答える。
「海賊行為の検挙には、往来する民間船舶や港湾部をこと細かく臨検する必要があるでしょう。それで、一体いつまでアラブ人、アフリカ人を監視しなければならないのですか? 彼らだって人の子であります。何時までも他国民に監視されているようでは、反発心も生まれてしまう……。しかも、そのような中で海賊が検挙できないとなれば、大事ですよ。恐らく、海賊行為の証拠となる油槽船はとっくの昔に解体されたことでしょう。故に――」
……そこまで語られれば、流石に理解もできる。
証拠がなければ、我々は何時までもこの地に居座り、捜査と警備を続ける必要があるだろう。
そして、何時までも口うるさい我が国に対し、民間レベルでは反日感情が肥大化する。
さらに歓迎していたサウジアラビア王室も、実績の上がらぬ総隊に対して疑問を抱いてしまうはずだ。
その上で、我が国も油槽船の往復にいつまでも護衛戦力を割き続けなければならない。
いくら海賊が雲隠れしたと言っても、今後も隠れ続けているという道理はないからだ。
つまりは継続したコストの増加が見込まれるわけで……、もし石原の語った話が真実であるのならば、我が国が受ける被害は甚大なものとなるに違いあるまい。
良くて事業の難航……。最悪の場合は中東からの撤退も視野に入れなければならないだろう。
だが、はっきり言って、
「捻くれた陰謀論だ」
佐藤が石原の言葉を切って捨てた。
そうなのだ。もし、彼の語った話が事件の裏にあるのだとすれば、英仏の人間は凄まじく意地の悪い連中ということになる。
少なくとも大井には、ここまで我が国に対して英仏が嫌がらせをする理由が思い浮かばなかった。
例えば、満州国を巡る係争の際にも、英国は極力日本の顔を立ててくれていたのだ。
だというのに、軋轢の生じた地が西へずれただけでそこまで態度が豹変するものなのか?
中東という地は、彼らにとってそこまで過敏になってしまうほど重要な土地なのだろうか?
論理的に考えることを好む大井は、石原の突飛な推理をその通りであると受け入れることはできない。
……ただ、それと同時に彼の提示した可能性には一考の余地があるとも思えた。
佐藤も同様の結論に至ったようだ。
「しかし、貴官の言うことを荒唐無稽と断ずることもできん。よって、この地における活動では現地住民の感情を最優先することとしよう」
佐藤の言葉に、石原は喜色を浮かべて手を叩いた。
「英断、英断ですよ、司令官殿! 英仏の手に乗ってやる必要はないのです。そうですね……、この際、海賊退治はひとまず置いておき、"慈善活動"を装って現地商船の荷運びを手伝うなど我が国の印象を良くする活動を徹底してはどうでしょうか。どうせ長丁場になるのですから、初めから善人の顔をして現地入りした方が受けも良いはずであります。小官ら陸軍組は、皆さんが海上で現地民と友好をはぐくんでいる間に捜査網を構築いたしましょう。いずれ、英仏が尻尾を出した時にいち早く対応できるようにすることこそが肝要なのです」
大井は寺尾や牟田口に目を向けた。
いけしゃあしゃあと石原は陸軍組の方針を決めてしまったが、ここには彼以外にも陸の高級士官が存在するのだ。
石原の出した指針に対し、二人の反応は対照的であった。
「小官は総隊の方針に従おうと思います」
とは実動部隊の隊長たる寺尾の言である。
そして牟田口はというと、石原の言葉などまるで無視をして手帳に書き込みを続けていた。
「牟田口さん、さっきから何をしているんです?」
大井が問うと、牟田口は不機嫌そうに顔を上げた。
「何をだと? 今後の方針を考えているに決まっておる。わしは人の意見は鵜呑みにせん。それにわしはペテン師が嫌いだからな。自分で情報をまとめているだけだ」
そう言って、牟田口はぎろりと石原を睨んだ。
その失礼な物言いにあわや口論でも始まるのではないかと大井は危惧したが、石原は涼しい顔をして肩をすくめるだけに留まった。
「ん、やりづらい」
そんなぼやきを石原が吐いたところで、遣アラブ艦隊の前に中東の大地がくっきりと見えてきた。
アラビア半島にまでたどり着いたのである。
沿岸部で三角帆を張る小型船は、いわゆるダウ船というやつであろうか。
中には発動機を取り付けたものもあって、中々に興味深い作りをしている。
大井はこれからの活動に思いを馳せた。
石原の言う通り、今回の遠征は間違いなく長逗留になることであろう。
――できれば、夜間くらいは涼しく過ごしたいものだ。これは大井の切な願いであった。




